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詰め込みすぎた幸運が混沌としてる。  作者: 夜彦
第四章 未熟者達の調べ
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41 次の依頼は

ごめんなさい、遅くなったうえに今回短めです。


前回のあらすじ:楽しくお風呂。(アーシュ視点) 弄ばれた。(ヤクモ視点)

泊まってた宿からそう遠くない路地で二人の女性が向かい合っていた。


 一人はカグヤ。

 わたしにそっくりの見た目をしている熾天使で、今は双子の姉という設定で一緒に行動している。

 戦闘力は極めて高く、無口無表情な様子とは裏腹にわりと喧嘩っ早い。

 目を細め敵意をむき出しにする姿は獲物に跳びかかる前の肉食獣のよう。

 今朝アーシュと一緒に散々弄んでくれたけど、代わりに串焼きをおごってくれた。


 一人はレーシアさん。

 栗色の髪にやや吊り上った目が特徴的な女性で、どうやらわたしを気に入ったらしい。

 個人の戦闘力はそこまで高くなさそうだけど、それだけでは計れない恐ろしさが彼女にはある。

 にこやかではあれどどこか底冷えのする微笑みはゆっくりと獲物を飲み込む蛇のよう。

 今朝たくさんの狼に囲まれてるのを羨ましそうに見てたら、一匹貸してくれた。


 そんな二人は昨日の初対面時から折り合いが悪い。

 今もまた、わたしを挟むように陣取った二人がぶつけあう敵意は、荒れ狂う竜巻のような錯覚をもってこの路地から人を遠ざけていた。


 うーん。

 まあすぐに仲良くなれるとは思ってなかったけど、せめてわたしを挟まないでやってほしいな。

 もぐもぐ。

 もふもふ。


「いや嬢ちゃん、のんびりしたフリして目を逸らしてないで止めてくれよ。このままじゃ商売あがったりだ」


 なんか串焼きのおじさんの困った声が聞こえた気がしたけど気のせいだよね。

 たしかにレーシアさんと合流したのは串焼きの屋台の前で、そのまま睨みあいに突入したけど、この嵐の中に突っ込めなんていう無体な人なんているわけない。


 そもそも固定客以外にこの屋台に人が来るとは思えないし。


「おい」


 あ、狼さんも串焼き食べる?

 しかたないな、少しだけだよ?


 すぐ近くで大きなため息が聞こえた。


「嬢ちゃん、串焼き一本やる。止めてきてくれないか」


 ぴくっ。

 欲望に忠実な耳が一瞬跳ねる。

 ここの串焼きおいしいのは確かなんだよね。少し改善したとはいえ今金欠気味ではあるからおごってもらえるのは嬉しい。


 いや待て待て。

 争う二人の間に割り込んだらどうなるのかなんて、今朝思い知ったばかりだろう。

 まだ数時間しかたってないというのに、もう繰り返すつもりか!


 欲望を振り切るように狼さんのふわふわの毛並みに顔を埋め、拒絶を示す。


「……二本でどうだ」


 ぴくぴくっ。


 増えた報酬につられたわけじゃないけど、ちらと二人の様子を盗み見る。

 二人とも無言のままだったけど、時間がたったせいか嵐の密度が濃くなっている気がする。

 むしろなんで無言なのか疑問に思えるほど殺気立ってる。


 あれかな、達人同士の決闘みたいな。

 先に動いたほうが殺られる! 的な一触即発の緊迫状態。

 ……違うよね? そこまで事態がやばくなってるわけじゃないよね?


 これ止めるのなんて無理じゃないかな。


 わたしと同じものをみた狼さんまでもが「止めなくていいの?」的な顔をしてるけど、ごめん、無理だよこれ。それこそわたしの身を犠牲にでもしなければ……。


「……よし。そっちの狼にも一本やろう」


 ぴし!


 今回動いたのはわたしの耳じゃなかった。

 わざわざわたしの正面までやってきた狼が、つぶらな瞳を向けてくる。


 ぐっ。

 自分の言葉が届かないからと他人を巻き込んでくるとは卑怯な……!


 ……覚悟を決めるしかないか。

 そう、いずれ止めなくてはいけないことであった。

 その犠牲がたまたまわたしだったってだけじゃないか。

 このまま爆発させたらひどいことになるのは間違いなさそうだし。


 すっと立ち上がる。

 深呼吸一つ残して、二人の顔を順にゆっくりと見る。


 そして動き出す。この争いを終わらせるために――




 ● ● ●




「……狼さん。わたし頑張ったよ。でも、もう、疲れたよ狼さん……」


 所変わって冒険者ギルド。

 ひとまず休戦状態にすることに成功しここまで移動してこれたはいいけれど、わたしは文字通りその身を犠牲にすることを強要された。

 若干乱れた気がする髪を整えてから改めてフードを深く被る。

 ……今日は朝から羞恥心を削るイベントが多すぎる。


 わたしの悲しみを察したのか狼さんが顔を擦り付けてこようとしたけど両手で止める。

 不服そうな顔してるけど、君今串焼きのたれとかで口の周りべたべただからね?

 さすがにその状態を擦り付けられたくはないかな……。


「ん。いい依頼ない」


「そうね……やっぱり時間が少し遅いものね」


「誰のせい」


「あら、自分だけ責任逃れ?」


「……もう少し落ち着いててよ二人とも」


 狼さんと地味に格闘してたらまた二人の間で火花が散ったので慌てて止めに入る。

 とりあえず無理やり狼さんを押さえつけ口元を拭いてやった後で、二人のところに向かった。


 二人がいるのは依頼掲示板の前だ。


「もうこの際昨日と同じ(薬草採取)でいいんじゃない?」


 見上げた掲示板にはほとんど依頼は残ってない。

 依頼の受注は早朝がピークだ。冒険者たちは依頼が張り替えられる朝早いうちにギルドに集まり、"おいしい"依頼からなくなっていく。

 いろいろごたごたしてギルドに来るのが遅かった時点で、こうなることはなんとなく予想できていた。


 まあFランクの場所にはそこそこ依頼が残ってるけど、どれも報酬がぱっとしない。

 昨日みたいに薬草を集めたほうがまだ稼げる。群生地の場所も知ってるし大きめの袋を用意すれば昨日以上の稼ぎも見込める。

 さすがに二日連続で龍が発生することもないだろうし。……ないよね?


 ……あーと、ちなみにリンちゃんは今もアーシュ含む神様たちから特訓を受けているはず。

 【倉庫】の一角に新しくリンちゃん用の空間が出来てて、最初見たときはそれこそリンちゃんの生まれ故郷である群生地みたいな緑あふれる場所だったんだけど……今はどれだけ荒れてるのかと思うと涙が止まらない。つよくいきて。


 はい、嫌な予感をごまかすための閑話休題でした。


「なんか見覚えある気がするなと思ったら、やっぱりおまえらだったか」


 みんなの気持ちが薬草に傾き始めたとき後ろから声をかけられた。

 知っている声にわたしとカグヤが振り向き、つられてレーシアさんも振り向く。


 そこにいたのは想像通りカラジャスさんで、だけど昨日の冒険者然とした服装ではなかった。

 武器も防具もなく、動きやすそうだけどどこかよれた服と、休日の気配がする。


「こんな時間なのにまだここにいるのか」


「あなたこそ。今日は休み?」


 呆れたような顔をするカラジャスさんに、わたしと同じことを考えたらしいカグヤが返す。


「ま、ほとんどそうだな。一応依頼を受けてのことではあるから手は抜かないつもりだが」


 よく分からない。

 返事を聞いたわたしは首を傾げる。カグヤも納得いかない表情だ。

 ほとんど休日みたいなのに依頼って、どういうことだろ?

 すごく楽だとか?


 頭の中を疑問符でいっぱいにしていると、横から声がかけられる。

 突然のカラジャスさん登場に、話に置いて行かれたレーシアさんだった。


「この人、ヤクモちゃんたちの知り合い?」


「あ、そっか。レーシアさんは知らないよね」


 これは紹介しなきゃだね。

 カラジャスさんもわたしに話しかけるレーシアさんに注目してるみたいだし、タイミング的にもちょうどいいかな。


「えっと、あの人はBランクのカラジャスさん。ちょっとしたことで知り合って、昨日この街をいろいろ案内してくれたの」


「あー、カラジャスだ。よろしく頼む」


 軽く手を挙げて簡単に挨拶するカラジャスさん。


「で、こちらがレーシアさん。昨日森で偶然あって、いろいろ手助けしてくれたの」


「はじめまして、レーシアよ」


 軽く会釈して返すレーシアさん。

 ただカラジャスさんと違って、レーシアさんはそれから一言追加した。


「あなたの噂は()()()()()()。これから仲良くできるといいわね?」


「――!」


 にこやかに笑うレーシアさんに、カラジャスさんの顔が一瞬強張る。

 あれ? 今の会話に強張るようなセリフあったかな?


 見間違いだったのか、特にそのあとどうこうなることはなく、普通に握手をしていた。


「あーっと、とりあえずだ……。こんな時間にここにいるってことは、依頼がなくて困ってるのか?」


 なぜか微妙になった空気を切り替えるように大きめの声を出したカラジャスさんは、わたしたちを見ながらそう言った。


「うん、まあ、だいたいそうだけど」


「なら、俺の依頼手伝ってくれないか? 嫌じゃなかったらだが」


 実際は薬草採取でいいかなーって感じになっていたわけだけど、絶対にそれがやりたかったわけではなかったので曖昧に返すと、そんな提案を受けた。

 俺の依頼っていうと、さっき言ってたよく分からないやつ?


「依頼の内容は?」


 若干険しい顔のカグヤが問いただす。どうやら警戒してるらしい。

 そんな鋭い声を受けて、カラジャスさんは苦笑する。


「そう警戒するなよ。簡単なことだ――」


 一瞬言葉を途切れさせたカラジャスさんの目が、探るような色を帯びた……気がした。


「――ただの、孤児院の手伝いだよ」





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