閑話 ギルド三階
Bランク冒険者、カラジャス視点です。
ヤクモちゃんたちに街を案内してくれた彼ですね。
冒険者ギルド・サザール支部。
その三階は、ギルドの運営に必要な仕事をするためのスペースだ。
一般・冒険者向けの下階とは違い、貴重だったり機密だったりするものを扱うため、おいそれと近づけるような場所じゃない。
この街で数少ないBランクの実力者である俺でも、頻繁に訪れる場所じゃなかった。
ついこの前までは。
「今日の報告はこんなところだ。……なあ、もう十分じゃないのか。あいつが関係ないのはほぼ確実だろう」
「そうでもないぞ。無実の証拠ってのも時には大事だ。解決するまでは続けてもらう」
「……伯爵家が、いや伯爵が何かしようとしてるのは確かなのか?」
机上の書類に目を落としたまま俺と会話する、熊を連想させる見た目の壮年男性――支部最高権力者であるクグルフに、俺は問いかける。
俺がこの調査依頼を受けたころはまだ情報が確定していなかったが、今ならもう分かっているはずだ。あの返答ってことは、結果がどうだったのかは予想がつくが。
ギルマスは少し悩むような素振りを見せたあと、俺に視線を向けて言った。
「オオカミ経由でいくつか素材を入手した証拠が出た。それ自体は貴重だが普通のものだ。だが、それから作れるものを考えるとな……」
「伯爵は、高レベルの錬金術師だったか」
錬金術師は素材を組み合わせて新しいものを生み出す生産系の職業だ。
錬金術でしか生み出せないものも多く、作れるものが多岐に渡るため人気である。
「それで何を作ろうとしてるんだ?」
「籠魔水晶だ。知ってるか?」
「一応聞いたことは」
たしか、周辺の空間に魔力を集め一定範囲に籠らせるものだったはずだ。
魔力で変質する薬草を栽培しようとする計画の中で生み出され、一時期その効果から期待されたが、集まった魔力が突然強力な魔物になる事件や、そもそも設置場所に魔力を集める過程で魔物も引き寄せることが判明してからは見捨てられた失敗作。
危険性を考慮して制作、所持、使用には許可が必要なはず。
「秘密裏に従魔士系の職業を持つ人間を集めているし、魔物を集めて何かしようとしてるのは明白だな」
「そこまで分かってるなら……」
「残念だが籠魔水晶の話は集めた素材からの推測だ。明確に"作った"証拠がないと、とぼけられたら引き下がるしかねぇ」
ギルマスは疲労の滲む表情で溜息を吐く。
ここまで分かっているのに動けないとはどこか納得がいかない。
だが相手は伯爵、それもこの街の領主だ。強硬的に踏み入るような真似はできない。
もう一歩踏み込んだ情報が必要なのか。
「だから頼んだぞカラジャス。嬢ちゃんはおまえに懐いてるからな。うまくいけばぽろっと情報が聞けるかもしれねぇ」
「……信頼につけ込むようで気は進まないけどな」
仲良くしている相手にこういうことをしなきゃいけないってのはかなり気が滅入る。
……下手したら街の危機だし、手段を選んでもいられないのは分かるけどな。それでもこういうのは本職の諜報員とかに任せたいよ。
「ま、そこまで期待もしてねぇし前言った通り気分でやってくれりゃあいいさ」
おまえも嫌われたくはないだろうからな、と嘯くギルマス。
期待してないなら初めから依頼するなよなんて気持ちが湧き上がってくるが、自分の意思で受けた以上何か言おうとは思わなかった。
「じゃあ俺は帰るぞ」
「ああ、待ってくれ。今日はもう一つ話がある」
立ち去りかけた足を止め、怪訝な顔で振り返る。
ギルマスは真剣な顔で俺を見ていた。
……厄介事の予感がする。
正直もうこれ以上面倒なことを積み重ねてほしくはないのだが。
無視するわけにもいかないだろう。
小さく溜息を一つ。ギルマスの対面に戻り座る。
「悪いな」
「そう思うなら引き止めないでほしかった。……それで、なんだよ?」
「ああ。――おまえが案内した新人たちがいるだろ?」
こころなし張りつめた空気でギルマスが口にしたのは、予想外の話題だった。
深くフードを被った双子の狐獣人が脳裏に浮かぶ。
出会ってから日も浅いが、素直に好ましいと思えるやつらだった。
「ついででいい。それとなく、見ておいてくれないか」
「はぁ?」
見ておけって……監視しろってことか?
言っちゃあ悪いが完全に素人だったぞあの二人。特に妹のほう。
姉のほうはどこか油断ならない感じはしたが、それでも警戒するような何かがあるようには思えない。
見たまま普通の少女たちだ。
「俺は特におかしなところは感じなかったが……」
「うちから出した偵察が撒かれた」
何でもない事のように呟かれた言葉に息を詰まらせる。
「気がついたら森の中で迷ってたそうだ。当然新人たちは見失ってな」
「……ふつうに迷っただけじゃないのか」
「俺がわざわざ依頼した連中だぞ? スキュルム表層なんて低ランクエリアで迷ったりしねぇよ」
確かに、自分で言っておいてなんだがギルドマスターが直接依頼してる偵察がそう簡単に迷うとは思えない。特に新人が行くような場所では。あの森木々もそんな密じゃないし。
「ていうか、そもそもなんで尾行なんかさせたんだよ。初めから怪しんでたのか?」
「あー、実は尾行はついでだったんだよな。あの森の少し奥まったところに籠魔水晶の実験をしてたと思われる場所があって、そこの再調査に向かわせたんだ」
そしていざ出発、て時に、入街の理由が曖昧で背後関係も不透明な新人を見つけ――ぶっちゃけ、密かに警戒態勢に移行してることも相まって容疑者リストに載ってたので――ついでに尾行してみたそうだ。
いや、ついでで人を尾行するなよ、とか、そんな基準じゃ容疑者リスト膨大になるんじゃ、とか思うところはいろいろあるが……結果的に思わぬ当たりを引いてしまい慌てているってところだろうか。
尾行していた当人たちも、まさかこうなるとは思ってなかっただろう。
「それで、あいつらは今回の件関わってると思うか?」
「分からん。ただ、迷ってることに気づいた偵察が、実験をしてたらしい場所に辿り着いた時にはもう、籠魔水晶で溜まってた魔力の名残はどこにもなく、他の場所と変わりない魔力密度になってたそうだ」
もともと一度調査はしていて、その場所で籠魔水晶(か分からないが魔力を集める何か)を使用したのは間違いなかったらしい。
初めに調べたときにはもう魔力は拡散し始めていたが、それでもかなりの魔力が残っていたという。
今の段階で自然に変わりない魔力濃度に戻ることはありえない。
「あいつらが何かしたのか……?」
だとしたら目的はなんだ?
……証拠の隠滅?
いや待て待て。よく思い出せ。
こんな辺境まで二人旅してきたくせにどこか楽観的で、常識知らずで、目を放しておけないようなやつらがそんな工作員みたいな真似できるか……?
「……やっぱ何かの間違いだろ。思い返しても機密とか暗部とか、そんな裏の事情に通じてるようには見えなかった」
動揺しながらも怪しくは思えないと言う俺に、ギルマスは鋭い視線を向ける。
「やつらが帰ってきたとき一人メンバーが増えていたのだがな。……"千貌の"だった」
「サウザンド……って掃除屋か!?」
千貌の掃除屋。
裏では有名な冒険者だ。
暗殺や潜入など裏の仕事に天賦の才を示す魔獣使い。
スキルによると思われる変装を常にしていて、その素顔を知るものは従魔以外いないとすら言われている。
普通の依頼はもちろんのこと、金さえ払えば何でもするなんて噂もある要注意人物だ。
そんなやつと関わりがあるってのか。
「本人に間違いないのか? ああ、そうだ。掃除屋は人嫌いだったはずだ。誰かと一緒にいるなんて……」
「彼女は獣人種にはそこそこ友好的だ。そうでなくとも仕事上の付き合いならつるむこともあるだろう。そもそも本人確認はギルドの読取水晶からの情報だから間違いない」
さすがに読取水晶を偽造するのは無理だからな、真面目な口調のあと冗談でもいうように付け加えるギルマスに、すぐには反応を返せなかった。
これはどう考えばいいんだ。
いろいろな考えが浮かんでは消える。
落ち着け……。
ここで考えてても答えなんて出るわけないだろ。
幸いあいつらが泊まってる宿は知ってるんだ。なら――
「……報告は、いつものやつと一緒にすればいいか?」
「ああ、それでいい」
「じゃあ、俺は今度こそ帰るぞ」
「そうだ、どうせだからこれを持って行け」
立ち上がるとギルマスから二枚紙を渡される。
ギルドの読取水晶が映した情報のコピーらしい。
二枚ってことはあの双子の分だろう。
「いいのか?」
ギルドの機密情報だろこれ。
むやみに外に出していいものじゃないはずだ。
「このくらいならギルマス権限でなんとかなる。……ああ、他人に見せたりはするなよ」
「了解だ」
問題ないと送り出すギルマスを背に廊下に出る。
歩きながら渡された紙を流し読んで、思わず苦笑が漏れた。
「スキルに頼らない技術、道具ってのもたしかにあるが……これはやっぱり考えすぎ、ってやつじゃないのか。ギルマス」
―――リアライゼーション:情報開示―――
名前:ヤクモ
性別:女 年齢:15
種族:狐人族
職業:闘士LV10
状態:通常
【特殊スキル】
【種族スキル】
獣化
【職業スキル】
武の才能
剛体
【通常スキル】
闘術LV2
射撃LV1
身体能力強化LV4
音楽LV4
名前:カグヤ
性別:女 年齢:15
種族:狐人族
職業:魔術士LV10
状態:通常
【特殊スキル】
【種族スキル】
獣化
【職業スキル】
魔法の才能
消費魔力低下(弱)
【通常スキル】
槍術LV2
風属性魔法LV3
無属性魔法LV3
身体能力強化LV1
ギルド側が所持してるステータス情報は、カグヤの偽装です。
読取水晶騙されちゃってます。
あと明日も投稿します。閑話ですが。
次の閑話終わったら、第四章が始まる予定です!