4 白い部屋にて(2)
視界が晴れたとき、俺の目の前にあったのは――
――あいもかわらず、真っ白い空間だった。
「なんでやねん」
おもわず関西弁で突っ込んでしまった。
いやおかしいよ!? 確かに魔法陣が俺の体覆って光ったじゃん。なんか球体のセリフとともにいい感じで旅立ったじゃん! なんでまだここにいるの!?
困惑していると目の前に見覚えのある球体が顕れる。当然俺は詰め寄った。
「なあ、球体! なんで俺はここにいるんだ?」
〈異世界転移プログラムが発動しました。これからヤクモ様は異世界に転送され、〉
「違うそれはもう分かってるから!」
覚えのある説明を繰り返そうとする球体を遮る。この状況ではじめからとか何考えてるのかな!? 俺が今欲しい情報はそれじゃないって分かるだろ。ついさっきまで話してたんだから。
「何が起こってるのか説明してくれ」
〈必要な情報は既に書き込まれています〉
なんなんださっきから。なぜ同じ話をもう一度したがる。書き込まれた知識って言ったってそれは召喚後の世界についての知識だったはずだ。この空間についての情報はなかった。
それとも見落としてるだけであるのか?
一度深呼吸して落ち着く。もしかしたら球体ではなく俺のほうに問題があるのかもしれない。
混乱していた頭が冷静になるのを確認してから、書き込まれた知識をおさらいする。
俺がこれから行くことになる世界は地球とは違い魔法のある世界。通常の動物の他にも魔物が生息している。自然は豊か。あまり文明は発達しておらず村単位で細々と暮らしている。科学も魔法も発展途上でこれからどのようにも成長していける世界である。
そう、やろうと思えば俺の知識で地球風の科学重視の世界にもフェールリア風の魔法重視の世界にも出来る。
――そこまで考えて、背筋が冷えた。
「二つ目の、異世界知識……!?」
俺の頭の中には、地球のものともフェールリアのものとも違う第三の世界の知識が、いつのまにか書き込まれていたのだった。
「おい……嘘だろ……」
〈状況は確認できたでしょうか?〉
淡々とした合成音声じみた声で聞いてくる球体。さっきまでは気にならなかった人間味のなさが今はとても気になる。
「……ここに来る前の俺の様子、教えてもらえるかな」
〈対象の行動ログを検索開始……完了しました〉
何もない空間に球体の声だけが響く。いやそれだけじゃない。俺の心臓も、これ以上ないくらい激しく鳴っている。無意識のうちに唾を飲み込んでいた。
警告音にも似た音がなり、検索とやらを終了させた球体は、語り始めた。俺がなぜここにいるのか、その理由を。
〈ギルツ王国召喚の間に転送直後、魔族信奉派による妨害を受けました〉
〈対象を転移させる魔道具「転移石」によるランダム転移です〉
〈王国兵により全員に効果が及ぶ前に止められましたが十一人は間に合いませんでした〉
〈本来なら転移石は世界の壁を越えるほどの力はありませんが偶然召喚魔法陣に干渉〉
〈一時的に強大な力が発生。ヤクモ様はその力により他世界へと跳ばされました〉
事実は一息に語られた。俺はすぐには飲み込めなかった。呆然としてしまった。
「……他の、跳ばされたやつは」
〈世界を越えての転移はあなただけです。他十人はフェールリア内の別地域に跳ばされました〉
どうやら俺はひとりぼっちらしい。
さすがにこれは不安だ。一度「何か」が起こった後である以上、蒼華の直感もあてにならないかもしれない。そもそも「何か」とは勇者召喚されることなのか、それによって巻き起こる一連の出来事なのか。「嫌な予感はしない」のは自分のことに関してなのか、それとも俺のことも含むのか。
いや、悩むな夜雲。蒼華の直感は俺にも適用されている、そう思おう。こればかりはどんなに考えても答えは出ないだろうし。そもそも俺そんなに頭良くないし。複雑な状況判断とか凄い苦手だ。
とりあえずすぐに答えの返ってきそうな疑問から解消していこう。
「蒼華と紅樹はどうなった」
〈その二人は転移石の効果を受けていません〉
「……そうか」
それなら少なくとも人が近くにいるはずだ。いきなり路頭に迷うなんて事はないだろう。ますはひとつ、良かった。
「俺は具体的にどこに転送される?」
〈予想できません。しかしなるべく人里の近くに転送できるよう善処します〉
「……くれぐれもよろしく頼む」
なんとも不安な回答だ。善処します、とか信用ならないと思うのは俺だけだろうか。
「ほんと頼むよ?」
〈全力を尽くします〉
……大丈夫かなあ。
いやきっと大丈夫。今の俺には解釈に疑問の残る直感の女神のお告げしか縋れるものがないが大丈夫だと思いたい。
ああ、女神様、どうかこの哀れな幼なじみに祝福を。
よし。
「この転移は勇者召喚みたいに『特殊な才能』が付与されたりしないのか?」
〈特にはありません。ただ勇者召喚時に付与された能力は転移後も使用できます〉
理不尽な転移に何もメリットがないのは悲しいけどそれなら転移していきなり死ぬなんてことは少ないだろう。詳細不明の「特殊な才能」はともかく強化された体は無難に役立つはず。
後は……覚悟を決めるだけ、だろうか。
はっきり言って現状に俺は納得しきれていない。だっておかしいもの、連続で異世界に跳ばされるなんて。フェールリアの世界はまだ自分の身以外にも頼れる仲間がいたが次の世界はひとりぼっちだし。不満点なんていくらでも挙げられる。
そもそも偶然召喚魔法陣と干渉して強大な力が発生するとか、どんな悪運だ。
そこまで考えてふと思い至った。
さっき上げたばかりの幸運値、あれの扱いは一体どうなっているのかと。
「なあ球体。……俺の現状幸運だと思う?」
〈ありえない確率をくぐり抜け連続で下位神域に到達したことは十分幸運だと思われます〉
システム的に。
付け加えるようにそう零して球体は再び沈黙した。
マジか……。この状況、幸運だったのか。ちょっと考えが浅かったかもしれない。
例えばネットゲームでレアアイテムを手に入れたそいつが確実に幸せになれるかと言われたらそうではない。場合によっては妬みの嵐だったりもするだろうしPKに狙われることにもなるかもしれない。
システム的に幸運だからといって当人が幸福とは限らないのだ。
「これは……腹くくるしかないな」
さっきまでは理不尽に巻き込まれたと思っていたけど、現状が自分の選択によるものかもしれない以上その責任は自分にある。
なら後は結果を甘んじて受け取るだけだ。
「もう十分だ。送ってくれ」
〈了解。転送を開始します〉
見覚えのある魔法陣が俺の全身を覆っていく。視界も同じように塞がれていく。同じように、球体が声をあげた。ただし今回は長文だった。
〈ヤクモ様、幸運値は低い確率を引き易くもしますが当人が幸福を感じる状況を引き寄せる力でもあります。最後には幸福が待っているはずです。諦めないでください〉
普通に聞いたら落ち込んでいた俺を慰めるための応援メッセージ。ただ俺はこの時そのメッセージを……恐ろしいと思った。
諦めかける出来事がこれから起こると、そう言われたように思えたのだ。
そしてそれは間違ってはいなかった。
目を開いた俺が目にしたのは変わり映えのない真っ白な世界と浮かぶ不安定な色をした球体だった。
とりあえず序章終わるまで(TSするまで)は予約投稿しました。