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詰め込みすぎた幸運が混沌としてる。  作者: 夜彦
第三章 異世界の街、そして出会い
39/56

38 龍との戦い

遅くなってすみませんでした。

こんなときは前回のあらすじとかを入れると良いって話だったので簡単に入れてみます。


前回のあらすじ:薬草の群生地行ったら幸運が龍を運んできた。

 紅い咆哮が迫ってくる。

 物理的な圧力さえ持つそれは、固まるわたしたちを簡単に揺さぶった。

 とっさに誰も対処することができなくて……ひやりと、空気が変わったのが分かった。

 ――分かりやすい変化もはっきりと起きた。


「ウォン!?」


 わたしとレーシアさんの影、それぞれに一匹ずつ入っていた狼が強制的に吐き出された。

 龍の出現と同時に姿を消して控えていた狼たちも揃って姿を見せている。

 その驚いた様子を見れば、彼らの意思でないことは明らかだ。


 レーシアさんが焦ったような苦い顔をして叫んだ。


「フリューム、行け(GO)!」


 彼女の影に入っていたフリュームが、主の意思を違えることなく()()()()()に向かって走る。

 わたしも視線は龍に向けたまま、走り去る様子を【空覚】で確認していた。


「キャン!?」


 そのままの勢いで森まで駆け抜けるかと思われたフリュームは、しかしその手前で()()()()を残して突然止まった。甲高い悲鳴を上げながら目の前の()を空しく叩く。


「転移妨害の竜結界……! 生まれたてのくせにやってくれるじゃない!」


 吐き捨てるように叫ぶレーシアさんが龍を睨みつける。

 限界まで細められながら、その奥にある目は不安と恐怖に彩られているようにも見えた。


「えと……ど、どういうこと?」


 わたしからの質問に、少しだけ落ち着きを取り戻したレーシアさんが答えた。


「簡単に言えば、ここから逃げられないようにされたの」


「……逃げられない、って……」


「生きて出たければ、あの龍を倒すしかないわね。……まったくなんの冗談かしら。竜殺しの武器もないのにあれと戦わなきゃいけないなんて……」


 こわばった声を隠しもせずレーシアさんが告げる。

 それを聞きながら、わたしはドラゴンについての知識を思い返していた。


 この世界(フェールリア)においてドラゴンは絶対強者だ。

 たとえ生まれたばかりとはいえ、あの紅い魔力を使っている以上対抗策なしには戦えない。


 紅色の正体は、竜属性の魔力。

 この特殊な魔力を持つ魔物が竜や龍(ドラゴン)と呼ばれ、その特性は、他の魔力の無効化。

 ゆえに、ドラゴンに生半可な魔法は通じず、ドラゴンの放つ紅い攻撃を魔法で防ぐこともできない。たとえ物理攻撃を選択しても、もともと頑強な体であるうえ魔力で強化されていては並の刃は通らない。


 対抗策は、こっちも竜属性を使うことだ。

 竜属性の魔力同士がぶつかれば、無効化しあい霧散する。

 だから人がドラゴンと戦うときは、ドラゴン以外扱えない魔力を、どうにか武器や防具に籠めて利用する。

 レーシアさんが言った竜殺しの武器っていうのはこれらのことだ。


 ……わたしは直接竜属性の魔力扱えたりするけど。

 そういう意味では龍と戦えるだけのポテンシャルがあると言える。


 正直怖い。

 あんな一口でわたしを食べてしまえそうなのに挑むなんて馬鹿げてる。

 だけど。



 あの龍は、わたしの"幸運"が運んできた可能性がものすごく高いから……責任は、とろうと思う。



「ヤクモちゃん、悪いけど……」


「レーシアさん」


 引きつった微笑みで何か言いかけたレーシアさんを遮り宣言した。



「あの龍とはわたしが戦う」



 驚く彼女を横目に、一歩前に――龍に向かって。


「たぶん今この中で龍に対抗できるのはわたしだけだろうし」


 瞠目してとっさに言葉の出ないレーシアさんを意図的に無視して、一方的に言葉を重ねる。

 なるべく声音は冷静に、平静に、それでいて気楽に。

 泰然と見えるように。


「あ、あなた何を言って…………っ!」


 絞り出すようなレーシアさんの言葉は、またしても遮られた。ただしそれはわたしのせいじゃない。

 目の前の龍が、ついに攻撃を始めたからだ。


 紅いまりょくを溜め振り回された尾の、その軌道をなぞるような攻撃が飛んでくる。


 ドラゴンの、紅い力を纏ったそれは、普通に防ぐことは不可能。

 だから。


「――――【竜纏】」


 【倉庫】からぶきを取り出して、紅い魔力を立ち昇らせたわたしが、切り払った。

 ぶつかり合った紅色が、輝きながら霧散する。


 絶句するレーシアさんを一度だけ振り返って、前を向いて、自分に言い聞かせるように言った。


「自信はないけど……なんとか、してみる」




 ● ● ●




 茫然とするレーシアさんを置いて、前に出る。

 龍はわたしをはっきりと危険だと認識したのか、周りには目もくれずわたしだけを見つめている。


 敵意の籠った視線を受け止めながら、心臓の鼓動はだんだんと加速していった。

 それは生死を賭けた戦いへの焦燥によるものか、それとも高揚か。


 職業スキル【竜纏】。

 神様アガナーが選んでくれた職業の、ただひとつのスキルだ。

 体内の魔力を竜属性に変換し体に纏う、すごい効果のスキルなんだけど……ひどく燃費が悪い。

 魔力量だけいうなら世界フェールリア最大級らしいわたしでも十分前後しかもたない。


 これが切れたら龍相手にはもうどうにもならないし、時間はかけられない。

 他のスキルも魔力温存のためにはあんまり使うべきじゃないだろう。


 幸い相手はまだ生まれたてでろくにスキルも職業レベルも育ってない。

 そもそも戦闘向きじゃない職業(錬金術師)だし、秘薬華龍エリクスリッド・ドラゴンなんて種族名からしてもそこまで戦闘できるわけじゃなさそう。

 あの巨体はそれだけで脅威だし、堅牢な鱗があるのも忘れてはいけないけど……。


 ――威圧感はカグヤのほうが上、かな。


 再び飛んできた紅い尾撃を切り払いながら走り出す。

 縦長の瞳を細め大音量の雄叫びを上げる龍へ向かっても、より()を知ってるから臆することなく動き出せる。

 カグヤがここにいれば「あんなの空飛べるだけの蛇」くらい言いそう。


 まあ、だからといって……


「油断していいことなんてひとつもない、けどっ!」


 伸びあがるような突進をかろうじて避ける。

 引っかかりかけた服の端がバタバタと揺れた。


 当たらないとは思ってなかったのか、勢いを変えずそのまま地面に激突した龍は自分で舞い上げた土砂の中に消えてしまった。


 今のは危なかった……。

 ほとんど予備動作もない突進だったから距離が離れてなかったらそのまま丸呑みコースだった。

 いや、なんていうか、やっぱりさすが龍だね。


 再度気合を入れ直し、刀を構える。

 視界は土砂で塞がれてるけど【空覚】なら問題なく感じられる。

 レーシアさんたちが少し離れたところに移動しているのを意識の片隅で調べながら、龍の反応を探る。


 ……あれ、動かないね。

 このまま激突の衝撃で気絶。とかだとすごくありがたいんだけど……。


 ヒュッと、風が頬を撫でた。


「さすがにそこまでうまくはいかないか」


 土煙を吹き飛ばす勢いで飛び出す龍。

 速さはさっきとそこまで変わらない。


 距離はさっきより近いから、回避は間に合わない。

 避ける気もないけど。

 なんたって……今度はわたしの迎撃準備も万全だからね。


 狙うのは、鋭い牙が噛み合う、その一瞬前。


「グワァオン!」


 横に跳ぶ。

 わたしのすぐ側、だけど何もないところに噛みついた龍に向かって――カウンター気味に。


 下腹を深く切り裂く一閃が、赤い血の線を確かに刻んだ。


「ギャオオオオン!?」


 本当はこういうとき、目とか口の中とか、柔らかそうなところを狙うのが一番いいって聞いたんだけど、あの一瞬でそこまで狙う技量は(【多世界統合式魔導闘術】があっても)ないから。

 広くて狙いやすく、鱗も薄そうなお腹を斬らせていただいた。


 うん、間違ってなかったみたい。ちゃんと傷がつくね。

 後はこれを繰り返せば……。


 そう短絡的に考えた矢先、龍と目が合った。

 怒りじゃない――静かな闘志を湛えた目だ。


 背筋に悪寒が走る。

 反射的に跳び退ったその直後、突然成長した絡み合う一本のツタがわたしの視界を覆った。


「なっ!?」


 それは一度身震いするかのように全体を震わせると、わたし目掛けてその体を叩きつけてきた。


 避けないと!


 そう思うより早く足を動かして――足元の、自分から絡み付いてきた植物が、回避の邪魔をした。


「えっ、わっ、わぁああ!?」


 疾る剣閃。

 焦りながら振り回した刀ではあったけれど、スキルのおかげでなんとか形をなし、迫るツタをギリギリ切り裂いた。


 思わず息を吐きながら、はっと龍を確認する。


 その姿シルエットが変わっていた。


 基本が龍――東洋の、蛇みたいな形――であるのは変わらないけど、その体から四本、植物で出来ていると思しき触手ツタが増えている。

 よく見れば、せっかくつけたはずの傷も消えていて……それがあったはずの場所は、何かで濡れていた。


「【植物操作】と、【秘薬生成】のスキルだっけ……」


 【慧眼】で見た情報ステータスのうち、種族スキルに属していたもの。

 どうやら生まれたてでも、本能的に使い方が分かるらしい。


「第二形態ってとこかな? ……実際にやられるとシャレにならないね」


 ぽつりと呟くと同時、突っ込んできた龍が放った咆哮が、わたしの体を揺らした。




 ● ● ●




 迫る触手ツタを切り払う。

 次いで振り下ろされる爪撃を刀で逸らしながら回避して。

 絡みつく足下の植物は力ずくで引きちぎった。


 手数の増えた龍との近接戦。

 周囲の植物は全部龍の味方で、切った触手ツタもすぐに再生し生え揃い、強靱な爪や尾が振り回される。

 なんとか対処は出来ているけど、手が足りない!


 そもそもわたしには制限時間があるわけで、このまま戦闘が長引いたら負けるのは必然的にわたしのほう。どうにか守りを突破して、致命級の攻撃を入れたいところ。


 一応獣人種のわたしとしては、身体能力には自信がある。

 とりあえず、勢い任せの突撃でもしてみようか……?


 無謀な作戦(とも呼べないけど)に頭の片隅が危険を訴える。

 ただ、それでも、制限時間の存在がわたしに一歩を踏み出させた。


「…………っ!」


 呼気は一瞬。

 触手ツタの一本が頭上を振り抜けていったタイミングで、一気に前に躍り出る!


「グルオオッ!!」


 慌てて振り下ろされる二本目の触手ツタは見当違いの場所を叩き、うごめく草花はわたしの足に追いつけない。体ごと捻るように振り回された三本目はすれ違いざま切り払い――。


 地面が抉れるほど叩き付けた尾の一撃が、足下の揺れとなってわたしの動きを止めさせた。


「く、あっ……!?」


 もう龍は目と鼻の先。

 しかしわたしの刀はまだ届かない距離。


 好機とばかり振り下ろされる四本目の触手ツタが足の止まったわたしに襲いかかる。


「こ、の……! なめ、るなっ!」


 崩したバランスのまま、自分から倒れこむように前転する。


 ぎりぎりのタイミング。

 体に掠るように通り過ぎていった触手ツタに冷や汗が流れた。


「……ぁぁあああああぁぁっ!!」


 間近に迫っていた恐怖を振り払うように声を絞り出す。


 爪や触手ツタで攻撃していた関係上、龍は低空に浮かんでいる。

 それこそ地上からでも、その喉元に刃を突き立てられるくらいに。


 距離は十分。

 竜属性魔力は無効化してる。

 腹側の、鱗の薄い部分なら刀も通る。


 後はもう、放つだけ!


「やぁあっ!!」


 弓を引き絞るように肩にたたんだ両腕。

 走る勢いも乗せて、鋭く前に突き出した。


「グラァアオオッ!!」


 すぐ側から聞こえる咆哮が体を揺らす。

 そして、それに紛れるように、聞こえた。


 ――ピキィイン、と甲高い、音。


 ()()が刀の折れた音だと気付いたのは、やけにゆっくりと動く視界に、きらきらと光を反射しながら飛んでいく刀の先端が、わたしの背後へ抜けていった後だった。


「え……?」


 おかしい、なんで折れた?

 さっき一撃与えたときはたしかに傷がついた。

 傷すらつけられず折れるなんて……ありえない。


 思わず目を見開いて、刀が当たったはずの場所を確認した。

 そして、見た。


 刀が当たったはずの場所だけ、色が違う。

 まるで、()()()()()ような濃い茶色をしていた。


「まさか……土魔法!?」


 たしかに情報ステータスには書いてあったそのスキル。

 練習ちしきを必要とするスキルだけに使えると考えなかったそれが、土壇場で牙を剥いた。


 愕然として……そして、今はそんなことを考えている場合ではなかった。


 ぎりぎり気付けたのは【空覚】のおかげだろう。

 対処は間に合わなかったけど。


 横薙ぎに繰り出された龍の尾がわたしの体を吹き飛ばす。

 至近距離で立ちすくむわたしを、龍が見逃すはずもなかった。




 ● ● ●




〈information from Vital Note〉

〈使用者の負傷を確認しました〉

〈Vital Noteより自己診断セルフチェックを発動します〉


〈……診断中……〉


自己診断セルフチェックが終了しました〉

〈深刻な負傷はありません〉

〈Vital Noteでの治療可能範囲内です〉

〈治療を開始します〉




 転がって転がって、仰向けになったわたしが目にしたのはまだ青い空だけではなかった。

 視界に映る半透明で薄い板。

 どこかSFチックなそれに見覚えはなかったけど、思い当たるものはあった。


 たしか特殊スキルの中にこんなのがあった気がする。

 魔道具化したナノマシンがどうこう、ってやつ。

 怪我したら勝手に診察して治療してくれる、そんな効果があったはず。


 この表示初めて見たってことは、今のこれがフェールリアに来てからの初の負傷ってことになるのかな。そうなると、カグヤとの特訓はだいぶきついと思ってたけど、擦り傷とか打撲とかできないくらいに優しくされてたってことになりそうだけど。

 まだ特訓に上がありそうなのを嘆くべきか、カグヤとの隔絶した実力差に項垂れるべきか……。


「ガァアアアアア!!!」


 ……うん、分かってるよそう吠えなくても。

 今すべきなのはあなたとの戦いだよね。


 でも、ごめん、少し疲れたというか。

 緊張の糸が切れたのか、なんだか体に力が入らないんだよ。


 さっきの診断結果を見る限り体的には大丈夫そうだから、どっちかっていうと心の問題なんだろうな。


「……はあ、わたしもまだまだだね……」


 途中まではうまくいってるような気がしてたんだけどな。

 慣れないなりにそこそこ頑張って刀振り回してたと思うんだけど。


 まだドラゴン相手にひとりで倒しきるのは無理だったみたい。


 次は、勝てるくらいに強くならないと。


 わたしの側まで龍が来たのを【空覚】で感じて、【竜纏】を解除する。

 怪訝な雰囲気を出す龍がじっとわたしを見つめてきた。


 「どういうつもり?」って声が聞こえてきそうだね。

 お望みに応えて、解説しようか。


「残りの魔力は二割、ってところかな。だから、まあ、やろうと思えばまだ戦えなくはないんだけど……勝負はもう、ついてると思うんだよ」


 もちろん、わたしの負け、だね。

 この通り体に力は入らないし、ぶきも折られたし。


「ただまあ……わたしが負けたからといって、あなたの勝ちにさせるわけにもいかないかな、って」


 龍の勝ちってことになったらレーシアさんたち含めみんなぱくっと食べられちゃうだろうからね。


「結局こうなるのかという思いはかなりあるけど……――ひとりで倒せないなら仲間を喚べばいいよね」


 残り二割弱の魔力、その大半を注ぎ込む。

 染み出す漆黒の魔法陣は、今日も変わらず業火を受けて不気味に揺らいでいる。


「――【煉獄解放】」


 自分の周囲に()()展開された魔法陣に、ようやく理解したらしい龍が慌てて逃げようとしたけど……もう遅い。


 陣から這い出る暗黒色の骨腕たちに鷲掴みされた龍は、悲痛な声を上げながら地面に叩き付けられた。




 

ちなみに【煉獄解放】はあくまで煉獄から魔物を召喚するスキルなので、すでに召喚されているカグヤは対象外だったりします。


さらに蛇足すると竜結界は内部から外部への移動を妨害する結界なので、結界内での転移はできたりします。ヤクモちゃんは気づいてませんが。


4/10 英字部分を半角にしてみました。

8/29 ルビミス修正

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