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詰め込みすぎた幸運が混沌としてる。  作者: 夜彦
第三章 異世界の街、そして出会い
38/56

37 群生地

遅くなりました。

 だんだんと深くなっていく森の中、女性の声が響く。


「あなたは魔物がどういう存在か、知っているかしら」


 視線こそこっちを向いてないものの、レーシアさんの興味は完全にわたしにあるらしい。

 さっきから会話の途切れる暇がない。


 【空覚】によると結構この辺り魔物がいて、散開した狼たちが近づいてきた魔物を何度も撃退してるのが分かる。もう少し周りにも注目したほうがいいと思うんだけど……それだけ狼たちを信用してるってことかな。それとも自分の実力に自信がある?

 んー……後者っぽい気がする。


「えっと、体内に魔石を持っている生き物のことを魔物っていうんだよね」


 周囲の様子からいろいろ考えながらも答えを返す。


 魔物と他の生き物の違いは、その体内に魔石を持っているかどうか。

 この魔石っていうのは、ざっくり言えば魔力が物質化したものらしい。


「そう、周囲の魔力を取り込んだ生物が魔石を得て魔物に変化する場合もあるし。魔力の溜まっているところに魔石が出来て、それを核に魔力で肉体を形作って生まれる場合もあるけど、総じて魔物は魔石を持っている」


 どんな魔力が元かによって魔石の質も変わり、火属性の魔力が魔石になれば火を使う魔物になるし、強力な魔物の魔石は高濃度の魔力が渦巻く大きいものだ。


「魔物は大量の魔力を溜めこんでいる存在と言っていいわ」


 レーシアさんは滔々と語る。

 その言葉はどこか得意気で、聞いているわたしを引き込んでいく不思議な魅力があった。


「生物が死ねばその内の魔力のいくらかが外に放出される。それは基本たいした量じゃないけれど、強力な魔物の死なら、その量も馬鹿に出来なくなる」


 話を聞きながら歩くうち、肌がぴりっとする感覚がした。

 そう、この先に……圧力を放つ何かがある。

 そんな感じ。


 歩けば歩くほど、強くなっていく。


「その死が戦闘によるものだったりすれば、自然、周囲の被害も大きいものになるわ。森の中なら当然木はなぎ倒され、何もない更地が出来上がるでしょうね」


 その言葉が終わるころ、【空覚】がそれを捉えた。

 このまま歩いた先にある、木が一本もない開けた場所だ。


「強力な魔物の死によって放出された大量の魔力、周囲の植物が根こそぎ掘り返され何もなくなった環境。そんな場所にまた植物が生えようとしたら、どうなるかは分かるでしょう?」


 少し想像してみる。

 ただ、はっきり言って答えは簡単だ。

 レーシアさんがこんな話を始めたのは、わたしがこれから行く場所はどんな場所か聞いたから。


 ――薬草は、魔力によって変質した植物だ。

 薬草と言う種の植物があるわけじゃなく、魔力の多いところに咲く魔の植物。


「わたしたちが今から行くのは、そんな場所よ」


 肩越しにこっちを振り向いて、彼女は楽しそうに笑った。




 ● ● ●




「……もしかしなくても、これ全部……」


「薬草よ」


 辿り着いたその場所は、深い森の中にあるにもかかわらず日光が辺りを明るく照らしていた。

 広さはだいたい……学校の敷地三倍くらい。

 その一面に、白い花をいくつかつけた似たような草が生えている。


 全部でいくつあるのか想像もつかないほどたくさんあるこの草が全部……薬草であるらしい。


 わたしが【空覚】なんて反則級の技を使っても探せなかった薬草がこんなに……。


 いや、【空覚】でこの開けた場所の広さは分かってたからもしかしたら、ぐらいには思ってたけど、こうして直接目で見てみると、やっぱり感じるものがあるというか。

 なんとなく悔しい。


「こんなにたくさん生えてるのは今だけだけどね。放出された魔力が霧散してしまったら、特別魔力が溜まりやすいわけではないここはすぐに元の森に戻るでしょう」


 でも、こういうことも起こりうる、って知ってるだけでも得だよね。

 やっぱり薬草にも見つけ方のコツとかあるんだろうな。もう少し調べておくべきだったか。【空覚】があるからいいかな、なんて思ってたよ。


「さあ、早く採ってしまいましょう。ここは魔力が濃くて居心地が悪いわ」


「たしかになんだか変な圧力を感じるよ」


 肌がぴりぴりするような感覚は近づくたびに強くなってたけど、ここは特にひどい。

 何もしてないのに体がこわばり、無駄に力が入ってしまう。

 さっきから狐耳も緊張しっぱなし、尻尾の毛もこころなしか逆立ってるような気がする。


「……普通の新人はこのレベルの魔力濃度には耐えられないのだけどね」


 こっちを見ながらの一言にびくりと体が震える。


 わたしはたしかに普通の新人じゃないね。

 もともと勇者として召喚されたメンバーのひとりだし、元の身体とはずいぶん変わったうえ反則チート級にはなってる。

 でもこんなこと軽々しく言うわけには…………て、あれ?


 そういえば隠す必要ってあるんだっけ。


 カグヤが言うには、わたしのスキルや称号(ステータス)が普通じゃないから、騒ぎになりたくなかったら隠すべきってことらしいけど、あえて有名になって向こうから見つけてもらうっていうのもありなんじゃないかな。

 わたしの手掛かりを残しながら、幼馴染たちを探す。

 このほうが良いような気がしてきた。これならうっかりすれ違う、なんてこともないはず。


 ああでも、レーシアさんには言わないほうがいいような感じがする。

 勘だけど。

 ……あ、今蒼華っぽかった。


「まあ深くは聞かないわ。事情もあるでしょうし……」


 うん、今はそれでお願いします。

 言うかどうか(ひいてはあえてわたしの情報を流すかどうか)は、カグヤと相談して決めよう。


 だからわたしは曖昧に笑って誤魔化しておいた。


「余計な時間を使わせてしまったわね。ごめんなさい」


「ううん、大丈夫だよ」


 それだけ言ってしゃがみこむ。

 もちろん薬草を採るためだ。


 根を傷つけないように周りの土ごと採って、それから土を払う。

 それから茎が折れないようにそっとしまう。


「へぇ、ちゃんとした採り方を知ってるのね。最近の新人は知らない人も多いから」


「きっちりカグヤに教えられたからね」


 この森に来るまでの間に。集中して取り組みました。

 何かを教えてるときのカグヤって怖いんだよね。妥協は許さない! 的な感じ。


「……カグヤ?」


「あ、えっと…………お姉ちゃん、かな」


 初めて聞く名前にレーシアさんが首を傾げたので補足する。

 とりあえずカグヤとは双子設定にすることが話し合いで決まってる。見た目そっくりだし。双子っていうのに少し憧れがあったし。

 わたしが妹側なのは、まあ、うん、カグヤに競り負けた結果とだけ。

 ……わたしも下の子が欲しい。


「お姉さんがいたの?」


「うん。今は別行動中」


「ふぅん」


 とりあえず話ながら薬草を採り続け、十本採ったところで顔を上げる。


 こっちを見つめるレーシアさんと目が合って――その目が、獲物を見つけた猟犬のように思えた。


「お姉さんにも会ってみたいわね」


「…………うん。構わない、けど」


 ただ一瞬後にはそんな雰囲気は消えてしまい、優しそうな笑顔だけが残っていた。

 気のせい? それとも……。


 疑念が頭の隅に固まって、返事も自然固いものになってしまった。


「まあ、そんな機会はないかもしれないけれど」


「そうなの?」


「ええ。――わたしはすぐ次の街に行く予定だから」


 そういうレーシアさんの言葉にはどこか力が入っているような気がした。


「これからサザールの街に帰って荷物をまとめたら、もう出ていくわ」


「……明日の朝出発のほうがいいんじゃ?」


 今はもう午後だ。

 これから街に帰って出発だと、門を出るのは夕方頃になってしまう。

 今日は休んで、明日の朝に出るほうがいいはず。


「んー。でもね、なるべく早くあの街を出たいのよ」


「そっか」


 どこか軽い口調でありながらも、しっかりした意思を感じさせるレーシアさんの言葉にそれ以上何か言うことを止める。

 レーシアさんは実力者だし、頼れる狼たちもいるし、心配する必要はないか。

 なんだか事情がありそうなのは、気になるけど。


「……あなたも」


「え?」


「あなたも、特にあの街に拘る理由がないのなら、早めに出たほうがいいわ」


 まっすぐにわたしを見るレーシアさんは、どこまでも真剣だった。


 そこまで言わせるなんて……何か起きてるんだろうか。


「あの街で何か、あるの?」


 問い返されたレーシアさんはわずかばかり顔を伏せて考え込むと、一言だけ。


「…………勘、かしら」




 ● ● ●




 レーシアさんは散っていた狼たちを集め休憩と称し遊んでいる。

 わたしは順調に薬草を採っていき、合計三十本。

 用意してきた袋には、もう少し余裕がある。


「あなたよく平気な顔でいられるわね」


 もう少し詰めようかな、なんて思ってたところにレーシアさんから声をかけられた。

 こころなしかその表情は引きつっている気がする。


「魔物が生まれてもおかしくないくらいの魔力濃度なのに……体なんともないの?」


 んー、たしかに体がぴりぴりする感覚は続いてるけど、それだけというか。

 じゅうぶん我慢できる範囲ではある。わたしは状態異常かからないし。


 ……いやそれはわたしだからこそで、普通はこんな長居できないのか。

 よく見たらレーシアさんの顔がうっすらと青い。狼たちも疲れたような雰囲気だ。

 今日はもう帰ったほうがよさそう。


「えっと。わたしも疲れたからそろそろ帰ろうかなって」


「そう? ……悪いわね」


 謝られてしまった。

 気を使ったって思われたかな。

 やっぱりもう少し嘘吐くのも上手くなったほうがいいかもしれない。気は進まないけど。


 ひとまずさっきの謝罪は聞こえなかったことにして、側に寄ってきた狼の頭を撫でておいた。


「あ、そうだ。レーシアさん」


「何かしら?」


 薬草を入れた袋を背負っていた鞄にしまいながら、さっきの会話で気になったことを聞く。


「さっき、魔物が生まれてもおかしくないって言ってたけど」


「ああ、それは気にしなくてもいいわ」


 他を知らないとはいえ、魔物が生まれかねない濃度って結構危ないことなんじゃないか。

 そう思っての発言だったけど、思いのほかレーシアさんは軽く返してきた。


「あくまで可能性がある、程度の話だから。ここの魔力はだんだんと散っていってるし、魔力が凝縮して魔物になることはないと言ってもいいくらいよ」


 言いながら、草原の端に辿り着いたレーシアさんはこっちを振り向いて言った。



「これでもし本当に魔物が生まれたら……逆に()()かもしれないわね」



 あ、今嫌な予感がした。

 極端な仕事するわたしの幸運から見たら――今の状況、諸手を挙げて喜ぶシーンじゃないかな。


 思わず足を止めて固まるわたしと、それを訝しげな顔で見るレーシアさん。

 訪れた数瞬の静寂は、まさしく嵐の前の静けさなんだろう。


 ――風が吹いた。


 髪が揺れるとか頬にそよぐとかそんなかわいいレベルじゃない。

 ごうごうと鳴る、花が散り草木がざわめく強風だ。


 目を見開いて驚くレーシアさんを前に、わたしは冷や汗が止まらなかった。


 明らかな異常事態、たとえ【空覚】でその原因が背後にあると分かっても、それがだんだん周囲を巻き込んで成長していると知っても、振り返りたくないと思わせる威圧感。


 しばらくして風が止み、背後のそれが安定したところでわたしはようやく振り返る。


 それを中心に周りは盆地状になっていて、身体を構成するのにそれを使ったことをうかがわせた。

 それは滑らかな白いお腹と、苔のような植物が生えた若緑色の鱗を持っていた。

 それがいるのは空中で、長い身体でとぐろを巻き、青紫色の眼がわたしたちを睨んでいた。



―――――叡智の書庫:情報表示―――――


 名前:なし

 性別:雌

 種族:秘薬華龍エリクスリッド・ドラゴン

 職業:錬金術師LV1

 状態:通常


 【特殊スキル】

 身体魔力構成


 【種族スキル】

 秘薬生成

 植物操作

 竜気


 【職業スキル】

 錬金術


 【通常スキル】

 鋭牙LV3

 鋭爪LV2

 風魔法LV5

 土魔法LV5

 咆哮LV5

 




「龍……っ!?」


 レーシアさんのかすれた叫びが耳に届いたその直後、目の前のそれは牙を剥きだし大きく口を開けて――――


「ガァアアアアアァアアアアアアッッ!!!!」


 紅い波動を纏った咆哮が辺り一面に撒き散らされた。



 

4/17 龍の瞳の色変更しました。銀→青紫

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