33 登録
日もだいぶ高くなり、人の行き来がまばらになってきたころ。
ついにわたしたちはやってきた。
どこかの役所のような質素で堅実な造りの建物。
冒険者関連の事業を全て取りまとめる、国に属さない超国家組織。
その一支部。
想像していたよりも立派なそれに、わたしの心は一気に高揚した……といいたいとこだけど、この空気の中無邪気に喜ぶことはできなかった。
「あえてもう一度聞くが……冒険者止める気はないか?」
「ん。大丈夫。ヤクモが頼りなくてもわたしがいる」
「うう……」
心の底から心配している顔で尋ねてくるカラジャスさんにカグヤが澄まして返す。
ふたりとも純粋な好意から言ってくれてるのだとは思うけど、その応答自体がわたしの至らなさを追及してるようで恥ずかしさを覚える。
何が起きたかというと、まあ簡単にいえばわたしが案内されている最中に質問をしまくった、ってだけだ。
ただその質問の内容が常識レベルというか子どもでも知ってるようなことだったり、冒険者を目指すなら少なくとも知っておかなければならないことだったりして、おおいにカラジャスさんを不安がらせてしまったのだ。
よく思い出してみれば転移時に書き込まれた知識の中にあったり、カグヤは大半の答えを知ってたってことも、わたしに向けられる視線が憐れみを帯びることに拍車をかけてる。
……しかたないじゃん。
カグヤは見た目こそわたしと同じで双子にしか見えないだろうけど実際は長い時を生きた知識の積み重ねがあるだろうし、わたしはたくさんの世界を渡ったせいか書き込まれた知識がだいぶあやふやになっちゃってる。
それにそもそもわたしまだフェールリアに来てから三日目だし。
途中で時間の流れがおかしい【叡智の書庫】にいたから感覚ずれてるけど、まだ三日目なんだよ。
そんな言い訳じみた考えがぐるぐると回っている。
「俺の心がこいつらから目を離すなって叫んでる気がするぜ……」
「必要ない。ヤクモはわたしが守る」
「それは何度も聞いたけどな……。無茶な依頼受けたりするなよ? 一人がカバーできる範囲には限界があるからな」
「……うん。身の程はわきまえることにするよ」
最終的にわたしを見て忠告するカラジャスさんに、小さい声ながらはっきりと宣言しておく。
あくまで冒険者になるのはお金を稼ぐ手段としてだ。
いや、強大な敵との戦いとか、未知の秘境探検とか、そういった冒険に興味がないわけじゃない――むしろワクワクする――けど、そういうのはまだ早すぎる。
もう少し強くなったと自信が持てた頃にしよう。
「――さて、一応忠告もしたことだし中に入るか。登録自体はすぐ終わるだろうが、ついでに中の施設も案内してやるよ」
空気を切り替えるように咳払いして、カラジャスさんは扉に向かって歩き出す。
カグヤと一度顔を見合わせ、深呼吸して……。
その後ろを追いかけた。
● ● ●
冒険者ギルドの中は閑散としていた。
混み合う時間帯をわざわざ避けてやってきたんだからあたりまえだけど、もっと活気のあるものを想像していたわたしとしては、少し残念な気も。
「ほら、もうちょっと前に来い。人が少ない時間帯ではあるが入り口前に居たら邪魔だからな」
そう言われて初めて入り口すぐで止まってたことに気づいた。
確かに邪魔だ。素直に前を歩いていくカラジャスさんについていく。
部屋の真ん中くらいまで来たところでカラジャスさんが振り返った。
「じゃあ説明するぞ――」
カラジャスさんの説明に耳を傾けながらギルドの中を見渡す。
まず扉に背を向け右手側。
依頼の発行・受注・達成報告など各種手続きをするカウンターがある。
板が張られいくつかのブースに分かれてはいたけれど、人の少ない時間帯であるせいか事務員が座っていたのはその内二つだけだった。
冒険者登録も当然ここで行う。
次に左手側。
ここはちょっとした何でも屋らしい。
冒険者には便利な道具とか傷を治す魔法薬とかが売られている。
ここに来ればたいていなんでも揃うしギルドが品質を保証してるから粗悪品は少ないけど、その分値段も高め。
魔物素材なんかの買い取りもここが担っている。
正面には大きなボードがある。
大量の張り紙がしてあって、つまりは依頼掲示板だ。発行された依頼がここに掲示されている。
カウンターに近いほうが簡単な依頼なんだそうだ。
二階には酒場。
なんでわざわざと思ったけど、ギルドの前身が小さな酒場を拠点にしてたことに由来してるそうだ。
たまに酔いつぶれる人が出るらしく、そういう人を放り込むための仮眠スペースもあるらしい。
後、地下には牢屋が、三階にはギルドマスターの執務室があるみたいだけど、わたしたちがお世話になるとは思ってないのか説明が雑だった。
たしかにお世話になる予定はないからいいんだけど……最後まできっちりやってほしかった。
「こんなところだな。最低限これだけ知ってれば問題ないだろ」
「うん。分かりやすかった、ありがとう!」
「……おう。そう正面から感謝されると照れるな」
最後が少し不満だったけど説明自体は丁寧で分かりやすかった。
感謝の気持ちを言葉で伝えたら顔を逸らして恥ずかしげに頭を掻く。
「あー、次はいよいよ冒険者登録だな」
照れ隠しなのか若干早口のカラジャスさんと一緒にカウンターに向かう。
なぜかやたらとカグヤがくっついてきて、歩きにくかった。
向かったカウンターは優しげな雰囲気をした二十代の受付嬢がいる。
「あれ、カラジャスさんですか? こんな時間に、珍しいですね」
「まあ少し用がな。後ろの二人の登録を頼む」
「推薦ですか?」
「いや。案内してきただけ」
どうやらそこそこ親しい仲だったようで会話の雰囲気が明るい。
黙って話を聞いてたら、受付嬢さんに呼ばれたのでカグヤとふたりカウンターの前に立つ。
「それでは冒険者登録をするので、プレートを貸していただけますか?」
言われるがままにプレートを渡す。
前にカグヤが施した偽装はまだ有効だから、見られてやばいものはないはず。
カグヤも素直に自分のプレートを渡していた。
「はい、たしかに」
プレートを受け取った受付嬢さんは手元にある水晶の台座のようなものにそれを置いて、なにやら操作している。
しばらくすると、ピロロン、とどこか電子的な音を響かせて水晶が輝いた。
「……登録完了です。プレートお返ししますね」
今の短い間で登録は完了してしまったらしい。
さっきの水晶の台座がプレートの情報を読み取る装置だったのかな。
「ではいくつか説明がありますので、プレートを起動してください」
どうして冒険者の説明をするのにプレートを起動させる必要があるのか分からなかったけど、とりあえず素直に起動した。
あいかわらずファンタジー風味のないスマホ的な画面が映し出され。
「冒険者アイコンが新しく増えていると思いますのでそれを開いてください」
プレートに表示される画面に見慣れないアイコン――冒険者と銘打たれたそれが、新しく増えていた。
さっきの水晶は登録だけじゃなくこのアイコンを増やす役目もあったようだ。
「そのアイコンでは冒険者の規約、現在のランク、受けている依頼の詳細を確認することができます」
アイコンを開く。
登録したばかりのわたしたちのランクは一番下のFランク。
ちなみにランクはS、A~Fの六段階だ。Sが一番上で、Dランクから一人前と見なされる。
受けている依頼はもちろんなし。
だけど討伐依頼なんか受けたりすると、倒した数が自動で記録されるらしい。
冒険者の規約は……後で読もう。長い。
「……それでは頑張ってくださいね」
冒険者アイコンの使い方、依頼の受け方とかを簡単に教えてもらってカウンターを後にする。
特に証明をもらったわけでもなく、プレートにアイコンが増えただけだからあんまり実感はないけど、これでようやく冒険者を名乗れる。
ここからわたしの冒険譚が始まる!
「俺の案内もこれで終わりだな」
「……あ、そっか」
ひっそりと拳を握りしめテンションを上げていたところに、カラジャスさんが声をかけてくる。
カラジャスさんの言うとおり、冒険者登録も終わり案内されるようなことはもうない。
なんとなく寂しい気がするけど、彼にも(さぼりたがってたけど)依頼があるし、ここはお別れかな。
「正直まだ不安は残るが、おまえらの人生、そこまで介入する気はない。好きに生きろ。ま、割のいい仕事があったら誘うくらいのことはするかもしれねぇが」
「余計な御世話。さぼってないで仕事しろ」
「ちょ、ちょっとカグヤ!」
「ははっ、なかなか厳しいな。ま、カグヤに素直に礼なんか言われたら逆に違和感ありそうだしこんなもんか」
「ん。ありがと」
「……ふは、天邪鬼だなおまえ」
動悸が不純だったとはいえ丁寧に案内をしてくれた人に対しての発言じゃないと慌ててカグヤを窘めたけどカラジャスさんは気にしてないみたいで明るく笑ってくれた。
カグヤもなんだかんだ言いつつ微妙に口元がほころんでる気がするから、実はじゃれてるだけ……なのかもしれない。
「じゃ、俺は行くよ」
「依頼頑張ってね」
「……まーほどほどにな」
ギルドから出ていくカラジャスさんの姿に手を振ってお別れする。
振り向いてはくれなかったけど軽く手を挙げて返してくれてから、満足。
「ヤクモ。この後どうする?」
「んー? 何か簡単そうな依頼をひとつくらい受けようかなと思ってるけど」
時間的にはまだ昼前。
依頼をこなす時間はそこそこある。
「ん。賛成する」
「どうせだからカラジャスさんにおすすめされたのにしようか」
カグヤと相談しながらカウンターに向かう。
おすすめされたのは常駐の依頼で、Fランクにも受けられる低難易度のもの。
冒険者でこれをこなしたことのない人はいないくらいよくあるもの。
――薬草の採取。




