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詰め込みすぎた幸運が混沌としてる。  作者: 夜彦
第三章 異世界の街、そして出会い
33/56

32 朝の宿屋にて

すみません遅くなりましたっ!


それと総合評価1000pt超えました。

読んでくださった、評価してくださったみなさん、ありがとうございます!

 カタリと小さな音がして、部屋の中に日の光が入ってくる。

 窓から入る光を避けるように移動して、明るくなった室内から目を逸らした。


「ヤクモ。朝食の時間」


「うあー」


 呼びかけるカグヤに意味のない声で返し、そのままベッドに倒れこむ。

 柔らかくないベッドがわたしを優しく受け止めてくれるはずもなく、だけどここから動きたくなかった。


「ヤクモ」


「…………」


 近づいてくるカグヤを完全無視。

 うつぶせのまま緩く目を閉じる。


 客観的に見ると朝起きられない子どもみたいだけどそうじゃない。

 そもそもわたしは早寝早起きが習慣づけられた優等生であるからして。ベッドが変わった程度で眠れないなんてこともない。


 ならなぜ起きられないか?


 答えは簡単。

 今わたしは非常に疲れているのだ。


 こんな朝から? とか言わないでほしい。

 ほら、あったでしょ。昨日先延ばしにしたけどやらなきゃいけないことが。


 そう――特訓だ。


 冒険者登録と引き換えにすることになったこの特訓、正直完全に頭から抜け落ちてた。

 だけどカグヤは忘れておらず、日が昇る直前くらいの時間に起こされて部屋の外に連れ出された。


 寝起きはいいほうなのですぐに目は覚め、何をやらされることになるのかと怯える反面、街中だし朝ごはんの時間もあるしそう派手な事にはならないだろうとも思っていた。


 甘かった。


 カグヤに手を引かれそのまま()()()連れていかれたのは新築の武道場。和的風味が感じられる木材主体の内装は薄らと黄金色に輝いていて、ここが普通でないことを端的に示していた。


 なんでも、わたしが特訓することになったから新しく作ったらしい。

 カグヤとアーシュが。一晩で。


 神と天使によって作られた武道場はわたしの【倉庫】に立地し、中にいるだけで体力と魔力を回復させある程度の傷すら治し……ここでいくら過ごそうとフェールリアでは時間が経過しない。


『体力も時間も気にせず存分に特訓できる』


 なんて言われた。


 ここから先は説明しなくても分かると思う。


 断片的に言うなら、

 特訓中のカグヤはスパルタで。

 一部の神すら超える天使に一撃入れるのはやっぱり無理で。

 体力回復の効果を上回るほどの疲労がわたしを襲っていて。

 魔法は使えるようにならなかった。

 ……ってとこかな。


「魔法が使えなかったのは不思議」


「……カグヤの説明は分かりやすかったんだけどね……」


 ああ、動かないわたしに業を煮やしてか、ついにカグヤがわたしを持ち上げだした。

 そしてその状態で何ごともないかのように会話を続けてくる。

 おかしいなぁ。カグヤもわたしの相手をして疲れてるはずなのに(汗すらかいてなかったけど)、どうしてそんな力が出せるんだろうなぁ。体格同じはずなのに、どうしてわたしを持ち上げられるんだろうなぁ。


 え、魔法の話?

 使えなかった。それ以上も以下もないよ。

 【妖術】とか【竜纏】とか魔力を扱うスキルは問題なく使えたのに、肝心の魔法が全く使えなかった。

 使用法は【叡智の書庫】調べだから間違ってなんてないはずなのに。

 魔法が得意な種族のはずなのに。


 原因が分からないから、魔法だけじゃなく魔力使う系のスキルもあまり多用しないように言われた。

 せっかくのファンタジーなのに。

 なんか悔しい。


「次の特訓にはアーシュも呼んでみる。原因が分かるかも」


「うーあー」


 まだ特訓やるのかぁ。


 漏れ出た声に乗ったのは、疲労感でも魔法が使えない悔しさでもなく、そんな諦念じみた泣き言だった。




 ● ● ●




 今日の朝ごはんはパンとスープとサラダ。

 全体的に野菜が多め。見た目があいかわらず素朴……というか地味だけど、昨日のおいしさを知っている身としては期待が持てる。


 カグヤとふたりお盆に乗った料理をもらって空いている席を探す。


「あれ?」


 きょろきょろと辺りを見回すと、奥のほうに見覚えのある人がいた。

 四人掛けのテーブルに一人で座っている。二十代くらいの、茶髪で戦い慣れてそうな雰囲気をしてる青年……名前は確か……。


「カラジャスさん、だっけ」


「む」


 わたしが呟いたのが聞こえたのかカグヤも同じほうを見て短く声を上げる。


 席は他にも空いてるけど……どうせなら。


 考えたのは一瞬。気が付くとわたしの足は前に進んでいた。

 後ろからカグヤもついてきてるので特に反対はないんだろう。


 テーブルの横に立つ。


「こんにちは、カラジャスさん。ご一緒してもいいですか?」


「……ん? ああ、昨日の……ヤクモにカグヤ、だったか。別に構わねぇよ」


 快く許可がもらえたのでお礼を言って席に座る。

 カグヤも隣に座った。ただなぜか椅子をずらしてわたしに近づいてくる。

 ……狭いよ?


「はは、仲良いんだな」


「ん」


 笑うカラジャスさんにカグヤが満足気に答える。

 まあ、カグヤがいいならこのままでもいっか。


「カラジャスさんもここに泊まってたんですか?」


「いや、俺は飯食いに来ただけだ。ここの飯はうまいからな」


 そう言ってカラジャスさんは食事を続ける。

 彼の前にはわたしたちの三倍くらいの量の料理が並んでいて、そのうちの半分くらいが消えていた。

 ……日本にいた頃もこんなに食べたことないなあ。

 そんな量食べるほうでもなかったけどさ。


「食わないのか?」


「……え? あ。……いただきます」


「ん」


 カラジャスさんの食べる量に軽く驚いて動きが止まっていたらしい。

 指摘されてはっと気づいたわたしは少し恥ずかしい気持ちになりながら食べ始めた。

 カグヤも同じタイミングで食べ始めたけど、どうやら待ってくれてたようだ。……悪いことしたかな。


「……食べる時もフード外さないんだな」


 外したら目立つだろうからね。

 客観的視点でも神様アーシュ視点でも天使カグヤ視点でも"かわいい"と思える容姿してる自覚は持たないと。

 それにこのフード特別製なのかずっと被ったままでいても邪魔には思わないから外す必要性も感じないし。


「ん。いろいろある」


「いろいろか」


「あなたと一緒」


「…………」


 カグヤとカラジャスさんの会話。

 横から聞いててもセリフひとつが短すぎて何のことか分からない。

 特におかしいところがあるようには思えなかったけどカラジャスさんは黙り込んでしまった。


 なんとなく微妙な空気が流れる。


「あ、あー……カラジャスさんは今日どうするんですか?」


「今日か。……まだ片付いてない依頼があるからそれをこなすことになるだろうな」


「そ、そうですか」


 空気を何とかしようと話題を引っ張り出すと、カラジャスさんは少し沈んだ顔で答えた。

 こころなしか声も暗い。


 全然空気改善できなかった。むしろ悪化した気がする。


 やっぱり依頼が長引くのは辛いのかな。それとも面倒な依頼を引き当てちゃったとか。

 どちらにしろやる気がないのは明らか。


 話題の選択を間違ったのは分かったけど、他にどんな話題を挙げれば……。

 あ、昨日のアステルシアさんの話とか? 確信はないけど知り合いみたいだし。


 だけど頭をフル回転させて出てきた話題を口にする前に、カラジャスさんが話しかけてきた。


「そういうおまえらは今日どうするんだ?」


「え、わたしたちですか? 今日は……冒険者登録に行こうと思ってますけど」


 空回りした頭のまま何も考えずにするっと答えてしまう。


 それを聞いたカラジャスさんは怪訝な顔をする。


「冒険者? おまえらがか?」


 あ、顔に止めとけって書いてある。そんな分かりやすい顔してる。


「頼りなく見えるかもしれないけどそれなりに戦えるよ」


 まあわたしはまだカグヤ曰く「ものすごい才能がある素人」程度の動きらしいけど。

 少なくともカグヤは十二分に強い。


「それなり程度なら別の……いやいいか。おまえらにも事情があるだろうし、俺が口挟むことじゃないよな」


「ん。それが賢明」


 反論しかけたカラジャスさんは一人で納得してしまった。ばつが悪そうに頬を掻いている。


 心配してくれるのはありがたいけどね。


 その後は特に問題もなく、ぽつぽつと会話(主にカラジャスさんの武勇伝だったけど。こっちには話せる話題があんまりないんだよね)を続けながら食事をする。


「そうだな。ここで会ったのも何かの縁だし、ギルドまで案内してやろうか?」


 大量にあった料理の最後の一口を飲み込んでカラジャスさんがそんなことを提案してきた。

 どうでもいいけど、わたしたちが座った時点でもわたしたちの料理より多い量が残ってたのに、食べ終わるのわたしたちより早いんだね。もうびっくりだよ。


 ちなみにギルドっていうのは冒険者たちが所属してる組織またはその施設のことだ。当然冒険者登録はここですることになる。

 たいていどの街にもあって……って、考えに耽るのもほどほどにして返事しないと。


「ありがたいですけど、いいんですか? 終わってない依頼があるんじゃ……」


「気にするな。実はあんま乗り気の依頼じゃなくてな、先延ばししたいんだよ」


 実はっていうか、そこは分かってた。


 まあ問題ないっていうなら案内してもらおうかな。


「カグヤもそれでいい?」


「ん」


 口に物を含んだままカグヤが頷く。

 よし、決まり。


「それじゃあよろしくお願いします」


「おう任せとけ」


 胸を張っておどけた風に言うカラジャスさんの姿はどこかおかしくて、少し笑ってしまった。




 ● ● ●




 食事を終えて外に出ると通りにはたくさん人がいて騒がしかった。

 さすがに日本ほどとは言わないけど、どこの世界でも朝は慌ただしいものらしい。


「よし、まずは街の案内からだな」


「え、ギルドに行くんじゃ」


 良い笑顔で言ってきたカラジャスさんに思わず問い返す。

 ちなみに、カラジャスさんから敬語じゃなくていいと言われたので普通に話すことにした。

 年上だしさん付けはさせてもらうけど。


「今の時間帯に行っても混んでるからな、後からのほうがいい。……登録自体にはそんな時間かからないから、俺の時間潰しにはならねぇし」


 まともな理由だ……と思ったら後半ぼそっと言ったセリフもばっちり狐耳が拾ってきた。

 依頼先延ばしにしたいっていうのが主目的なんだね……。


 街の案内って言われても昨日あちこち散策した後なんだけどなあ。

 あ、でもカラジャスさんはずっとこの街にいるらしいし、見ただけじゃ分からない穴場的なところも知ってるかもしれない。

 ちらっとカグヤを見ると無言で首を縦に振ってきたのでカグヤも問題はないよう。


「そういうことなら」


「ま、損はさせねぇよ」


 言いながら歩き出すカラジャスさんに数秒気付かず、慌ててついていく。

 カグヤはしれっとした顔で普通についていってた。

 それとなく教えてくれてもよかったのに。


「ふふ」


 ……こっちをちらっと見て勝ち誇った顔された。

 うあー! なんか悔しい!


 何とも言えない気持ちを持て余してカグヤに突撃するもあっさり躱される。


 この一幕でムキになったわたしとカグヤの攻防戦はしばらく続いた。

 カラジャスさんは気づいてるのかいないのか分からないけど何も言わずに歩く。


 なんだか今日も長い一日になりそうな気がした。



 

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