30 散策と出会い
10/31 お金に関する話を修正しました。
短剣を売ったお金は完全に二人で等分しました。一人銀貨十枚。
アーシュ含めて兄姉二十四柱って深く考えたらとんでもないことな気がするけど、目に見える範囲での違いが分からないから気にしないことにした。
とりあえず今は異世界の街観光を堪能しようと思う。
まだ太陽は空の真ん中、時間は十分にあることだし。
「どうせここにいるなら買ってくれるとありがたいんだが」
「恥ずかしながらお金がない」
目的地なんてないからひとまず唯一この街で知り合いと言える串焼きのおじさんのところまで来た。
あいかわらず露店の近くに人はいない。
おじさんの顔の怖さも変わるところがない。
同じ大通りのはずなのに、喧噪が遠くに聞こえる。
「このお店やっていけてるの?」
「嬢ちゃん……無邪気そうな顔してザクッとくるな……」
げんなりした声のおじさん。
素直に思ったまま聞いただけなのに。
「たしかにふらっと来るやつは少ないがリピーターは多いんだよ。冒険者連中が朝依頼に行く前だとか帰ってきてから買うやつがな。だからやってけてないわけじゃねぇよ」
憮然とした顔をしながらも丁寧に説明してくれるおじさんはやっぱりいい人だね。
「ていうか嬢ちゃんまた一人か? 連れの無表情なほうはどうした」
「カグヤはお金を手に入れに行った」
街に出る気になったとはいえお金がない事実は変わらない。
だけど今日はもう冒険者になる気分ではなかったから、結局当座の資金を手に入れるために【瞬間錬成】で作ったアイテムを売ることになった。軽く作ったからできたのは一般級の短剣だったんだけど数を揃えたのでそれなりのお金になると思う。
一応これでわたしも自分のお金を持てることになる。わたし一人じゃ相場は分からないし、売っても足下を見られそうだから実際売りに行くのはカグヤだけど。
手に入れたお金は二人で均等に分けようと思う。
ただわざわざカグヤがわたしを置いていったのは不安だ。「ヤクモ値段交渉できる?」と言われ反論できなかった結果ではあるんだけど、改めて考えたら黙ってついてくなら問題ないはず……なんだろう、この落ち着かない感じ。
わたしが知らないところで何かが起きていそうな……。
「……ヤクモ? 遠い目してどうしたの?」
「ふぇ?」
なぜか波立つ気持ちを持て余していると視界に影が落ちる。
心配が滲み出しながらも平坦な声に俯いていた顔を上げると、カグヤが目の前に立っていた。
……いつのまに来てたんだ。
「大丈夫?」
「あ、うん。ちょっと考え事してただけ……」
わたしの顔を覗き込むカグヤをじっと見つめる。
……うん、特におかしなところはないね。
やっぱりさっきまでの落ち着かない気持ちは気のせいだったんだよ。
「うまく換金できた?」
「当然」
こころなしか得意気な顔のカグヤ。
見せびらかすように中身の詰まった皮袋を揺らす。
金属同士がぶつかり合う高い音が鳴った。
「二人で分けるなら一人銀貨十枚になる」
「おお、なかなか高いね」
宿十泊分。考えなしに使ってたらすぐなくなりそうだけど。
なにはともあれ、これで街をうろつく準備ができたわけだ。
「じゃあおじさん、わたしは行ってくるよ!」
「……おう。結局買ってはいかないんだな……」
元気よく言ってみたら疲れたような声で返された。
むう、そんなに買え買え言われても、さっき買ったばっかりでお腹空いてないんだよ。
でもお客さんいないのをいいことにずっと居座ってたのは邪魔だったかな。
わたしが出ていく態度を示したからかおじさんはもうこちらを見ていない。新しく串を焼き始めてしまった。
真剣な顔で下を向くおじさんに、去り際に声を投げかける。
「お腹空いた頃にまた来るよ!」
返事はあいにく聞こえなかったけど、有言実行はしようと思う。
● ● ●
あっちにふらふら、こっちにふらふら。
目についた通りを曲がるようにして街の中をうろつく。
商人が声を張り上げている通りで人の波に飲まれたり、静かな住宅街で優しいおばあさんにお菓子を分けてもらったり。風でフードが脱げて周りが急に騒然としたり、間違って貴族区らしきところに入り込んじゃって強制的に放り出されたり。
いろいろあった。
馬の代わりに竜がひいてる竜車とかメカメカしい外見のゴーレムとか見てるだけで楽しかった。
今いるのは街の中央から少し北にある噴水のある広場だ。
ここにある露店はそこそこ見た目のいいものが多い。人が集まる場所だから儲けも多いのかな。
売っているものに統一感はなく、パン系、衣類、怪しげな薬と並んで端のほうに装飾品を扱っている露店があった。
使われている金属は決して高そうには見えないけど、緻密に施された装飾が高級感を醸し出す。
素人目にも細工師の腕がいいのが分かる。とても綺麗。
「お。狐のお嬢さんはこのペンダントが気に入ったかな? これはね、とある部族に伝わる幸運の……」
「――買った!」
店主さんの言葉に被り気味に宣言する。
わたしの反応に店主さんが目を丸くして驚いてる。商品台に乗り上げるようにして主張したせいかもしれない。背後からカグヤが呆れる気配がした。
あ、店主さんは短めの金髪に青い目で柔和そうな顔をした、欧州人の色彩を日本人の顔に上乗せしたみたいな人。残念ながらもふもふの耳とかはない。普通の人族っぽい。
乗り上げたときに顔を近づけたからよく見える。
目を開いたまま反応がない店主さんが正気に戻る前にわたしはカグヤによって商品台から引き下ろされた。
「不用意に顔を近づけない」
「心配しなくてもぶつかりはしないよ?」
空覚があるから目視範囲内の状況くらいは完璧に把握してる。距離感覚はばっちり。
これでもう、暗い雰囲気の蒼華を心配して顔を覗き込もうとした時に誤ってぶつかって泣かせてしまう、なんてことはありえないのだ!(出会ったばかりの頃の話。無駄に騒ぎが大きくなっていろんな意味で焦った)
「……。そうじゃなくて」
「え?」
「やっぱりいい。言っても変わらなさそう」
何か言いたげではあったもののそれを口にすることはなく、「わたしが守ればそれでいい」なんて勝手に納得してしまった。
気にはなったけどカグヤはさっさと話を戻してしまう。
「買うのは構わないけど。これ以上幸運上げてどうするの?」
「どうするって言われても……。これはもうわたしの生きがいというかなんというか」
それに正直、わたしの幸運がどんな基準で仕事してるのか読めないし。ありがたみが薄い。
ペンダントを身に着けたら、銃弾がたまたまそれに当たって助かったくらいの幸運は発揮してくれるかな、なんて。
「見た目も悪くないし」
「だけどあれ実際効果ない」
一応周りに配慮したのか最後のカグヤのセリフは小声だった。
カグヤの言うとおりあのペンダントには幸運を上げる効果なんてない。装飾はいいけど素材は一般的なものだし特殊効果もないから等級で言えば一般級だ。
だけどそれを補うようにロマンがある。
たとえ効果がなくても身に着けたらなんとなく幸運になったように思える。
それで十分じゃないかな。
「……よく分からない」
「端的に言えば、なんと言われようとやっぱりあれ欲しい」
無駄に理屈を捏ねなくてもようはそういうことだ。
効果がなくても「幸運」って付くだけで価値が跳ね上がったように感じてしまうのだ。
信じてたらいつかは本当に効果を発揮するんじゃないか、とか。
実際にそうなったらなかなか素敵なことだと思う。
ああ、日本の家に置いてきた幸運グッズが懐かしい。
「……ヤクモの考えが理解できない……」
カグヤはついてこれなかったらしい。頭を抱えて悩みこんでしまった。
少なくとも買うことに反対はしなかったから今のうちに買わせてもらおう。
店主さんはなぜか微妙に赤い顔をしていたけど、わたしがお金を取り出し始めると真面目な顔になった。
本来ならここで値段交渉が入るからね。気は抜いてられない。
……まあわたしは言い値で買わせてもらいますけど!
あっさりと話がついた店主さんは逆に拍子抜けしてた。
商売人ならもっとポーカーフェイスしてたほうがいいんじゃないかな。
ちなみに銀貨一枚。宿一泊分、高い。
でも値切らず買っちゃう。
「……はっ。気がついたらヤクモが散財してる」
「えへ」
後悔はしてないから笑って誤魔化す。
カグヤは一瞬唸った後すぐに誤魔化されてくれた。
改めて見たペンダントはやっぱり綺麗だ。
細かな装飾はあるにせよ全体的に平たいから服の内側とかにもしまいやすそう。鎖はもう少し丈夫なものに変えたほうがいいかも。
そんなふうに眺めて幸せな気分に浸っていたというのに……唐突に邪魔が入った。
ガシャン! と大きな、物が崩れる音が広場に響く。
それと、男の罵声。
驚いて音のしたほうを向けばどこかの露店の物か木箱が崩れ、柄の悪そうな男達が三人ほどわたしと同い年くらいの少女を囲んでいた。
少女は地面に座り込み、……その右頬が赤く腫れている。
「俺らとおまえが対等だと思ってんのかぁ? 調子乗ってんじゃねぇぞガキが」
男達の軋んだ笑い声が聞こえる。
少女は何も答えない。
男達を睨むその視線が、弱い。
「どれ、どうせだから正しい態度ってやつを俺が教えてやるよ。……立て」
馬鹿にした声を出した一番大柄な男が少女を無理やり立たせようとする。
弱々しい視線が男を射抜くけど、当然動じることはない。
……見てられなかった。
「止めなよ」
「あぁ?」
男の背後から声をかける。我ながら凛とした鋭い声だったと思う。
少女の腕を掴んでいた男はその腕を放し、不機嫌を露わににわたしを振り返る。
その顔は訝しげで、自分より小柄で弱そうな見た目をしたわたしが声をかけてきたことが不思議でしかたないらしい。
次の瞬間には愉悦に満ちた顔に変わっていたけど。
「邪魔すんなよ嬢ちゃん。今大事な話の最中なんだ。……それとも痛い目見るか?」
男は嗜虐的な笑みを浮かべる。残念だけど全く脅威には感じない。
いつのまにか隣にいて戦闘準備してるカグヤのほうが怖いくらいだ。
……ん? あれ、準備じゃない?
先手必勝で潰そうとしてる!?
ま、待ってカグヤ。さっきは止めきれなかったけどここはわたしの出番!
どうにかカグヤを止めないと……。
だけど戦闘勃発寸前の緊張に何かする余裕はなく、結論を言えば今回もわたしの出番はなかった。
ただカグヤの出番もなかった。
「おまえらこんな子供いじめて楽しいか?」
不穏な空気の中に割り込んできたのは二十代前半くらいの青年だった。
使い込まれた革鎧を着た堂々とした立ち姿はこういった荒事にも慣れているのを感じさせた。
男達三人がかりでもこの青年には敵わないだろう。
細められた目が男達を威圧する。
「なあ、どうなんだよ」
「……ち」
男達も分が悪いと悟ったのか小さく舌打ちして去って行った。
去り際にひどく苛ついた目でこっちを睨んできたけど悪あがきにしか感じられない。
思わず舌を出しそうになったけど、我慢した。
それよりも座り込んだ少女のことが心配だ。
「立てる?」
少女に手をさしのべる。
純金を溶かし込んだような綺麗な金髪は汚れて、整っているだろう顔も今は痛々しく腫れ上がっている。
それを見ると男達への怒りが込み上げてくるけどそれは表に出さないように、意識して優しい顔を浮かべた。
透き通った青い瞳がわたしを見上げる。
「あ、ありがとう……」
少女はそう言って差し出された手を掴もうとした。
けど、その途中で何かに気づいたようにはっとした顔をする。
慌てたように顔を取り繕い厳しい表情を浮かべわたしの手を弾……きはしなかったけどそのくらいの勢いでもって自力で立ち上がる。
「わ、わたしは栄誉あるサザール伯爵家次女、アステルシア・サザールだ! き、気安く触れないでもらおう!」
勢い込んで言われたそのセリフは厳しさを意識したものだったんだろうけど、至近距離にある目が思いっきり揺れていて、無理してる感しか伝わってこなかった。