27 親切
第三章副題が決まらない。決まり次第付け足す予定。
日はまだ昇ったばかり。大通りの喧噪とは裏腹に街の中はまだ薄暗い。
魔物対策か高い壁に覆われた街であるのだからなおさらだ。
壁にほど近く家屋が乱雑に建ち並んでいるこの辺りも十分に影が濃く、犯罪も起こしやすいだろう。
「はっ。あっさり信じてのこのこついてくるたぁ警戒心の足りねぇ嬢ちゃん達だ」
わたしたちは今、そんな街の外れで十数人の男達に囲まれてる。
ご丁寧に背後は壁だ。
……うん、空覚で感じてる限りどんどん街の外れに行ってるなあとは思ってはいた。だけどこう、親切そうな顔でおすすめの宿屋まで案内してくれるって言うから信じてたんだよ。
人は見かけによらないものなんだね。
「だから途中で引き返そうと言ったのに」
「うっ……。もしかしたらただ迷ってるだけかもしれなかったし……」
言い訳だね、分かってる。
もう少し真剣に警戒するべきだった。自分の身は自分で守らないといけないんだよね。
「ヤクモはわたしが守るから、そのままでもいいけど」
「頼りにはしてるけど、頼りっぱなしは良くないよ。次からはもっと気をつける」
改めて意識を切り替える。
簡単に慣れるとは思えないけど、この世界は日本とは違う。
この状況でやるべきことはひとつ。
――抗戦の、戦闘の意思を込めて男達を睨みつける。
「やる気か? この人数差で? 大人しくしててくれれば手荒にする必要はないんだがなぁ……」
口元がにやけてるぞ親切そうだった人! 拳鳴らして完全にやる気じゃないか。
というかこの人がリーダーなんだろうか。
この人しか喋ってないけど。
「おい、おめぇら! フードのほうは知らねぇがもう一人は獣臭いガキでも上玉だ! 下手に傷つけるんじゃねーぞ!!」
と思ってたら男達の中で一番大柄で強そうなのが声を張り上げた。
その内容を聞いてカグヤのほうをちらりと見てしまったのはしかたないと思う。
今わたしは門のところで渡されたフード付きのケープを被ってるから顔は見えない。だけどカグヤは被ってないからそのわたしとほぼ同じ……自画自賛みたいだけど十人中十人が可愛いと思うだろう顔をさらしているのだ。
どうやら男達に目をつけられてたのはあなたっぽいよカグヤ。
「わたしもヤクモと同じ顔してるの忘れてた……うかつ」
小さな呟きが聞こえる。
わたしに見られてることに気がつくと慌てて目を逸らしたけど。
あー……少し気が抜けてしまった。
ちなみにフェールリア世界では表だって獣人差別とかはしてない。「獣臭い」とか言ってたけど差別用語だね。これだけ聞いててもこの人達がろくでもない集団だって分かるよ。
「よそ見とは余裕だな。それとも怖くて俺達を見られねぇか?」
おっと、関係ないことを考えてる間になんか馬鹿にされた。
男達は恐怖心を煽るかのようにゆっくりと包囲を狭めてきてる。
そっちこそそんな余裕ぶってていいの?
足下すくわれるよ?
「……後悔するよ?」
「は、ちみっこいガキが何粋がってやがる。ろくに喧嘩もしたことないんだろう?」
む?
そう言われればそうだ。
わたし日本の頃も含めて喧嘩なんて一回もしたことない。刀一回振るだけの戦闘しかしたことない。なんでできる気になってたんだろ。
あー、でも【多世界統合式魔導闘術】のスキルとか勇者として上がってる身体能力(大半は幸運に振ったけど)とかあるしなんとかなる……かな?
……不安。
ねぇカグヤ。
戦う雰囲気になってるけど転移で逃げたらだめかな?
「大人しくしてろ……よっ!」
弱気になってカグヤに撤退を提案しようとしたその矢先、大柄な男が動き出した。
高く振り上げられた拳がわたし目掛けて落ちてくる。
あぁ、どうやらもう場の流れは戦闘みたい。
なら、弱気な心は捨てる。
拳が振り下ろされるまでの間にカグヤを連れて転移できるけど、しない。
こんな荒事も日常茶飯事な世界の住人として…………全力で戦おう。
格闘術なんて知らないから。
獣人としての本能、レベルだけ高いスキル任せの動きだけど。
軽く腰を落とし、適度に力を抜いて――
――風を切りうなる拳を受け止める。
…………カグヤが。
「なっ!」
「…………あれ」
「雑魚が」
拳を受け止められた男は放心、口を開けて固まってる。
拳を受け止めたカグヤは嫌悪を隠そうともせず。男達を鋭い視線で睨みつけ、一言吐き捨てる。
誰かが息をのむ音が聞こえた。
そんな小さな音が響くくらい、静まり返っていた。
さすが天使、微動だにせず勢いのついた拳を受け止めきった。どうやったんだろう? 体格差的に無理があるような、やっぱり魔法かな。
……て、そうじゃなくて。
「カ、カグヤっ……? 今のはわたしが受け止めるべき場面だったんじゃ……!?」
「ん。ヤクモはわたしが守る」
「心配してくれるのは嬉しいけどっ……!」
正直に言ってわたしの見せ場なんじゃないかなーなんて思ってたり。
ある意味とてつもなく不謹慎な不満をカグヤにぶつけるわけにもいかず黙り込む。
その間もカグヤは男達を睨み続けながら、ふと零した。
「そもそも」
「……う?」
「ヤクモを害そうとした時点で、殲滅対象だった」
一転、ぞっとするような声。冷たく重く、魂に直接響く。
視線はさらに尖り、体から漏れ出す魔力が圧となって男達にのしかかる。
恐ろしいまでの殺気が込められていた。
さすがにちょっと、わたしも怖いと思った。
本気だって感じられる辺りとか特に。
この時点で男達の大半が気絶し、残りも腰が抜け座り込んでいた。
みんな一様にしわくちゃな顔をしてる。
わたしたちを襲おうとした相手だけど、こういうのを見せられると可哀想になってくるよ。
「……カグヤ、さすがに未遂で死刑はどうかと思うんだ」
「…………ヤクモがそう言うなら」
渋々といった感じではあるけどカグヤは殺気を放つのを止めてくれた。
ごねられたらどうしようかと思ったけど素直に引いてくれて助かった。もしカグヤが強行しようとしてもわたしじゃ力不足で止められないからね。
「でも罰は必要」
「まぁ、それは当然だね」
それには反論しない。
この人達が悪いことをしたのは確かだからそれに対しての罰は与えられるべき。
でも罰って何するべきなのかな。
日本だったら警察に引き渡すけど、こっちだと……憲兵団とか?
とりあえずこの人数を運ぶのは大変そうだなあなんて呑気に思っていると、カグヤが一目でわかる笑顔をして言ってきた。
「ヤクモは先に大通りに戻ってて」
「……何する気なの?」
わたしには空覚があるから門から続く大通りには簡単に戻れるけど、そんなあからさまにわたしを遠ざけて何をするつもりなのかな。
「気にしなくていい。少しで済むから」
あ、今一瞬目に剣呑な光が宿った。
何する気かは知らないけど目を離したらいけない気がする!
「(男達が)心配だからここにいたいかなって」
「ん。問題ない。先に行ってて」
なかなか頑なだ。
だけどわたしもここで引くわけにはいかない。
絶対に説得してみせる!
● ● ●
「……じゃあ嬢ちゃんはこの街に来たばっかりなんだな」
「そうだよ。まだ宿も決めてないんだ」
傷のついた顔に豪快な笑みを浮かべているだろうおじさんにそう返す。顔は見ない、失礼だけど少し泣きそうになるくらいには怖い顔をしているのだ。この人。
人の多い大通りで露店(しかもいい匂いが漂ってくる串焼き屋)をしてるのにさっきから見てる限り誰も近づきすらしないのはそのせいだと思う。
匂いに引き寄せられたもののお金がなくて買えず、あげく店主の顔にびびって叫んでしまったわたしを許してこうして話し相手になってくれるくらいには優しい人なんだけどね。
「今は連れを待ってるところだったか」
「…………うん」
わたしの近くに今カグヤはいない。
うん、結局説得することはできなかったよ。もともとわたしは口が回る方ではなかったし。
かたや長い時を生きているはずの天使、かたや十五年程度しか生きていない小娘。
勝ち目があるわけなかったのだ。
別れる際のカグヤの笑顔が非常に印象的で、とてつもなく不安を煽ってくる。
……無事かな、あの人達。
もう何度目か分からない、およそ襲撃者相手に向けるものじゃない同情の念を送っていると串焼き屋のおじさんが何かに気付いたように声をかけてきた。
「お? 嬢ちゃんの待ち人ってあれじゃねーか? 同じフード被ってるし」
おじさんの指さす方向をよく見ると雑踏の中からこちらにまっすぐ向かってくる小柄な(周囲と比べての話で、わたしとは同じ)少女の姿。
「待たせた」
いつもどおり無表情なカグヤだ。先の件からの教訓か、別れるときは着てなかったわたしとお揃いのフードを被っている。
そこには先ほど見せていた笑顔も一瞬垣間見せた激情も何もない。
「…………何もなかったよね?」
「ん。問題ない」
試しに疑わしげな目を向けてみても表情は変わらない。
ダメだ、わたしにはカグヤの無表情から本心を探りだすなんてことできない。
……まあ相手は悪い人達だしこれ以上追及するのに意味はないかな……
カグヤから情報を引き出すのは至難の業だ。あまりの難易度に早々に諦めてしまう。
「どうだい、そっちの嬢ちゃんは串焼き買ってかないか? この街の中じゃ美味いほうだと自負してる」
「たしかにいい匂い」
「今なら少しサービスしてやるぜ」
「ん。なら十本買う」
「おう、毎度あり!」
そして、わたしが内心頭を抱えている間に商談が成立していた。カグヤは当たり前のように怖い顔のおじさんと向き合っている。さすがだ。
サービスする、の言葉通り二本おまけして包んでくれた串焼きを受け取って、鞄に手を入れたカグヤが硬貨を取り出しておじさんに渡す。
……あれ、おかしいな。
煉獄に堕とされてたカグヤは何も持っていなかった。今はわたしが【瞬間錬成】した偽装鞄(中身が入っているみたいに膨らんでいる鞄。中には何も入ってない)を背負ってるけど、それだけだ。売れそうなものも、当然ない。
そのお金、どこから湧いて出てきた!?
「……そのお金、どこから……」
なんとなくカグヤに近寄り小声で聞くわたしはふと思った可能性を否定できなかった。
そのお金、あの男達から巻き上げたものじゃないよね?
「ゴブリンの村を殲滅したときの戦利品」
「……ああ、そっか」
カグヤはこの街に来る前にさんざんゴブリンの村を殲滅してるんだった。
戦利品の一つや二つ持ってたっておかしくないか。
ちょっと焦った。
カグヤが悪の道を進み始めたんじゃないかなって……。
「お、そうだ」
おじさんの声に思わず顔を上げる。
見ないようにしてた怖い顔が目に入って一瞬動揺したけどカグヤの後ろにいたせいかばれなかった。
絶対顔で損してるよこの人。
「嬢ちゃんたち宿決まってないんだろ? なんならおすすめがあるから紹介するか?」
「「…………」」
「お、おいどうしたよ。揃ってそんな胡乱な目ぇして……」
どこかで聞いたようなセリフにカグヤとふたり黙り込む。
わたし的人物判断ならこの人は悪い人ではないと思う……けど、ついさっきそれは当てにならないと証明されたばかりだし。
カグヤは疑いの目でおじさんを見始めた。
事情を知らないおじさんはそんな視線を受けて狼狽している。
結局この後はおじさんのおすすめの宿に泊まることになるんだけど、おすすめするだけあって過ごしやすい宿だった。
親切に案内しようと言ってくれるおじさんに、カグヤが完全に戦闘態勢に入って威嚇しだしわたしも思わず腰を落としてしまったので、おじさんは泣きそうな顔をしていた。
タイミングが悪かったとはいえ過剰反応したのもたしかだったので、お詫びの意も込めてなるべく贔屓にしようと思う。