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詰め込みすぎた幸運が混沌としてる。  作者: 夜彦
第三章 異世界の街、そして出会い
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26 街入り

遅くなりました……。

「と、とにかく行こうか」


「狙い撃ちされる未来しか見えない」


「で、でもせっかく見つけた街なんだし……」


 木々もまばらになった森の端で小声で話す。

 この距離なら気づかれないと思うけど大声で話す気にはなれない。


 歩くのが面倒になったから【空間征服】を使って森の端まで転移したんだけど、そこでわたしたちを出迎えたのは森からの侵入を阻むかの如くそびえ立つ鈍く光る要塞だった。

 いや【空間征服】からの空覚でこれが街だっていうのは分かってるんだけどね。普通の街とは思えない堅牢な壁(武装付き)を前にすると軍事的な要塞の前にいるんじゃないかと錯覚する。


 でもこのあたりに他に人間の街はないし(ゴブリンの村は結構あった。見つけ次第カグヤが殲滅したからだいぶ少なくなってるけど)せっかく見つけた街を素通りするなんてありえない。


「きっとあの壁は魔物対策だろうし、どう見ても人間なわたしたちなら拒絶されることはないって」


「わたしたちの格好は十分怪しい」


 カグヤに言われて自分の体を見下ろしてみる。


 今の姿はすでに幼女ではない、女性らしい起伏のある体。断じて幼女ではない。【叡智の書庫】での状態はフェールリアには引き継がれないみたい。向こうでは精神体だしあれは幻覚みたいなものだって言ってたから当然といえば当然のことだけど。


 服装はどこにでもありそうな白いブラウスに暗い赤色のキュロット。【倉庫】にアーシュが入れていたものだ。ちなみに選んだのはカグヤ。いつのまにかアーシュに【倉庫】の干渉権をもらってたらしくわたしが朝起きた時にはもう用意されてた。


 今まで着てた男子学生服とは違いもう完全に女の子って感じ。

 客観的に見ても違和感はない。


 ついでに言うとカグヤもほぼ同じ服装だ。ブラウスの色が黒いくらい。

 背中の翼が出しっぱなしだったら騒ぎになったかもしれないけど天使の種族スキルである【完全擬態】で見た目はわたしと同じ天狐族になってるから問題ない。わたしと並んだら双子のように見えるだろう。

 まあ見た目だけで本当に天狐族になってるわけじゃないから天狐族としての種族スキルは使えないらしいけど、そんなの見ただけじゃ分からないし。


「どこから見てもただの一般人にしか見えないけど……」


「深い森からやってきたにしては軽装だし小綺麗すぎる。荷物もない」


「…………」


 言われてみれば確かにその通り。

 魔物も出る深い森の中を武器も持たず(日本刀は【倉庫】にしまったまま)町中を歩くような格好で抜けられるわけがない。逆に怪しまれる。

 え、じゃあどうすれば……?


「森側じゃない門から旅人として入るのがいいと思う」


「……ああ、そっか」


 森の中から一般人の格好をした人が近づいてきたら警戒するけど、森の反対側、つまり他の街があるだろう方向から近づくならそれは普通なのか。旅人がゼロなんてことはないだろうし。

 うん、空覚で確かめてみても反対側の門はここまで物々しいものじゃないね。


 荷物は……大きめの鞄を【瞬間錬成ファストクリエイト】で作って中身は何か適当に誤魔化そう。


「じゃあ街のすぐ近く……はまずいかな」


「ん。この世界でも転移ができる人は珍しい」


 人に見られると騒ぎになるかな。まあ別に有名になっても困らないけど身動きがとれなくなりそうだから無駄に目立つのは止めておこう。


「人のいない、そこそこ街から近いあたりに転移するよ」


「ん。任せる」


 カグヤの手を握る。握らなくても転移はできるけどこのほうが安定する……気がする。


 少し集中して、征服した空間に指示を伝える。


 ふっと、一瞬の浮遊感を残してわたしたちは街の外側に転移した。




 ● ● ●




 転移した場所から少し歩いて街の門がはっきり見える場所に来た。

 確認したとおり森側ほどの拒絶感を放っているわけではなく、人が集まっているのが見えた。

 ただ、ささやかな問題が一つ。


「混んでる」


「すごい数の馬車だね」


 門の出入り口には大量の馬車。その間を縫うようにして動く大勢の人間。

 まるで日本の朝の駅みたいな雰囲気だ。


「時間かかりそう」


「まあしかたないよ」


 若干不満そうなカグヤにぼんやりと受け答えして、街に入るための列に並ぼうと歩き始める。

 慌てたようにカグヤも後をついてきて、すぐ横に並ぶ。


 近くで見た門は写真でよく見るような豪華さや綺麗さを感じるものではなく、戦闘の痕や汚れが見えるものだった。見た目を切り捨てた無骨な壁にはなんとなく気圧されるものがある。

 馬車二台分くらいの幅がある大きい門とその横に人一人分の幅の小さい門があり、小さい門のほうが進みが早そうだったのでそちらに並ぶ。


 まだまだ時間はありそうなので、街の入り方について改めてカグヤに聞く。

 初めての街でいきなりトラブルは起こしたくない。


「プレートが必要なんだよね?」


「ん」


 個人の情報を表示するプレートには表に出ないだけで、その個人のありとあらゆる情報が入っている。

 それはつまり、プレートそのものが個人特定、身分証明として役に立つということだ。


 どこの街にもプレートの情報を読み取る装置があって、それを使って犯罪者が街に入り込まないようにしているらしい。


「門にある程度の装置だと対象が犯罪者かどうか、高貴な身分かどうかくらいしか分からない。あまり高性能じゃない」


「最低限それが分かれば問題ないと思うけど」


「門の装置の性能だと案外簡単に偽装できる」


「……えぇ」


 それじゃ装置の意味がない。

 街中に入ってから犯罪者になるような人もいるだろうし、街に入っても警戒はしておいたほうがいいのかな。……今までもそんなに警戒していなかっただろっては言っちゃダメ。


「どのみちヤクモのプレートは偽装の必要がある。装置がしょぼいのは歓迎すべき」


「わたし悪いことしてないよ!?」


 思わぬカグヤの発言に声を荒げて反論する。

 思わず周りを見回して誰か聞いていないか探ってしまう。他にも大声で話している人は大勢いるせいかさほど注目されているわけではなかったけど、いくらかの視線は集まってきていた。一応素早く頭は下げておいて、カグヤに詰め寄り小声で説明を求める。

 何も悪いことはしてないはずなのに、なんでこんなに後ろめたい気分になっているんだろう。


 ちなみに、カグヤはわたしが大声を上げたり詰め寄ったりしてもしれっとしていた。


「どうして偽装が必要なの?」


「ヤクモのスキルや称号には普通じゃないのもあるから。隠さなかったら騒ぎになる」


 具体的に言うとこの世界では取得できないスキルや称号があるとか。

 素直に見せてもプレートの表示を正しいものとは認識してもらえないそう。


「無難なものに偽装しておいたほうが良い」


 でも偽装って響きが悪いよ。悪いことしてる気分になるよ。いや実際悪いことなんだけどさ。


 渋るわたしを淡々と説得してくるカグヤ。

 結局はわたしが折れることにはなったんだけど居心地の悪さは直らなかった。

 うぅ。今まで品行方正に生きてきたのに……悪の道へ一歩踏み出してしまったみたいだ。


 これ以上悪いことは重ねないと決意しつつ、プレートを取りだしてカグヤに手渡す。

 黒水晶がカバーのように覆う白金色のプレートはいつ見ても宝石みたいできれいだと思う。


 そういえばアガナーにプレート見るように言われたのにまだ確認してないや。せっかく授けてもらった職業も。うーん、ここまできたら慌てなくても宿屋あたりで落ち着いてから見たほうがいい気がする。ここじゃじっくりと確認できないし。


 そんなことを思っている間に偽装は終わったらしい。

 派手な光とかがないのは偽装である以上当然かもしれないけど、わたしにはただ画面を操作しているようにしか見えなかった。


「終わったの?」


「ん。問題ない」


 返してきたプレートを受け取る。見た目も変わったようには見えないけどカグヤが言うならそうなんだろう。何もせずそのまま【倉庫】にしま……いやすぐに使うんだし、このまま持っていようか。


 しまうのを止めプレートを手に持った状態でカグヤを見ると、どうやら自分のプレートにも偽装を掛けているようだ。ちらりと見えたカグヤのプレートはわずかに暗い金色だった。

 プレートって人によって色が違うんだ、知らなかった。




 その後は、突然周囲を威嚇しだしたカグヤを宥めたり、なぜか渡されたフード付きのケープを被ったり、とりとめのない会話をしたりしながら順調に列は消化されていき、何も問題なく門の目の前までくることができた。ただ。


「…………」


「ヤクモ?」


 思わぬ光景に少しテンションが下がってしまう。

 さっきわたしは門の前の人だかりを「朝の駅みたい」と表したけど、それはいろんな意味で間違いじゃなかったようだ。


 門にあったのは駅の改札と見紛うばかりの装置。


 扉は閉じていて、脇の水晶っぽい部分にプレートを触れさせ問題がなかったら扉が開くらしい。

 なんでこう、ところどころこういうところがあるのかなこの世界は。


 少し先にいてわたしを振り返るカグヤをいつまでも心配させるわけにはいかないので、初めての街だ! となんとか自分を奮起して改札口(仮)に向かう。


 カグヤの偽装はばれなかったようで何の問題もなく扉が開き(内心ドキドキしていたわたしと違ってカグヤは最後まで堂々としていた。扉が開いた時にやりと悪そうな笑みを浮かべていたのが見えた)、必要以上に時間をとられた気がする街への旅路はひとまず終了となった。


 気負いなく街に入れたのは、まあいいことだったんじゃないかなとは思う。



 

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