25 閉架
椅子に座ろうと思ったらカグヤに抱き上げられた。
簡単に抱き上げられてしまう今の姿に自分の事ながら哀愁を感じた。
というか一人で座らせてほしいんだけども。
「ん。疲れたから」
カグヤが疲れてることとわたしが抱かれてることの関連性が分からないよ。
「わたしはヤクモ配下の天使だから近くにいればいるほど回復が早くなる。あと癒される」
「……そうなの?」
「ん」
真面目な顔で頷くカグヤ。
天使にそんな特徴があったなんて知らなかった。仕える相手の加護を強く受けられるようになるとかそんな感じなのかな。特にわたしからカグヤに何か流れているような気はしないけど、カグヤもどこか満足そうな顔をしてるし事実なんだろう。
そういうことならしかたない、かな。
「ん。ヤクモは素直。やりやすい」
「……?」
褒め言葉のはずなのになんとなく含むところを感じたのでカグヤを見上げてみる。
カグヤは特にそれに対して反応を返すことなくマイペースにお菓子を差し出してきた。
「あーん」
……完全に小さい子扱いされてる。今の見た目は小学生でも中身高校生だから止めてほしい。
「いらない?」
「……食べるけど」
せっかくだから拒否はしない。軽く首を伸ばしてスティック状のお菓子をくわえ取る。
日本でも有名な最後までチョコたっぷりなのだった。似てる別物かと思ったけど懐かしいこの味は本物だ。こんなものどこで……。
「ヤクモの世界まで行ってきた」
何でもない風に言うカグヤにすぐには言葉を返せなかった。
「……世界を超えた発言なのに気軽だね」
「神域は全ての世界と繋がってる。ここからなら比較的世界間移動は簡単」
そうはいってもカグヤの主観だし。ノルン曰く一部の神様より強い天使の意見はあてにならない気がする。そんなぽんぽん世界移動できる人がたくさんいても神様困るだろうし。
「能力的にできても許可なく移動するのは禁止されてる」
「なら今回は……聞くまでもないか」
アーシュだよねきっと。許可出したの。
「ん。アーシュとはいろいろな話をした」
【叡智の書庫】復旧中の話かな。アーシュとは名前で呼ぶくらいには仲良くなったみたいだ。ノルンのことは「叡智の神」って呼んでたし。
二人が仲良くなれてよかった。
そこまで考えたところで、カグヤが急に強く抱きしめてきた。
「ヤクモの話も聞いた」
「わたしのこと?」
「異世界から来たこととか……魂が壊れかかった話も」
「…………」
「ヤクモが消えなくて良かった」
少しの不安と心からの安堵が込められた言葉に、カグヤがわたしを大切に思ってくれてることを感じ取れた。わたしもカグヤのこと好きだよ。
そう思ったのが伝わったのか、強く抱きしめていた腕の力が緩む。
カグヤが笑った気配がした。
「これからはわたしがヤクモを支えるから」
「うん。よろしく」
カグヤとはまだ付き合い短いけどなんとなく万能型なんだろうなって気がしてる。慣れない異世界だし頼る場面は多そう。
アーシュも頼りになるけどフェールリアまでは来れないから。
「それで」
「うん」
カグヤがお菓子を差し出してくる。拒否されることが分かってたのか食べさせようとはしてこなかった。
口調から真面目な話の雰囲気が消えたのが分かったので素直に受け取って食べ始める。
食べ慣れた味ではあったけどこれから気軽に食べられなくなるかと思うと大切に食べようという気になった。おいしい。
お菓子の味に気を取られながらおざなりな返答をする。
「ヤクモ、元男の子だよね?」
そう言うやいなや緩めていた腕の力をまた強めてきた。
お菓子食べてる途中なのでちょっときつい。
「他にこの状況で思うことは?」
「うん?」
この状況……。
まず、お菓子を食べている。慣れ親しんだ日本の。とてもおいしい。
「そうじゃなくて」
アーシュからの「要求」で幼女化してるから背が足りずカグヤの膝の上にいる。
強く抱きしめられている。
「ん」
さっきアーシュからしてもらったのと同じ格好で、わたしの容姿を(狐の特徴以外)完全にコピーしてるカグヤはアーシュより小さいから比べると安定感がない。
「そんなことを考えてたの」
「その分強くホールドしてくれてるから落ちる心配はしてないよ」
「…………」
あれ、なんかカグヤが微妙な雰囲気を醸し出してる。何も言わないから何を思っているのかよく分からない。
わたしはみんなと違って読心できないんだから言葉で言ってもらわないと伝わらないよ?
「ヤクモの背中には今わたしの胸が当たっているけど」
胸?
さっきも思ったけどカグヤの容姿わたしと同じなんだから、胸の大きさも同じだし別段思うところはないけど。あ、今は幼女化しててないか。もしやそれを笑っているのか。
「違う。元男の子としてその反応はどうなの?」
「……………………ああ」
そうだよね、普通の男子高校生だったらこんな女の子と密着状態だったら落ち着かないというか何かしら反応するよね。わたしも少し前まではそのカテゴリに入ってたしそれは分かる。
うん。清々しいほどにそういう発想浮かばなかったなあ。
今は女の子なんだし問題ないよね?
きっと遅かれ早かれ受け入れることにはなってたんだろうし、それなら早いほうがいいに決まってる。
アーシュに「人の内面は外見に影響を受けるんです。それがずれてるのは良くないことなんです」って言われたこともあるし。
「期待が外れた。ある意味当然の帰結だけど」
「……ひゃぃあっ!」
突然耳を撫でられた刺激で変な声が出た。
同時にカグヤが何か言ってたけど聞き取れない。
口は今声が出ないように押さえてる状態だから、カグヤが読心してくれることを願って心の中で聞く。
今なんて言ったの?
「わたしもヤクモの耳を撫でられるくらい仲良くなりたいなって」
撫でる手が止まる。
「ダメ?」
……む。
その言い方はずるいと思う。ここで断ったらカグヤと仲良くしたくないって言ってるみたいになる。
しばらくは口を押さえることになりそうだけど、カグヤのことは好きだししかたない。
「や、優しく扱ってね?」
「ん。ありがと」
言うが早いかカグヤは耳に触ってきた。
アーシュと似てるけどやっぱり違う感じ。あとやっぱりくすぐったい、耳が勝手に動く。
口は押さえてるから声は出てないけど。
「ん。越えるべき壁は高い。でも負けない」
何か言ってるみたいだけど今は返事できないよ。
声出さないようにするので精一杯。自分で制御できない体の動きって恥ずかしい気がしてる。
んっ、そこくすぐったい!
「…………っ! …………ぅ!」
「……何かに目覚めそうな気がする」
一瞬背筋が寒くなったけど撫でられてる間特に何もなかった。
● ● ●
「ヤクモちゃん! お姉ちゃんちゃんと働きました! だから嫌いにならないでくださいぃ!!」
戻ってきたアーシュの第一声はそれだった。
そして言葉の勢いのまま抱きついてくるアーシュを幼女化した状態では支えきれず転倒。至近距離で見たアーシュの顔はひどいものだった。もう号泣だった。
言い過ぎたと思えるほどひどいことは言ってないはずだけどかわいそうに思えたからとりあえず謝って慰めてあげた。顔を拭いてあげながら。
「アーシュのことは好きだから心配しないで」
「本当ですか?」
「アーシュのこと嫌いになんてならないよ」
客観的に見て小学生以下くらいの幼女が号泣してる高校生くらいの少女を慰めてもらってる奇妙な図はしばらく続いた。
「さて、じゃあこれで妹ちゃんがここにいる必要はもうないのかな?」
場が落ち着いたあと、ノルンがとりなすようにそう聞いてきた。
わたしを抱きしめたままのアーシュがぴくりと動いたけど特に何も言わなかったから素直に頷く。
ちなみに、抱きつくアーシュをカグヤが批難する形で第二次戦争が起こりかけたけどノルンの神力鎖によって始まる前に捕縛されてる。二人とも微妙に納得してない顔して視線がノルンに突き刺さっていたわけだけど、ノルンが無言で追加の鎖を取り出すと視線を逸らしてた。
どうやらノルンも対処法を覚えたらしい。
「ほらアーシュ、妹ちゃんのスキル封印解除して」
「……はい」
押し込まれていた力が表に現れる感覚。
……うん、ちゃんと全部解除されたみたいだ。
少しだけ名残惜しそうな顔をしたアーシュはぎゅっと一瞬だけ強くわたしを抱きしめ、そして素直に離してくれた。
「また来てくださいね。待ってますから」
包み込むような笑顔でそう言って、アーシュは鎖を外して立ち上がった。
外れた鎖はじゃらじゃらと音を立てて床にぶつかりそのまま消えていった。
……あれ?
「その鎖って簡単に外れるものだっけ……?」
「やろうと思えば何だってできますよ」
嘯くアーシュ。
唖然としているノルンや対抗心を刺激されたのか外そうとして失敗してるカグヤを見る限り言うほど簡単な事じゃないと思うんだけど……。
アーシュって実力者なんだっけ? なんか世話焼きのお姉ちゃん的なイメージが染みついててうまく想像できない。
アーシュの凄さを初めて実感した気がして内心動揺しているのを知ってか知らずか、柔らかな笑みを向けてくる。
「妹に叱られてるようなお姉ちゃんは私の目指すものではないので。少し頼れるところを見せつけてみました」
自慢げに胸を張るアーシュ。ただその雰囲気には今までと違い余裕のようなものが感じられる。
最後に呟くように「応援してます」と残してアーシュは去っていった。
「……アーシュが妹ちゃん離れしてる……? もう手遅れだと思ってたよ」
微妙に失礼なことを零すノルン。戦慄の表情でおののいてるのを見ればかなりの衝撃を受けているのは分かるけど……アーシュそこまでひどくはなかったよね?
「内心穏やかではなさそう。長続きはしないと思う」
「それでも一度立ち直ったことが重要なんだよ! アーシュが使い物にならなくなったせいでどれだけの仕事が遅れたか!」
ノルンが吠える。
さっきまで打ち震えてたのに爆発したように騒ぎ出したあたりストレスが溜まってたのかも。
ただ急変の度合いがひどいというかあまりの勢いにカグヤが萎縮してる。いまだ縛られてるせいもあるだろうけど、わたしもちょっとこわい。
「どうどう。落ち着いてノルン」
「ふぅー! ふぅーっ! ……ごめん取り乱した」
ノルンは正気に戻った。
うん、理性が残ってるみたいで良かったよ。
「こほん。……妹ちゃんはもう帰るのかな?」
乱れた場を整えるように咳払いを一つ。
少し顔が朱い気がするけどそこは指摘しないで頷いておく。
「もともとここまで長居する予定じゃなかったし」
ちょろっと行ってすぐ帰ると思ってたのにどうしてこうなった。
「誰のせいだろうね」
「半分は君のせいだと思うよ」
さらっと言ってのけるカグヤにノルンがつっこむ。
わたしが帰ると言ったからか鎖から解放されたカグヤはそのまま立ち上がってそっぽを向いた。
「はあ……。妹ちゃん、こいつは問題児な天使だけどうまく手綱を握ってくれることを祈るよ」
カグヤが仲間になった時から思ってるけど、たぶん無理。
「とりあえず世界の形が残ってればいいから」
「……さすがにそこまで大規模なことは起こせないと思うよ」
本心から言ったんだけどノルンは曖昧な顔で微笑んできた。
釈然としない。
言い返そうにもまともに取り合ってくれそうにないから、せめて行動で示すことにしよう。
スキルを発動させて開いた扉を勢いよくくぐる。
わたしの意識が流れていく、そんな感覚を覚えると同時、
「あ。まだ小さいままだ……」
まだ幼女化を解いてもらってないことを思い出した。
想定外に長くなったので一旦ここで章区切ります。
見切り発車の感が強い本作ですが、これからもよろしくお願いします!




