24 要求
遅くなりました!
リアルが立て込んでて時間とれませんでした。
わたしは今追いつめられていた。
味方はいない。頼れるのは自分の力だけ。
だというのに手に入れたスキルは軒並み封印されてしまっている。
嫌な汗がじとりと広がっていく。
「大丈夫ですよヤクモちゃん。痛くしませんから」
「ん。大人しくする」
信頼していた二人はいまやただの狩人だ。
いつもと変わらない笑顔が今はこわい。全体的に薄暗いところのある【叡智の書庫】だからこそ強調される陰影がその雰囲気を変貌させる。
ただ単に、受取手の心次第と言うことかもしれないけど。
「な、何をするつもりなの?」
震える声でわたしは問いかける。
その場の流れで逃げ出したものの実際逃げる必要があったかどうかは知らないのだ。もしかしたら何でもないことで、話を聞けばわたしも二人の側に笑って混ざれるのかもしれない。
「「内緒」です」
ああ、どうやら二人は遊んでいるつもりらしい、冗談めかした口調でそんな返答があった。
このおいかけっこも二人の中ではじゃれあいの範疇なのかもしれない。
でもね。
規格外のスキルを持つとはいえわたしはまだ人間。
神様と天使から本気の執着を見せられて迫られるっていうのはなかなかに恐怖体験なんだよ。
「…………」
アーシュとカグヤが揃って一歩踏み出す。
たった二人の包囲網といえど死角はない、爆発音が響くけんかをしていたとは思えないほど息があった動きをしてくることを経験的に知っている。
あのときは転移を使って逃げたけどアーシュによってスキルを封じられた今わたしにとれる選択肢はない。
演出のつもりなのか殊更ゆっくりと歩いてくる二人をビクビクしながら見つめるしかなかった。
「捕まえた」
そしてついにその手がわたしに届いて――
● ● ●
目が覚めた。
見覚えのある薄暗い天井は【叡智の書庫】だろう。
「おはようございます」
近くから聞き慣れたアーシュの声がする。なぜかその声を聞いて一瞬背筋がぞくっとなった。
背中の感触からいってわたしはアーシュに抱きかかえられているらしい。
「……あれ?」
なんかおかしい。ふと違和感をもって視線を下ろす。
女の子になったことでそれなりに膨らんでいた胸が平らになっていた。
頭の上にはあいかわらず狐耳があるし尻尾の感覚もあるから元の体に戻ったわけではない。
ちなみに服装もいまだ着替えてなかったサイズの合わない男子学生服から、小さい女の子が好きそうなフリル付きのワンピースになってた。
わたしが寝てる間に何かあったに違いない。
……そもそも、わたしはいつ寝てしまったんだろう?
「あぁ……妹ちゃん起きちゃったのか」
少し遠くから聞こえるノルンの声。
声の出所を探して首を巡らせると、ここからは少し遠いところにあるカウンターで何やら作業している。
近くにカグヤがいないのが気になったけど、今はいいかと置いておいた。
「仕事中?」
「まあね。今一段落したところ」
そう言ってノルンはカウンターから出てきてこちらに歩いてきた。
「ノルンもかわいいと思いませんか」
「思うけど、さっきから何回聞くのそれ。というか妹ちゃんへの説明すらまだでしょ」
やや勢い込んで喋るアーシュとあしらうノルン。ノルンは呆れたような疲れたような顔をしている。
あれ、そういえば最近ノルンのその顔を見ることが多くなった気がする。
「最近できた妹が騒動を巻き起こすから大変なんだよ」
…………なんかごめんなさい。
「ヤクモちゃんは悪くないですよ!」
「分かってるじゃん。大半はアーシュのせいだからね?」
「う……」
珍しい、アーシュが一撃で沈んだ。迷惑をかけているという自覚はあるらしい。
「とりあえずヤクモちゃんに現状の説明をしましょうか」
「もう少し周りも省みてね、それなりの立場にいるんだから」
分かりやすく話題を変えようとするもノルンには通用しなかった。アーシュのセリフの一切を無視した一言にアーシュがばつの悪い顔をする。
とはいえノルンもそこまで追求する気はないらしくそれ以上何か言うことはなかった。
切り替えるように咳払いをひとつ。
「私の言うことをなんでも一つ聞く、という約束覚えてます?」
えっと、特殊スキルの練習中のだよね。うん、覚えてるよ。
「その約束を果たしてもらう時が来たのです」
「正確にはもう果たしてもらってる最中だ、ていうのが正しいけどね」
アーシュが手を振ると空中に鏡が浮かび上がる。二メートルはありそうな大きいやつだ。
それには椅子に座ったアーシュと、アーシュの腕の中に抱きかかえられたわたしが映っている。
ただわたしの姿が記憶の中とだいぶ違った。
小さい。というか幼い。
抱えられてるから詳しくは分からないけどもしかしたら百センチないかもしれない。女の子になって身長は縮んでいたけどそれでも(かろうじて)高校生と言える程度はあった。だけど今は下手したら小学生にも見えないかもしれない。
狐耳と尻尾はそこまで大きさが変わっておらず、小さな体に不釣り合いな狐の特徴がぬいぐるみを思わせる。
つまり、完全に幼女化していた。
「――――――」
「ヤクモちゃんには『この状態でかわいがられること』を要求します!」
「本来ありえないものだけど、それでも幼い状態の妹ちゃんが見たかったんだって」
なにもいえない。
女の子になった時とはまた違うベクトルの衝撃がわたしを襲う。
「……わたしの体って弄れないんじゃなかったっけ?」
「弄ってませんよ。そもそもこれは幻覚みたいなものですし」
わたしの幼女化は本質としては「見て触って感じられる幻覚」だと思えばいいらしい。
まあその辺り詳しく言われても分からないだろうからこれ以上聞かないけど。
「普段のヤクモちゃんも素敵ですが幼いヤクモちゃんもかわいいです」
アーシュが頭を撫でてくる。なんとなく納得いかない気持ちはあるけれどアーシュの撫では優しい感じがしてわりと好きなので黙って受け入れておく。ときおり耳に触ってきてくすぐったい。
「……あれ、なんで耳を触っても嫌がらないの」
「信頼の差です」
狐耳は敏感なので丁寧に触ってくれないとびりってくる。丁寧に扱ってくれるなら触らせてあげる。
「丁寧に扱うからわたしも触りたい! ……と言いたいところだけどそろそろ仕事に戻るよ」
「んー……がんばってね」
「だいぶとけた顔してるよ妹ちゃん。納得できない気持ちはどこ行ったの」
過去は捨てた。
「……妹ちゃんって単純というかなんというか」
ノルンは呆けたような顔をしている。しばらく呆然と立っていたけど気を取り直したのかカウンターに向かって歩いていった。
カウンターの向こうからペンの音がする。
「……そういえばアーシュの仕事は?」
「ヤクモちゃんとの触れ合いが最優先事項なんです」
即答するアーシュ。
でもそのセリフを聞いて思い出した。
ここに来た目的の一つにアーシュを叱ることがあったはず。
幼女化からの現実逃避やらわたしを撫でる手の優しさやらで回ることを放棄していた頭はよく考えることもなくノルンに言われたとおりのセリフを口にした。
「アーシュ」
「なんでしょうヤクモちゃん」
「働かないお姉ちゃんなんて嫌い」
アーシュが固まった。
撫でる手が止まったことに疑問を持ってアーシュを見上げる前に、アーシュはわたしを膝の上から下ろした。そのまま悄然とした雰囲気を放ちながらふらふらと歩いていくと。
「…………ちょっと仕事してきます」
ぽつりと呟いてどこかへと消えてしまった。
取り残されたわたしは何がなんだか分からない。
「このタイミングでそれを言う妹ちゃんにも驚いたけど……アーシュの雰囲気も尋常じゃなかったね。ちょっと劇薬すぎたかなあ」
カウンターの向こうからノルンが話しかけてくる。
「な、何が……」
「妹ちゃんに嫌われないように仕事しに行っただけだろうから心配することはないよ」
なら、わたしはどうしてればいいんだろう。
「フェールリアに帰ってもいいと思うけど……妹ちゃん今スキル封印されてたっけ。なら無理か」
「ノルンが扉開けば……」
「私が勝手に帰したと知られたら何か言われそうだから、やだ」
じゃあここでアーシュが帰ってくるのを待つしかないんだろうか。小さいまま。
「アーシュいつ帰ってくる?」
「さあ?」
……しかたない。わたしのせいな部分もあるし大人しく待つことにしよう。
幸いここはフェールリアと時間の流れが違うから余裕はある。
せっかく【叡智の書庫】にいるんだし、少し勉強してみようか。
「ん。ただいま」
「カグヤ? どこ行ってたの?」
「お菓子買ってきた。あげる」
「……ありがとう」
「一緒に食べよう」
……やっぱり勉強は後でいいかな。




