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詰め込みすぎた幸運が混沌としてる。  作者: 夜彦
第二章 仲間のいる騒がしさ
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22 新約

 ノルンの言葉が頭を通り抜けていく。予想通りの答えとはいえ心が拒絶しているのか全く表情は動かない。頭の中も嵐の前の静けさのように冷静だ。

 隣のカグヤが肩を叩いているのをみるに客観的に見てわたしは普通じゃないんだろうけど。


 ノルンはわたしから視線を外して、だけどわたしに意識を向けて笑う。


「久しぶりに大仕事だったよ。元があるとはいえ完全新規の本なんて書いたのいつ以来だろうね?」


 その手の中にある本は「新約・闇に沈んだ紅色聖書」というらしい。わたしの黒歴史ノートとほぼ同じタイトルだ。でも関係があるわけがない。あれは高校入学前実家を出るときに欠片一つ残さず燃やし尽くしたのだ。いまさら蘇ってくるなんてありえない。

 アーシュが持ってた気がするけど気がするだけだ。あの記憶は厳重に封印して押し込んでおいたから。

 つまりあれはただ似ているだけの本だ、そうに違いない。


「ちなみにこれが原本」


「わあぁ出たっ!?」


 ノルンが笑みを深めながら取り出した二冊目はさすがに無視できなかった。悪い意味で記憶に焼きついたあの姿は間違いなく本物の「闇に沈んだ紅色聖書」だ。あの手作り感とか間違いない。

 いや違うあれがここにあるわけがないんだ。きっと幻覚か何かに違いない、相手は威厳が感じられなくても神、そのくらいはできるはず。わたしの反応を見て楽しんでいるんだ。


「なんか地味にひどい……それっ」


「あっ」


 わざとらしくむくれたノルンが本物のほうを投げる……カグヤに向かって。


「んむ?」


 さっきからわたしを心配してか肩をゆすったり叩いたりしていた彼女だけどさすがの反射神経で投げられた本をキャッチした。そしてそのまま読み始めようとする。


「ああだめカグヤ、開いちゃダメっ!」


 すかさずカグヤに跳びかかり本を奪取、巻き込まれたカグヤは突然のわたしの行動に驚いた顔をしてたけどそれも無視して両手でたしかに「闇に沈んだ紅色聖書」を確保する。


 って、あ、掴めてしまった、これは幻覚の類じゃないのか。

 まあ分かってたけど。……現実はいつだって非情。


「現実は飲み込めたかな」


「うぅ……嫌な現実だ……」


 耳と尻尾を垂らしながら大人しくノルンの前に戻る。カグヤはなおも心配そうにわたしを見てるけどごめん、相手する余裕ないや。


「…………詳しく話して」


「うん。始まりはアーシュの『ヤクモちゃんに渡す武器は何がいいでしょう?』って質問からだったかな」


 何でも〈異界の勇者〉と呼ばれるものは自分専用の成長する武器をアイテムボックス内に持った状態で異世界に召喚されるらしい。

 だけどわたしはアイテムボックスのスキルを持っていない。前にも説明したとおりアイテムボックスは情報に変換した物体を魂にしまうものだから、一度魂が崩壊寸前までいったわたしからは消えてしまったのだ。


 じゃあアイテムボックスの中身はどこにいったのか?


「まあ消滅したね、完膚なきまでに」


 というわけで今のわたしは〈異界の勇者〉なら必ず持っているはずの武器を持っていない状態なのだ。


 でもはっきり言って、地球が二つ入るほどの【倉庫】とか【瞬間錬成ファストクリエイト】とかあるからこれ以上何かしてもらう必要はないと思う。思うけどアーシュはそうじゃなかったみたいで。


「『ヤクモちゃんにぴったりの最強武器を作るんです!』って張り切ってたよ」


 武器神や魔導神や創造神まで巻き込んだ一大騒動になったらしい。

 ちなみに周りの反応は「ひきこもりが動き出した」って、わりと乗り気だったって。


 アーシュ……引きこもってたんだ。

 まあずっと引きこもって真面目に仕事してたってことらしいんだけど、字面が悪いよね。


 珍しくアーシュが欲望全開で動いてたから神様たちも面白がって次々と集まったんだそう。


「その途中で妹ちゃんが使いやすい、または好みの武器は何かって話になったんだけど」


 最初は真面目にわたしの情報を調べてたらしいんだけど、もともとノリで集まった状態、無難なものを作ったんじゃつまらないと話題がずれて。


「誰が言い出したか『ここにそいつの考えた武器集がある。妄想全開の品だが現実のものにさせてしまおう』ってなって」


 わたし(中二時代)の妄想に神の御業がプラスされ、妄想を実現するために必要なレシピが書かれた「新約・闇に沈んだ紅色聖書」ができたという。

 果たして妄想は現実のものとなった。


 …………どこをつっこもう。

 「闇に沈んだ紅色聖書」に書いた武器やアイテムってかなり無茶な性能(物理法則無視してたり)なんだけど実現させちゃったのかとか。

 武器作るって言いながら結局できたのレシピ集じゃないか、作るのわたしじゃんとか。


 いやそもそも。

 本の中身を見なければそれを実現させるためのレシピとか書けないわけで。


「………………晒されたの?」


 心を読める神様にはそれだけで伝わった。すごくいい笑顔だった。


「うん。ざっと三十柱くらい? みんなで読みふけっていたともさ」


 どうやら、わたしの黒歴史は、公開された、らしい。


「うわああああああああああっ!?」


 一拍おいて突然叫びだしたわたしを見てカグヤがおろおろしだす。どうにか落ち着かせようとしているみたいだけどなんて言っているのかすら分からない。耳に入らない。


 見られた。見られてしまった。

 あの思い出したくもない生涯の恥を、大勢の第三者に晒されてしまった。しかも内容と装丁がより豪華になって戻ってくるというおまけつき。


 ああ蘇る。なまじ優しいがゆえに生暖かい視線をくれたみんなのことが。

 なぜ、なぜ途中で止めてくれなかったっ……!


『あんな楽しそうに笑う夜雲を止めるのはわたしには無理かなー』


 ……久しぶりだね脳内蒼華。

 ただそのセリフは中三の時にも聞いた!


 最後にはうずくまって頭を抱えだしたわたしにカグヤが回復魔法をかけてくる。


 うん、ありがとう。だけど痛いのは心なんだよ。

 その魔法じゃ治らないかな……。




「仕事終わりましたよノルン。だから私の通信具返してください!」



 うなだれるわたしに聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 まさしく神はわたしを見捨てなかった。

 前にわたしの女神はわたしだけだとか言った気もするけど、お姉ちゃんはやっぱりわたしの女神だった。


「わあんお姉ちゃん!」


「ヤクモちゃん!? 来てたんですか」


 感情の赴くままかなりのスピードでぶつかっていったけどお姉ちゃんはふんわりと受け止めてくれた。

 そのまま抱きすくめられる。


 その暖かさになんとなく安心する。これが女神の抱擁か。


「あれ? なんかこの流れにデジャブ……」


 ノルンの焦ったような声が聞こえたけど気にしない。

 お姉ちゃんが顔を覗いてこようとしたけど軽く涙目な顔を見られたくなかったからお姉ちゃんの胸に顔を押しつけるようにして隠した。


「ノルン、ヤクモちゃんが涙目なんですが。またですか?」


「ちっ違うよ!? 今回はどちらかというとアーシュが原因だからね!?」


 でも煽ってきたのはノルン。

 普通に渡してくれたらもう少しダメージを負わなかった。……気がする。


「どんな理由があろうとヤクモちゃんを泣かせた時点で有罪です!」


「やばい、今なら権力者に圧迫される平民の気持ちが分かる……」


 言葉の応酬の度ノルンの声から力が失われていくのが分かる。

 でもだんだんなんて言ってるか分からなくなってきた。何だか眠い。

 傷ついた心を癒すために体が休息を求めている。


「……ヤクモを返せ」


「む、一介の天使が私からヤクモちゃんを奪おうというのですか」


 ……酷く苛ついたようなカグヤの声も聞こえてきた。


「私に勝てると思います?」


「ヤクモのまねをするのに力を抑えてる今なら」


 こころなしかお姉ちゃんがわたしを抱きしめる腕の力が強まったような気がする。

 まあきついとは感じないから別に構わないけど。


 ただ、さっきから【叡智の書庫】で吹くはずのない風が吹いてるのに嫌な予感がする。

 眠いとか言ってられないような気がしてきた。


「しょ、書庫内では静かに……聞いてないな。帰っちゃダメかな私。今なら気づかれないよね」


 ごめんノルン。それは止めてほしい。

 今この場から冷静な第三者が抜けたら大変なことになると思うから。


 眠気も吹き飛ぶほどの強風に、もう手遅れかなと思わなくもないけど。


「ヤクモちゃん、少し失礼しますね。今から真面目なお話しをするので」


「えぅ……?」


 お姉ちゃんの声と同時、体から力が抜ける。遠ざかっていた眠気が戻ってきてまぶたを開けていられない。


「ノルン。ヤクモちゃんをお願いします」


「……分かったよ」


 急速に意識が遠のいて、ぼんやりとした頭に爆発音が響く。



「……本当は【書庫】の管理者としては止めたほうがいいんだろうけどな。言い出せないな……」


 眠りにつく直前に聞こえた、小さく、きっと抱かれていたわたしにしか聞こえなかっただろうノルンの小さな声が耳に残った。




 

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