21 検索
気炎を吐きながら【叡智の書庫】にやってきたはいいけれど、そこには誰もいなかった。
「あ、あれ……?」
なんだか肩透かしを食らった気分。興奮してた心が行き場を失って困惑する。
ここじゃないところで仕事してるんだろうか。
待ってたら来るかな。
すぐにアーシュに会えなかったのは残念だけど、いない以上は先に他のことを終わらせよう。
具体的にはカグヤ関連のこと、神罰や煉獄の詳しい情報の入手。
とりあえず調べ終わるまでに誰も来なかったら、アーシュにびしっと言ってやるのは次の機会ということにしとこう。
カウンター裏のパソコンを操作してキーワード「神罰」で検索する。
〈該当図書数は13509冊です〉
「…………」
思ったよりも長い戦いになりそうだった。
● ● ●
もう少し絞り込んで検索してみても数はあまり減らなかった。仕方ないので関係ありそうなものを片端から開いているんだけど、なかなか目当ての情報に辿り着かない。わたしが知りたいのは煉獄の罪人の解放条件だというのに神罰に相当する悪行の知識ばかりが増えていく。
地球のネット上に氾濫している知識量も大概だったけど、さすがに【叡智の書庫】は格が違う。世界すべての情報があるっていうのは伊達じゃないね。目的のものを探すのも大変だよ。
神様たちは時間有り余ってるからのんびりと探していてもいいんだろうけど、人間のわたしとしてはもう少し目当ての情報がぱっと出るようになってると嬉しい。
また空振りだった本を横にどけて思う。
「誰か手伝ってくれないかな……」
「ん。手伝う」
「わああっ!?」
思わず漏れたひとりごとに、背後からあるはずのない返事が返ってきて驚く。
あれかな、わたしがひとりで調べ物をしてるときは後ろから驚かされる運命なのかな。
というかさっきまで誰もいなかったはず……。
音がするほどの勢いで振り向けば、澄ました無表情でこちらを見る翼の生えた少女。
「カ、カグヤ……?」
「ん」
短く首肯して不思議そうな顔をするカグヤ。見たら分かるでしょ? とでも言いたげな顔だ。
そりゃあたしかについさっきまで一緒だったもの、見れば分かるよ。でもそういうことじゃないんだよ、なんでここにいるのかってところが問題なんだよ。
「わたしは天使。神域に入る資格くらい持ってる」
む、言われてみれば神様の使いである天使が神様の領域に入れないっていうのもおかしいか。一度堕ちててもそういうの機能するんだね、ひょっとしたら一種の種族スキルかもしれない。
「むしろヤクモが神域にいることのほうが不思議」
「あーまあ……わたしはいろいろと特殊だから……」
そういえばカグヤにはわたしのこと何も話してない気がする。これから一緒に行動するにあたって何も説明なしっていうのはだめだよね。とりあえず今は情報を探すのが大事なので一段落したら話そう。
「ん。期待してる」
……何気にカグヤもナチュラルに心読んできてるね。
「心読める天使は高位の天使」
それ暗に自分はすごいんだぞーって言ってる?
軽く胸そらして得意げな雰囲気を出してるからそうかもしれない。
さっきは素直に褒めることができなかったから今度はちゃんと褒める。
まあ頭撫でただけなんだけど。満足そうな顔してたから良しとする。
背の高さが同じだから少し背伸びすることになったのはご愛嬌。
「それで、何を手伝えばいいの?」
「カグヤを解放する方法がないか探してたんだけど、数が多くて……」
情報を探すのを手伝ってほしい、と言おうとしてカグヤの不思議そうな表情に気が付いた。
「……? わたしはもう解放されてる」
え、そうなの?
「煉獄刑は、煉獄から脱出して神の加護を得られた時点で終了。わたしの情報にはもう『神罰執行』の表記はない」
言われて確かめてみれば、たしかに無くなってた。
……じゃあ今まで築いた本の山は無駄だった、てこと?
ついさっきまでの苦労を思い出して少し頭がくらっとなった。
その拍子にふと疑問に思う。
「……あれ、そういえば神の加護なんていつもらったの?」
わたしが【煉獄解放】を使ってカグヤを煉獄から喚んだときには「神罰執行」の表記はあった。その後から今までの間にカグヤが何か受け取る時間なんてなかったと思う。
強いて言うならわたしの聖炎くらい……?
「ん。ヤクモは神族じゃないけど〈幸運の女神〉で聖炎も扱えるから条件としては問題ない」
そう言われれば聖炎って神の加護と同等なんだっけ。つまりカグヤはわたしの加護を受けていると。
「天使は加護を与えた相手に従う。名実ともにヤクモがわたしのマスター。誰にも文句は言わせない」
「……上下関係とか気にしないでいいからね?」
堂々と話す彼女からは信愛を感じられて、うれしかった。
背中の翼をゆるりと動かすカグヤに軽い調子で話しかける。彼女の返事は「……ん」と一言だけだったけど背けられた顔が少し朱くなっていたのをわたしははっきり見た。
積みあがった本の山はまるで無駄だったけれどカグヤと行動するのに問題はなさそうでよかった。
「じゃあ、手伝う」
「え? 何を?」
「積み上げた本。片付けないと」
「……それもあったか」
勝手に終わった気分になってたけど、まだまだ気を抜くには早かったみたいだ。
● ● ●
本の山を片付けるのは大変だったけど問題がなくなった解放感からか気分は軽かった。ひとりじゃないっていうのも良かった。カグヤは翼あるから手の届かない高さでも簡単にしまうことができる。あんまり気にしてなかったけどこの時は男の時と比べて背が低くなったことを恨んだ。
ちなみに取り出した時は頑張って飛び跳ねてとった。三十二回目にしてようやく手が届いた時の感動と振り返った時の空しさをわたしはきっと忘れないだろう。
「おつかれ」
「カグヤも手伝ってくれてありがとう。ひとりだともっと時間かかってたよ」
「ん。わたし役に立つ」
カグヤは満足げな顔だ。わたしより片付けた本の数は多かったのに疲労は見られない。天使という種族は伊達ではないということか。
「もう帰る?」
「いや、まだ用事があって……」
告げようとしたところで、鈍く扉が開く音がした。どうやら帰ってきたらしい。ナイスタイミングだ。
ふたりで音のしたほうに向かう。
光になって消えていく扉の前にいたのは、どこか新人っぽさのある司書の女性……ノルンだ。
わたし達が近づいてきたことに気づいたんだろう、その顔が明るくなる。
「妹ちゃん! 来てたの……って増えてる!?」
……けどその顔はすぐに驚愕に変わってしまった。思わずカグヤと顔を見合わせる。
カグヤの容姿はわたしをコピーしたものだからたしかに似ている。だけどカグヤには狐耳も尻尾もないし背中には翼があるから見分けはつくと思うんだけど。
まあ初対面だし紹介は必要か。
「増えてないよ、こっちはカグヤ。さっき仲間になったの」
「ん。カグヤ。よろしく叡智の神」
短くカグヤを紹介する。カグヤの挨拶もいつも通り短かった。「叡智の神」の呼び名を一瞬疑問に思ったけどすぐにノルンのことかと理解する。たしかに【叡智の書庫】の管理をしてるんだからそんな呼び名にもなるんだろう。新人司書みたいな見た目には合わないと思うけど。
心の中で軽く失礼なことを考えていると、固まっていたノルンがぎくしゃくした動きでわたしに詰め寄ってきた。動きに反して速かったので少し怖かった。
「し、熾天使って……どこから引っ張ってきたの!?」
ノルンはだいぶ混乱してるみたいだった。わたしより背の高いノルンにこれ以上詰め寄られると身動き取れなくなるから両手で押し返しながら尻尾でノルンを叩く。
「わぷっ」
「ちゃんと説明するから、ちょっと落ち着いて」
「……ごめん、取り乱した」
どうやらノルンは正気に戻ったらしい。少し縮こまりながら、でも顔は説明を求めている。
一呼吸おいて、カグヤのことを詳しく説明していった。
● ● ●
「……妹ちゃんが規格外だって初めて実感したよ」
話を全部聞き終えたノルンは疲れたような表情をしている。
うーん、自覚してるつもりではあったけど、やっぱりなかなか凄いことをしていたらしい。
「そんな程度じゃ……いいや、妹ちゃんに言っても伝わらないよね。無知って恐ろしい……」
なんか軽く馬鹿にされた気がする。
「ま、それはおいといて。カグヤだっけ、そこの天使の情報を更新して正式に妹ちゃんに従属させる必要があるから……剥奪前の名前、教えてくれないかな」
おお、やっぱりカグヤに聞いたとおりカグヤを連れて行くのには問題ないみたいだね、何も言われなかったし。
それにしても、カグヤの前の名前か……。少し気になるかも。
期待を込めてカグヤを見つめてたら目が合った。
あれ、少し不機嫌そうな顔してる。
「わたしはカグヤ。それ以外の何者でもない」
そういってカグヤはノルンのほうに行ってしまった。わたしに教えてくれる気はないらしい。
でもそう言ってくれるってことは「カグヤ」って名前結構気に入ってるのかな。それなら嬉しい。
ノルンに近づいたカグヤはその耳元に唇を寄せて小さく囁いた。狐耳を緊張させてみたけど聞こえない。その名前を聞いたノルンが一瞬眉を動かしたのが見えた。
カグヤはノルンの反応なんて気にしないで足早にわたしのほうまで戻ってくると抱きついてきた。
「わわっ」
「……ふん」
拗ねたような反応をするカグヤが新鮮だ。とりあえず頭を撫でておく。
気持ちよさそうに翼が動いていた。
「彼女がそこまで懐くなんて……これがアーシュをも狂わせた妹ちゃんパワーか……」
狂わせたって……わたし何もしてないのに酷い言い方だ。
わたしの抗議の視線をものともせず、ノルンは顔をそらして手元に出現させた本に何やら書き込んでいる。
「…………うん、これで『カグヤ』は妹ちゃん配下の天使として登録されたよ」
本を置いたノルンは一仕事終えた感のある爽やかな笑顔で告げた。
とてもきれいな笑顔ではあったんだけど、なにやら黒い感情がにじみ出ている。
唾を飲み込むわたしの予想に違わず、次の瞬間にはノルンの顔がにやにやとしたものに変わる。
初めて会った、からかわれた時と同じ顔だ。
「たまには妹ちゃんも頭抱えてみるといいよ」
「え?」
「いやー……私は止めたんだけどね。大勢のノリと勢いには勝てなかったんだよ。その分かなりいいものができたから」
「な、何の話?」
状況的に当然かもしれないけど、思いっきり嫌な予感がする。
「アーシュと、その他多くの神族からの贈り物の話」
その言葉と同時、ノルンの前に一冊の本が現れる。
全体的に紅い、赤ではなく紅い表紙。昏い闇の中に漬け込んだように染みついたような黒い装飾がされていて、ぼんやりと「魔」っぽい雰囲気を放っている。
タイトルは書かれていない。
いないけれども、完成度は段違いとしてどこか既視感の残るその本は見ているだけでわたしの古傷を抉っていく気がする。
――わたしはその本のタイトルに心当たりがある。
「えっと……それは何かな?」
「またまた。気付いてるんでしょ? これが――」
わざとらしいくらいの間。じとっとした汗がわたしの背中を流れていく。
「――新約・闇に沈んだ紅色聖書だってことにさ」
再び現れたわたしの黒歴史は――わたしの手には負えないくらい強化されていた。
ごめんなさい、これから更に不定期になるかもです。
なるべく頑張ります。




