20 宿泊
いつのまにか連載開始して一ヶ月経ってた……。
時の流れって早いですね。
これからも楽しんでいただける作品目指して頑張ります!
ゴブリンの村は原形をとどめていた。血の一滴どころか不自然な地面のへこみなんかもなく、もともと造りのよくなかった建物と合わせてただの廃村のように見える。空覚を切ってたから細かいことは分からなかったけどてっきり村ごと吹き飛ばしたんだと思ってた。
「ヤクモが寝るところ探してたから」
「建物を傷つけないようにした?」
「ん。久しぶりだったから少し崩しちゃったけど」
カグヤはかなり得意気だ。褒めてってオーラが全身から溢れ出してる。
うん、仲間と仲良くなりたいならこういうアピールを見逃したらダメだよね。
「わーさすがだね、ありがとう」
「……あんまり嬉しくない?」
カグヤ鋭い。
「そ、それは、その……」
この場合はわたしが分かりやすいのがいけないんだろうな、最初のほうとか棒読みだったし。こんなだから良くも悪くも単純だと言われるんだよ……。
だ、だってさっきまで魔物相手とはいえ虐殺の舞台だったうえ、不潔なゴブリンが住んでた村にはたとえ一泊とはいえしたくないかなって。頭上に次元結界を張れば雨の心配もいらないし。
頭の中では言い訳を並べてみるけど不満そうなカグヤの目を見ると面と向かって言えない。思わず目が泳ぐ。
「……ついてきて」
引きずられるように連れてこられたのは村の中央。他と比べると大きく頑丈に作られた家が建っていた。たぶんだけどゴブリン達のボスが住んでいたんじゃないだろうか。
「入る」
どうやらカグヤは強硬手段に出たようだ。いやいくら他と違って立派な家だからってやっぱり泊まりたくはないよ! カグヤの努力は認めるけど別の場所でもいいんじゃないかな!?
足に力を入れるも数瞬遅く、背後に回ったカグヤに押されるようにして開きっぱなしだった扉へと体は近づいていく。
「わっ、わわっ!?」
最後にとんっと軽く押し出されて家の中に放り込まれる。
悪臭を予想してとっさに息を止めたけど、目に映った家の中の様子は不潔とはほど遠いものだった。
床に敷かれた毛皮には汚れ一つなくふかふかと気持ちよさそうで木材を組み合わせて作られた壁や天井も磨かれたように綺麗だ。止めていた息を戻しても当然のように悪臭はしなかった。
そして、よく見れば家の中のもの全てが淡く金色に輝いている。
「聖炎で浄化した。ヤクモを汚いとこに寝かせるようなことはしない」
淡々とした声に振り返ればカグヤがまだ不満そうな顔でわたしを見ていた。
まさかこんなになっているとは思わなかった……。
村まで飛んでゴブリン達を殲滅して戻ってきて一分だと思ってたのに実際は、村まで飛んで家を壊さないように殲滅して家を浄化して戻ってくるまでで一分だったんだね。なんという早業。もうカグヤの準備は万全だったんだ。
そこまで配慮してくれたのに何も聞かずに不快感を表に出すなんて失礼だった。
素直に反省してカグヤには感謝しなきゃ。
「カグヤ、ありがとう」
さっきは気持ちが籠もってなかったけどこれは本気の感謝だ。少しばかり申し訳なさも混じってるけど。
「ん」
カグヤは短く返事しただけだったけどもう不満そうな顔ではなく嬉しそうにしていた。
今度からはもう少しカグヤの話を聞いてから判断しよう。
そう思った。
● ● ●
寝転がってみた毛皮は見た目通りふかふかしていた。まあ聖炎で浄化されたおかげなんだろうけど。試しに鑑定してみたら【シルバーフォックスカーペット(聖炎付与)】だった。
お、おぅ……狐さんの毛皮でしたか。無意識に尻尾が垂れ下がるのが分かった。なんだろう、やっぱりわたしも狐に属するものだからかもの悲しさを感じる。というかこうして寝転がってるのに罪悪感を覚える。
まあどかないけど。触り心地は最高だしなんとなく眠気を誘うのだ。
それに鑑定結果を見る限り毛皮そのままじゃなくて加工品みたいだから純100%狐ってわけでもないし。
……あれ、そうなるとこのカーペット、ゴブリンが作ったものなんだろうか。腰布しか巻いてない種族だから裁縫とかしないと思ってたんだけど意外とゴブリンって器用?
眠気でぼんやりとしながら益体もないことを考えているとおもむろにカグヤが外に向かって動き出した。
「どうしたの?」
「ん、体動かしてくる。今まで動けなかったから」
それだけ言ってカグヤは家の外にさっさと出て行ってしまった。ゴブリン五百じゃ準備運動にもならないぜ! って感じだろうか、動き足りないのかもしれない。煉獄にどのくらいいたかは知らないけど(たぶんカグヤ本人も分かってないと思うし)やっぱり自分の意思で動けないって苦痛なんだろうな。
後でもいいんじゃと思ったけど、カグヤの処遇はやっぱり早めに決めたほうがいいかも。
一応拠点的な場所にいるし、次元結界も張ってあるから外敵の心配はない。
ひとまずはアーシュに相談して、なんとかカグヤの解放を認めてもらう方向でいきたいと思う。
「そうと決まればっと」
制服のポケットからプレートを取りだして起動する。
本当にスマホみたいな初期画面には「情報開示」「設定」とあと一つ「通話」が表示されている。
もちろん使うのは「通話」だ。連絡できる相手の一覧には一人だけ登録されている。
当然それがアーシュなんだろうけど表示名は「お姉ちゃん」だった。
なんでそれで登録しちゃったのアーシュ……。
一瞬変えようかなと思ったけど神様パワーで遠隔操作されて戻されそうな気がしたので止めた。
気を取り直して、「お姉ちゃん」に通話をかける。
まさしく電話のようなコール音が耳元で鳴り始めた。
一回……二回……三回…………。
あれ、おかしいな。なかなか出ない。アーシュのことだからすぐ出てくれるかと思ったんだけど。忙しいんだろうか、なら悪いことをしたかな。
コール音が十回を超えたので一旦切ろうとしたら、その直前に相手に繋がった。
『アーシュは今仕事中だ。手を離させるわけにはいかん』
聞こえてきたのは聞き慣れたアーシュの声ではなくどことなく不機嫌そうな渋い男性の声だった。
…………誰?
当然聞き覚えのない声だしプレートの表示を確認しても「お姉ちゃん」になっているし……いやこれじゃアーシュかどうか分からないけども。プレートにはもともと通話機能なんて無いから間違ってかけたなんてこともなく登録されてるアーシュ以外には繋がらないはずで、そもそもこんな渋い声の持ち主が「お姉ちゃん」なわけがないっ!
『聞こえていないのか? 後でかけ直せと言っているんだ』
予想外の事態に混乱して思考が空回りする。返事もできずにただ相手の声を聞いてたら、その声がだんだんと苛立ちを帯びてきた。声だけでも感じる威圧感にちょっとびびる。そしてそれに怯んでいる間にも声は続いていた。
『……返事を―― 『もしもし妹ちゃんっ!?』 』
どうすればいいか分からなくなって狼狽えるわたしの耳に聞き覚えのある声が届いた。
「……ノルン?」
『その通り。さっきぶりだね妹ちゃん』
さっきまでの相手と違って親しげな雰囲気に安心した。知らず強張っていた尻尾の力も抜ける。
『いやー、ごめんね。アガナーのやつ今苛ついててさ。タイミングが悪かったよ』
アガナー、というのがさっきの男性の名前だろうか。苛ついていたところに長々とコール音がしたら不快になるのも分かるけどもう少し友好的な態度が欲しかった……じゃなくて。
「アーシュは?」
『あっそうそう聞いてよ! アーシュが仕事してくれないの!』
なんとなく嫌な予感がして詳しく聞いてみると、どうやらアーシュ、わたしがいなくなってから電池が切れたみたいに動かなくなってしまったらしい。もともとわたしの相手をしていて仕事が滞り気味だったところにこの無気力さ、あまりの体たらくについに仲間の神様達(アガナーさん含む)が大集合して監視付きで働かされているらしい。アーシュが目を通さないと進まない案件がそれなりにあるそう。
『こんなに神族が集まったのなんて五億年ちょっと前の戦争時以来だよ』
「……お手数おかけしてます……」
身内の恥をさらされた気分だ。というかそんな大事になるほど仕事しなかったんだアーシュ。
わたしがいなくなっただけで無気力って……まあ大事に思われてるのは嬉しいけど……。
『だからさ、一度アーシュに「働かないお姉ちゃんなんて嫌い!」って言ってやってよ。きっと猛省して動き出すだろうから』
「……うん、分かった」
どっちみちカグヤ関連のこと聞かなきゃいけないからその時に言おう。いつまでもアーシュに醜態をさらさせているわけにはいかない。
『じゃ、また近いうちに』
通話が切れた。
結果として聞きたかったことは何一つ聞けなかったけど、非常に大事な話ができた。
まさか一日で戻ることになるとは思わなかったけどこうなったら行くしかない。
向こうに行っている間はわたしの体は意識がない状態になるのが問題だけど、時間の流れが違うし夜だからカグヤもただ寝てるように思ってくれるはず。心配はかけない……と思う。
今は一刻も早く行動するべき時だから細かい不安は脇に寄せとこう。
プレートをしまい横になって、スキルを発動させる。
「【開架:叡智の書庫】」
背後で重い扉の開く感覚がしてわたしを【叡智の書庫】へと引き込んでいく。
たまにはアーシュにがつんと言ってやらないと!
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