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詰め込みすぎた幸運が混沌としてる。  作者: 夜彦
第二章 仲間のいる騒がしさ
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19 輝夜

 差し出した手を彼女は握り返してくれた。

 彼女の手はわたしと同じくらい暖かかった。これだけでなんとなく後悔はしないだろう気分になれた。


 まあわたしの意見は別として、やっぱり煉獄に送られるほどの罪人を解放しちゃったのは問題にはなりそうな気がするので後でアーシュに相談しよう。……怒られるような事態にならないといいなあ。


「それで、マスター」


「ヤクモでいいよ」


 上下のない関係がわたしは好きです。誰かに指示を出すのとか苦手ってこともあるけど。


「ん。ヤクモ、これからどうする?」


「これから? ……とりあえず寝るところを探しにいかないとかな」


 彼女といろいろ騒いでるうちに完全に太陽は沈み暗くなってしまった。夜通し移動する気はないからこの辺りで寝やすそうなところを探して適当に眠ってしまっていいだろう。

 寝てる間は無防備になるけどそこは征服した空間を弄って次元結界的なものを張ることでカバーする予定。

 ちなみにこの次元結界、本当に何も通さない。アーシュお墨付きの丈夫さを誇るから常に自分に纏わせるように展開できてたら無敵かも! って思って実行してみたら結界の中に光とか空気とかすら入ってこなくなって危うく死にかけた。とりあえず範囲を広くして中に十分空気がある状態にすれば一晩くらいは結界の中にいても大丈夫だと思う。練習したら通すものを選別できるようにならないかな。


「そうじゃなくて。魔物が十数匹、近づいてきてるけど」


「あ」


 彼女の一言でゴブリンの存在を思い出す。元はといえばゴブリンの数を減らすために戦力を欲していたんだった。派手な聖炎のせいで抜け落ちてた。

 慌てて空覚でゴブリンの村を確認してみれば、向こうからもさすがに聖炎は見えていたようでこちらに十数匹向かってくるところだった。


 ボロボロな武器を持ってはいるけどはっきり言って脅威は感じない。

 けどここの対応を間違ったら一気に混戦になるかもしれない。


「殲滅でも構わない?」


「まあそれでも問題はないんだけどさ」


 ゴブリンは完全に人類と敵対してる魔物だから見つけ次第駆除が基本だ。アーシュもゴブリンとオークとローパーは迷わず滅しなさいって言ってた。だから殲滅できるならそのほうがいい。

 ただ偵察に来ただろう十数匹を倒してしまうと残りの五百以上も本気になってかかってくるかもしれない。

 いくらスペックが高くてもこちらは二人。彼女のほうは五百以上のゴブリンに囲まれても問題ないかもしれないけどわたしはそんな状態になったら死ぬ可能性が高い。

 というか転移できるんだし安全策とって逃げたい。不意打ち気味な状況からスタートしたい。


 そんなことを考えてるうちに先頭にいた数匹の槍持ちゴブリンが私達を捉えた。

 ギャッギャッと耳障りな鳴き声を上げ仲間を急かしだし、一匹が槍投げの姿勢に入る。


「……先手取られてるし、今日は逃げたいなあなんて」


「ん。問題ない」


 弱気なわたしを省みず、彼女はわたしの前に立ち投げられた槍を()()()()弾く。弾く瞬間背中の翼が勢いよく燃え上がるのが見えた。陽炎が立ち上りぼやける視界に反して、熱を全く感じない。

 いやよく見たら違う。陽炎じゃない。

 知識はあるけどまだこの世界には慣れてないから初めはそうだと分からなかった。


 魔力だ。


 視界が歪んで見えるのは彼女から溢れ出す濃密な魔力のせいだ。そして恐ろしいことに、明らかに異常な量の魔力が渦巻いているというのにすぐ近くに立つわたしも当然ゴブリンも、それが危険だと認識できていなかった。誰にも気づかれないように、高度に隠蔽されていた。


「殲滅でいいなら、すぐ終わる」


 小さな一言の後に、衝撃が走った。

 魔法ですらなかった。ただ圧縮した魔力を解放しただけ。

 それだけで今視認できる範囲にいたゴブリン全てが一瞬で視界から消えた。辺りの木々が軽く揺れただけで地面が抉れたり枝が折れたりはしなかった。


 圧倒的だった。


「この数なら、わたし一人で十二分。ヤクモに近づかせることすらさせない」


 あまりにも自然で当然な、気負いも緊張もない声での宣言。黄金に燃える翼が大きく広げられた。

 溢れる魔力は先の一撃の後も衰えることなくその勢いを増している。


 村のゴブリン達はまだ、偵察隊がやられたことも狙われていることも気づいていない。


「そうだ」


 彼女は唐突に振り返った。膨れあがる魔力の制御が乱れるのも気にしないで。

 攻撃のために集中していたのかと思ったけどそうではなかったらしい。

 もしかしなくても、彼女にとってこの程度は集中する必要もないことなんだろう。戦闘とすら認識してないに違いない。


「これが終わったらわたしに名前をつけてほしい。いつまでも名無しはいや」


 どうでもいい話をするような雰囲気でさらりと難題を突きつけて、そのまま彼女は颯爽と飛び立った。

 取り残されたわたしは、行き場をなくした緊張感を持て余して呆然と見送るしかなかった。


 黄金の炎を振りまきながら飛んでいく彼女の姿は一度堕ちていてもさすが天使というべきかとても神秘的だった。


「……名前かあ」


 ネーミングセンスなんて中二時代にあらゆるものに名前を付けまくったとき以来発揮してない。苦労することになりそうだ。空覚を切り吹き飛んでいく村の様子が分からないようにしながらそんな風に逃避してみる。


 やっぱりいくら数が多くてもゴブリン程度に【煉獄解放】はやりすぎだったよ。

 もし解放しちゃった責任をとってちゃんと手綱を握りなさいといわれたらどうしようね。

 絶対無理だよ。




 ● ● ●




 わたしには現実逃避してる時間もなかった。

 よく考えると現実逃避ってただの時間の無駄だよね、何も解決しないもの。蒼華みたいな直感とか紅樹みたいな理論的な頭とかあれば逃避する前に答えが出るんだろうか。……蒼華はともかく紅樹は無理かな、たぶんわたしと同じくらいには混乱するよね。せっかくの頭も回らなければ無意味。

 この思考自体が現実逃避か……。


「決まった?」


「…………ごめん、もう少し待って」


 一分かからずにゴブリンの村を殲滅して戻ってきた彼女はさっそく名前を要求してきた。背中の翼が忙しなく動き期待感が全身から溢れ出ている。でもごめんね、さっきまで現実逃避してたから何一つ思いついてないんだ。それに頭回ってたとしても一分じゃ無理。


「……ん、わかった」


 あ、分かりやすく落ち込んだ。表情こそ変わらないけどさっきまで動いていた翼の動きが急にゆっくりになった。なんとなく罪悪感が。

 ほら翼に宿ってる聖炎も勢いが弱くなって……あれ、本当に消えそう。


 そう思った瞬間聖炎が消えた。どうやら【聖炎融合】の制限時間が過ぎたらしい。試しにで掛けただけだから魔力もそんな込めてないし長くは保たなかったみたい。


 そして問題は、聖炎のなくなった彼女はやっぱり煉獄の罪人だったということだ。


 聖炎が消えると同時純白の羽は抜け落ち元の骨翼になり空中から鎖が顕れ彼女を縛った。


 彼女は裏切られたような愕然とした表情でわたしを見ている。

 落としてさらに堕とす所業、なかなかにえぐい。

 ……いやごめん、そんな目で見ないで。わたしの意思じゃないから、制限時間が来ただけだから。


「……なんか、ごめん。いろいろごめん」


 もう一度彼女に【聖炎融合】を使う。今度は【永遠を紡ぐ者(エタニティ)】も同時に。ついでに彼女を召喚したときの【煉獄解放】も【永遠】にしておく。かなりの魔力を使って召喚したわけだけどいつ切れるかはよく分かってないからこれも必要なことだ。


 そしてやっぱり彼女はいまだ煉獄の住人でわたしの特殊スキルによって抜け道的な感じで解放されているんだとはっきりした。

 やっぱりこれまずいよね、アーシュになんて言われるんだろう。


「……ヤクモ」


 すぐ近くで聞こえた彼女の声に思わずビクッとする。感情の読みにくい平坦な声だった。

 再び熾天使に戻った彼女は自力で鎖を解けるようで、わたしが悩んでいる間に目の前まで来ていた。


「……名前」


 睨むようにわたしを見る彼女の目は軽く濡れていてさっきの一幕はかなり彼女にとって恐怖だったことが感じられた。それでもわたしを罵ったりはしないでただ名前を要求しているんだからどれだけ名前を重視しているか分かるというものだ。せめてそれくらいは迅速に済ませなければ。


 でもすぐには思いつかない。こうなったらどこからか引っ張ってくるのがいいかもしれない。


 白金色の髪に黄金色の瞳、無口無表情気味で背中に多くの翼を持つわたしによく似た天使の女の子。


 わたしによく似た……女の子。

 ああ、それならあの名前がいいかもしれない。


「輝夜……カグヤ、とかどうかな」


 だいぶ前に両親から聞いた、もしわたしが女の子に生まれていたらつける予定だった名前だ。生まれたときは男の子だったから「夜雲」になったんだけど、今はわたしも女の子。輝夜とつけられていても問題はなかったのかもしれない。いや誰にこんな事態予想できたのかって話だけども。


 まあとにかく、わたしによく似た彼女だからこそこの名前が似合うんじゃないかな。


「ん。良い名前だと思う。……今からわたしはカグヤ」


 彼女……カグヤも名前を気に入ってくれたみたいで軽く笑ってくれた。目ももう濡れてない。一安心。


 満足そうにする彼女はそれ以上何も言わなかったのでとりあえず一息つく。

 もう完全に日は落ちていて森の中は暗かった。そろそろしっかり休みたい。途中までは順調だった道のりもここに着いてからひどく慌ただしかったから疲れた。


 カグヤについて問題はいっぱいある気がするけどそんな諸々は後でもいい、ってことにしたい。


 異世界一日目は結果的に順調じゃなかったけど、新しい仲間(カグヤ)に会えた幸運には感謝することにして、今日を終えよう。


 黒く一日の終わりを示す空はあいかわらず枝で覆われていて見にくかったけど、雲は一つもないからきっと綺麗な月が浮かぶだろうと思った。




 

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