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詰め込みすぎた幸運が混沌としてる。  作者: 夜彦
第二章 仲間のいる騒がしさ
19/56

18 仲間

今回は難産だった……。

おかしいところも多いかもしれない。

 白金色の髪に黄金色の瞳の、わたしによく似た女の子。

 【煉獄解放】で喚び出された彼女はそんな見た目をしていた。


 てっきりおどろおどろしい外見の魔物が呼び出されると思っていたからこれは予想外だ。背中に生えたたくさんの皮膜のない蝙蝠翼は魔物らしいと言えるかもしれないけどほぼ見た目普通の人だ。


 なぜか鎖で縛られ下半身が凍りついてる彼女も今の状況は分かっていないらしく、緩慢とした動作で周囲を見渡していた。まあ鎖と氷のせいで彼女が見れるところは多くない、最終的にわたしのほうを向いて可愛らしく小首を傾げた。


 そんな光がない胡乱な瞳で見つめられても困る。なんか怖いよ。

 そもそもわたし自身まだ他人に説明できるほど状況が飲み込めてないから。

 だから目に力込めるのも止めて、聞きたいことがあるならちゃんと口で言って!


 とりあえず視線を意識しないようにしながら状況を振り返る。

 まとめようとすると簡単だけどさ。

 【煉獄解放】で煉獄の奥から魔物を召喚しようとした。

 わたしにそっくりな彼女が召喚された。

 これだけ。


 こうしちゃうと単純に、彼女は煉獄の魔物でわたしに召喚された存在だ、で確定したくなるけど……煉獄に人型の魔物はいてもここまで人に近いのはいないはず。

 煉獄は他者を虐げる世界だから人に親近感を沸かせるような見た目の魔物は存在しない。


「えっと……あなたは魔物なのかな?」


 考えていても分からないので直接聞いてみた。相変わらず感情どころか生気も感じられない目をしてるけど話は聞いてくれたよう。

 結果。

 分からないとでも言いたげに首を傾げられた。


 なんで自分自身のことが分からないんだ。


 いや、わたしも今の自分のことよく分かってないか。自意識はだいぶ女の子だけど男の時の常識や記憶に引きずられることもまだ多いし、変化が起きすぎて実感できてない。まあ困ってないしいいかな、なんて放置してる。そういえば自分の種族の説明もまだ見てない。一段落して寝る場所が確保できたら【叡智の書庫】で確認しよう。


「あ、彼女のことも鑑定してみればいいのか」


 日本では当然なかった習慣だし見ようと思って見ないと出てこないからうっかりしてた。

 次からは気をつけよう。


「ちょっと失礼するよ」


 一応彼女に断りを入れてから鑑定する。異世界でもプライバシーは大事だよね。



―――――叡智の書庫:情報表示―――――


 名前:(剥奪中)

 性別:女 年齢:不明

 種族:堕天使

 職業:(剥奪中)

 状態:神罰執行、剥奪(声)、剥奪(容姿)

 所属:(剥奪中)


 【特殊スキル】

 (剥奪中)


 【種族スキル】

 (剥奪中)


 【職業スキル】

 (剥奪中)


 【通常スキル】

 (剥奪中)


 [備考]

 容姿剥奪中のため召喚者の容姿をコピーしている。




「…………」


 なんか物騒なものが見える。神罰とか剥奪とか。

 そっかー、今まで喋ってないのは声を剥奪されてたからなのか。


 深呼吸して、少しおさらい。


 煉獄は世界の一つ。

 およそ生物の住める環境ではなくその存在意義も他者を苦しめるためにあるとすら言われる。

 そのうえ世界の意思に従って他者を虐げる煉獄の魔物が闊歩しているため神様ですら事前準備なしに足を踏み入れれば生還は難しい。

 そんな煉獄を神様達は処分場、処刑場として使っている。


 つまりは、煉獄には魔物だけでなく、何かのはずみで生まれてしまった世界自体を脅かす超生物や生半可な刑罰では耐えてしまう罪人がいたりもするってこと。


 わたしによく似た彼女を見る。じっと見つめるわたしに何を思ったかまた首を傾げるなんて可愛い行為をしているけど、もうわたしは騙されない。


 あなた魔物じゃなくて罪人じゃないかっ!


 このままではわたしも脱獄を手伝ったとかで捕まってしまうかもしれない。異世界に降りて一日目で煉獄行きなんてごめんだ。アーシュが悲しむ。


 さあそうと決まればささっと彼女を煉獄に送り返して別の魔物を喚ぼう。


「…………」


「……そんな目で見てもダメだから」


 送り返されそうだと分かったのか、彼女の視線が強くなる。必死さが伝わってくる視線だ、煉獄には戻されたくないらしい。当たり前だけど。


「…………」


「わ、悪いことしたら罰を受けるのは当然なんだよ。大人しくしてて」


 光のない目がわたしを射抜く。何をしようとしてか、彼女が動くたびに鎖が揺れる。剥奪されて声は出ないのに口を動かして何かを伝えようとする。


 意識して見ないようにしていたのにふと目に入ってしまった。

 必死になって懇願する雁字搦めに縛られたわたし(みたいな姿の彼女)が。


 ……なんで容姿剥奪したからって召喚者の容姿をコピーしてしまったんだ、すごく同情心を誘うんだけど。放っておけない気分になるんだけど……!


 ごめんアーシュ、わたしにはこの気持ちを裏切ることはできない。


「……わたしの言うこと聞ける?」


 彼女は凄い勢いで首を縦に振る。だけど本心かどうかは分からない。

 契約系のスキルは持ってないから強制力のない口約束にしかならないわけなんだけど、もし裏切ってわたしに襲いかかるようなら即座に煉獄に戻そう。

 ……なるべくそうならないことを祈る。


「約束したからね」


 わたしがそう言うと彼女はほっとしたように息を吐いた。


 これからの旅路にいきなり不穏分子を引き入れちゃったわけだけど、きっとなんとかなるだろう。なるといいな。

 とりあえず彼女は煉獄送りにされるくらいだしそれなりに強いだろうから戦力にはなるだろうからメリットがないわけじゃない。

 片手間にゴブリン五百くらいやっつけてくれるはず……。


「……戦える?」


 改めて彼女を見る。

 下半身は氷に覆われ、動きを阻害するように鎖が巻かれ、挙げ句の果てにスキルは軒並み剥奪中。


 鎖のせいではなく、自分から動きが固まった彼女の顔がどんどん青くなっていく。

 

 あ、やっぱり今のままだと無理っぽい。

 スキルはともかく、氷と鎖のせいで動けないのは旅する上でも致命的。どうにかできないかな。


 氷は分からないけど鎖のほうはノルンも使ってた神力の鎖だ。わずかに発光している。触ったら何か起きそうな雰囲気を発しているからおそるおそる掴んでみたけど、弾かれたり痺れたりするようなこともなく普通に掴めた。


 そのまま軽く引っ張ってみれば彼女に巻き付いた鎖は案外簡単に外れた。

 拍子抜けだった、彼女も驚いてた。縛られてる人以外なら外せるようになってるのかもしれない。

 感情の浮かばない彼女も、途惑いながらも自由になった両手を喜んでいるように思える。


 さて、あとは氷が溶ければいいんだろうけどどうしようか。

 こちらも試しで唯一わたしが使える魔法的炎でもつけてみようか。あれは付与魔法だけど、炎ではあるし。なんとなくそれでいける気がする。

 煉獄の魔物と共存できることは実験済みだし、そもそも彼女は魔物じゃないから問題ないかな。


「【聖炎融合】」


 彼女に向けた右手から黄金色の炎が溢れる。氷が溶けるようにと祈りながら付与された炎は彼女自身に灯り、その体を内側から癒し暖める。

 狙い通り氷が溶けていくのが視認できた。


 これで最低限移動はなんとかなる、そう安心したときだった。


 本来ならオーラのように浮かぶ聖炎が、まるで彼女自身を燃やし尽くすかのように勢いを増しそのまま彼女を飲み込んでしまったのだ。


 え、ちょっと待って。聖炎にこんな火力はなかったはず。それとも罪人の彼女に聖なる炎はダメだったのか?


 茫然とするわたしの目の前で、聖炎は第二の太陽のように燃え上がり――


 ――火の粉の代わりに、仄かに光る羽を舞い散らせて消えた。


 彼女はその中心に()()()()()()

 ゆっくりと開けられた彼女の目に驚いた顔のわたしが映っている。

 その目はすでに、輝きを取り戻していた。


「あーっと……どうやら大当たりだった、みたい?」


 氷にも鎖にも縛られず宙に浮かんだ彼女の翼は、たくさんの燃え上がる純白の翼に変わっていた。

 ふと見れば彼女の鑑定表示も変わっていた。スキルがいくつか解放され、状態から神罰執行、剥奪(声)が消えている。

 ――そして種族が熾天使になっていた。


「……ん。ありがと、マスター」


 いつのまにかわたしの側まで近づいていた彼女が声をかけてくる。初めて聞いた彼女の声もわたしとよく似ていた。もう少し落ち着いた声音ではあったけれど。


 無口無表情なのは元からの気質のようで、示された感謝は言葉少ないものだった。ただ雰囲気に滲み出るほどの感謝はたしかに伝わってくる。それ自体は嬉しいんだけど罪人をわたしの一存で解放しちゃったのは……やっぱりまずいかな。

 わたしのことを「マスター」って呼んでるからさっきの約束はまだ有効みたいだし聖炎が切れたら元に戻るかもしれないからしばらくは様子見といこう。


 うん、ダメだったときはダメになってから考えよう。わたしには深く考えるのは向いてない。


 とりあえずは、仲間が増えたことを喜んでおく、ことにしとこう。


「……どういたしまして。これからよろしく」





 

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