16 初戦
真昼間だというのに薄暗い森を進んでいく。
どこを見回しても同じ景色にしか見えない森だけどわたしは行く当てもなく放浪しているわけでもない。この森の一部はすでに【空間征服】している。さすがに森全体を征服するのは時間もかかるし魔力も保ちそうになかったから村らしき場所が見つかった時点で征服するのを止めている。
征服した空間はわたしの腕であり感覚器になるんだけど、体から遠い位置になるとぼんやりとした感覚しか伝わらなくなる。件の村らしき場所も木の柵らしきものに囲まれて明らかに人工物っぽい建物や二足二腕の何かが歩いていたことから推測したものだ。だからもしかしたら村じゃないかもしれないけど……こんな特徴のある場所、他に何があるのか。
唯一の不安点としてはこの村らしき場所が森の中にあることだけど、きっと隠れ里的な何かなんじゃないかと。え、隠れ里なら受け入れてはもらえないんじゃないかって? ……そうかもしれない。
ま、まあなんとかなるって。いきなり敵対されたりはしないと思う。わたしの幸運侮るな。
……なんか不安になってきた。思わず幸運に縋っちゃったけどまずい気がする。事態がわたしの想像の斜め上に突っ走っていく音が聞こえる。幻聴だよね。
頭を振ってなかったことにする。振る勢いが強かったのか頭の上の狐耳が引っ張られる感覚がした。
さて、村(らしき場所)に向かってきりきりいきますか。転移すれば一瞬だけど村に着く前にしておきたいこともあるから歩いていく。
ルートは最短、直進で。道中に当然魔物の類も存在しているけど道は変えない。
魔物には一当てしてみるつもりだ。
目的としては【叡智の書庫】では練習しなかった特殊以外のスキルの実践。
アーシュはあくまで「特殊スキルをうっかり暴発させないため」って名目でわたしに付き合ってたから他のスキルの練習はできなかった。ノルン曰く「神様もいろいろ縛りがあるんだ」。じゃあ「俺」を「わたし」に変えた座学はなんだったのと聞いたら「詳細書類の提出は私の部下が担当だったので」って涼しい顔で言われた。実は黒いところあるよねアーシュ。とりあえず部下の人がかわいそうだったよ。
心の中で部下の人に同情の念を送っていると小さな音が聞こえた。耳を細かく動かして聞き間違いじゃないことを確認する。
魔物の登場だ。
驚きはしない。征服した空間内にいた魔物だからその動向は分かっていた。ついに五感で捉えられる位置にまで来たということだ。この体の五感はだいぶ優れてるから接敵までは少し時間があるけど。
「さて、どう戦おうか」
少し緊張している自覚がある。この先に待つのは高確率で命の奪い合いだ。白い空間でも思ったけど平和な日本で過ごしていたわたしたちがどこまでできるのかには不安がある。
ただこれでも「勇者」なんてものとして召喚されたわけだし、幼なじみひいてはクラスメイト達と合流するまでに魔物と一度も戦闘しないなんてことはないだろう。
それに一人でも大丈夫だと、この世界を生きていけるとお姉ちゃんに宣言してきた。
有言実行するためには魔物くらい倒せなくてはならない。
幸いわたしにはたくさんの特殊スキルがある。【空間征服】はしてるからやばくなったら転移で逃げることもできる。気負うことはない。
魔物が近づいてきた。空間の感覚(長いから空覚と呼ぼう)のとおり一体だ。わたしの視界がまるで望遠鏡を覗き込んだようになってそいつの姿を映す。
見た目としては木片を組み合わせたような二メートルくらいの人形だ。右腕はトゲ付きの棍棒のようになっていて人形のくせに力強そうだ。
試しに【開架:叡智の書庫】を部分発動――鑑定。
―――――叡智の書庫:情報表示―――――
名前:C-3
性別:無
種族:ドッジゴーレム
状態:通常
【特殊スキル】
【種族スキル】
交換再生
受信
【通常スキル】
棍術LV8
腕力強化LV9
回避LV10
索敵LV2
【ドッジゴーレム】
戦闘能力が向上したゴーレムの亜種。
全身が木で出来ていて体内に血液のように樹液が流れている。
素早く力強い反面脆い。
空中に半透明のページが一枚、めくられるようにして現れた。どうやらうまく発動したみたいだ。
魔物はドッジゴーレム。特殊スキルはなし。わりと高レベルの通常スキルを持ってる。
うーん。初戦の相手にしては強い気がする……けど、血が出ない魔物だっていうのは正直ありがたい。代わりに樹液が噴き出すかもしれないけどいきなり生物を殺すのはハードルが高い。
さあ、まずはあれを倒して勢いをつけよう。
「【血換法】――――【瞬間錬成】」
傷もないのに指から血が滴る。その雫が落ちる前に血は変換され加工される。一瞬で完成したその武器はそのまま地面に突き刺さる。
緩く反りの入った刃、精緻な細工の彫られた鍔。素材は当然玉鋼。
――紛う事なき日本刀だ。
地面から刀を抜いてためつすがめつ眺める。うん、歪みもないし綺麗にできた。中二時代に調べ回った甲斐があったというものだよ。初めての武器くらい好みで選んでテンションを上げていかないとね。
生み出した武器を両手で握る。馴染みのない重さだ、当然今までの人生で扱ったことなんてない。だけど、スキルがあり世界が補助してくれる異世界なら。
わたしの「敵」を真っ二つに出来るだろう。
「……ふっ!」
魔物はもう目の前だ。
向こうもわたしに気づいている。その右腕が掲げられ戦闘の準備が整う前に、動く。
短い呼吸を置き去りに、異世界転移で強化された体は数メートルを一気に詰める。
その魔物に顔はない、だから驚いたかどうかは分からない。
ただ――反応できなかったことだけは、たしかだ。
「せいっ」
魔物の脇をすり抜けるように横へ。胴を薙ぐように刀を振るう。
風切り音も切断音もそう大差はなかった。どちらもひどく乾いた音だった。
跡が残って見える気すらする一閃は、狙い違わず魔物を両断し。
「…………ゴァ、」
わたしが魔物の背後に抜ける頃には上下半分になって転がっていた。
……とまあここで終われればかっこよかったんだけど。やっぱりわたしは戦闘は素人なわけで。
「むぎゅあ!」
距離を詰めた勢い刀を振った勢いを抑えきれず体勢を崩し、盛大に転んでしまった。抜き身の刃物を持ったままだったので非常に恐ろしかった。
「いたぁ……」
一撃で倒せたから良かったものの、戦闘中に転んでたら確実に殺されちゃうよ。
「LV10スキルがあってもこの程度かあ……」
二つに分かれた魔物を見る。切断面からは樹液が流れているけど生き物というよりも油で汚れた機械のような印象を受けた。その見た目のせいか生き物を殺したという実感は薄かった。
歪みのない見事なまでの切断面はわたしのものだ。でも純粋にわたしの実力というわけでもない。
―――――叡智の書庫:情報表示―――――
【多世界統合式魔導闘術】
数多の世界のあらゆる武術を統合した一つの極致。
使えない技はなく、戦いの度に最適な業を創り出していく。
今お世話になったこのスキルははっきり言ってなんで特殊スキルじゃないんだろうと思えるほどのすごさだ。レベルが高いせいもあるんだろうけどマンガやアニメの技だろうとなんだろうと再現することが出来る。ただ使い手の技量が今ひとつなので、スキルに体が動かされてる感覚があるしさっき転んだみたいに気を抜いて補助が切れると振り回される。使いこなすにはまだ時間がかかりそうだ。
まあでも、初戦はこんなんで十分じゃないだろうか。一撃で圧勝だし。
少しばかり頬が緩む。
気まで緩ませるわけにはいかないけど自信はついた。なんとかこの世界でもやっていけそうな気がする。
でも「血の出ない魔物討伐」はまだまだ初級編だろう。これから他の魔物とも戦って少しづつこの世界を生きていく力をつけたい。次は血の出る魔物と戦っておきたい。
分かれた魔物の体を【倉庫】にしまってから(魔物の素材だし何かに使えるかもしれない)わたしは少しばかり軽い足取りで歩き出した。
第二章、始まりました。
更新遅くなりがちですが、今後ともよろしくお願いします。
2/10誤字修正しました。




