15 特殊スキル修了編
「気をつけてくださいね」
「大丈夫、無理はしないよ」
向かい合うアーシュの目にはうっすらと涙が浮かんでいる。そんな姿を見せられてわたしも目が潤んできた。断じて最初から涙目とかじゃないから、もらい泣きだから。
アーシュの隣にはノルンもいて、苦笑気味にわたし達の様子を見ている。
「そんな今生の別れみたいな雰囲気いらないと思うな。妹ちゃんのスキルがあればすぐ会えるでしょ?」
「ヤクモちゃんを一人で放り出すなんて心配です……!」
こんな雰囲気になっている理由は唯一つ。
ついに全特殊スキルの練習を終え、アーシュの元から旅立つときが来たのだ。
思い返せば苦悩の連続。スキル練習とは名ばかりで時間の大半を別のことに使った座学、強要される女の子らしい仕草。やっと終わったと思ったらからかわれ、子ども扱いされ。アーシュのおしおきの陰に怯えながらもついに今、卒業の時が来たのだ。
……なんか文章化したらアーシュからひどい扱いを受けていた気もしてきた。
「……うん、泣く必要はないかも」
「そんなっ」
主観的な情報を付け加えれば、別に辛くはないからアーシュとの別れが惜しくないとかそういうわけじゃないけど。むしろいつも一緒にいたいとは思う。
「……それなら私もヤクモちゃんについていきます!」
心の声を聞き取ったか落ち込みかけていたアーシュが凄い勢いで反応した。そのままどこかへ転移しようとして消えてしまう……かと思いきや、その前に【書庫】の床から伸びる鎖に絡め取られ身動きとれなくなってしまった。って鎖!?
突然出てきた物騒なものに狼狽していると、ノルンが溜息を吐きながらアーシュに向き直った。よく見るとその体からはうっすらと神力の光が放たれていて、鎖の原因を悟らせた。
「アーシュがフェールリアに行くのはいろいろとまずいからね? 世界に影響が出るよ」
「離してくださいノルン! 方法はいくらでもあるんです!」
「最近アーシュが暴走してるから止めさせろって他から連絡があったんだよね」
どうやらアーシュはやっぱり無茶をしていたらしい。でも神力の鎖はやりすぎじゃないだろうか。しんみり……とはもうしてなかったけど別れのシーンなんだし、見た目が酷い。
「まー私は知識系の神だからね、組み伏せてもはね除けられるだろうし」
「ノルンって弱いの?」
「ずばっとくるね妹ちゃん……君の情報、身体能力の項目ゼロにするよ?」
顔を引きつらせたノルンが脅してくる。気にしてたのかもしれない。
ちなみに本当にゼロにすると空気の重さに耐えきれず死ぬそうだ。
……そうだね、神様の力って物理的なものとは限らないよね。
「……ごめんなさい」
「実際他の神から許可もらわないと使えない力だから私が弱いのは否定できないんだけどね」
そういうノルンの表情はどこか苦いものだった。昔何かあったのかもしれない。出会ったばかりのわたしには踏み込んで尋ねることはできなかった。
ノルンは振り払うように首を振る。すぐに立ち直って明るい笑顔を見せてくれた。
「妹ちゃんはそんな私の唯一の取り柄である編集をさせてくれなかったんだよね。この落とし前どうつけてもらおうかなぁ」
「えっ」
いや明るくなかった、とても怪しい笑いだ。近づいたらその瞬間食われそうな雰囲気が漂っている。どうしよう、神様なんて大層な存在呼び出しておいて(わたしが呼んだわけじゃないけど)無駄足だったなんてやっぱり不遜だったのかな。は、払えるものなんてわたしの体くらいしかないよ。
心底狼狽していると抑えた笑い声が聞こえてきた。見ればノルンがお腹を抱えて苦しそうにしている。
「ごめん冗談。妹ちゃんが首を横に振ってくれて良かったと思ってる」
「そ、そっか」
ほっと胸をなでおろす。肩を下ろす動きと同時、男だった時とは違い膨らんだ胸が揺れるのを感じた。
ノルンのセリフから分かるとおり、結局わたしは【混沌の器】を編集しないことを選んだ。もともと思いつきの話だから危険があるなら無理してやることはない。
実際はちょっと惜しかったかななんて思いもあるんだけどね。ほら、代償の大きい能力ってなんかかっこいい気がするから。実際自分の身になって考えると欲しいとは言えなかったんだけど。
ただ二人には内緒だけど、【混沌の器】を使わなきゃいけないような場面が来るような気はしてる。極端な仕事する幸運がわざわざ持ってきたスキルだし、これがわたしには必要なんだろう。もし使わなきゃいけないタイミングが来たら躊躇わない。
そんなときには無理を重ねてでも発動させる。
「さきほど無理はしないと言いましたよね?」
「…………うん、そうだったね」
アーシュが叱るような口調で戒める。向けられた鋭い視線は二つ。なんだか絶妙なタイミングで釘を刺された気がする。
あれ? そういえば二人とも神様だから常時読心状態なんだっけ。……あれだけ痛い目にあいまくっておいてまだ学習してないのかわたしは。
「アーシュじゃないけど、妹ちゃんのことが心配になってきたよ……」
「やっぱりヤクモちゃんには外は早いです!」
うっすらと自分でも不安になってきたけど……練習終わったんだし、わたしの体はフェールリアにあるままだし戻らないわけにはいかない。
ちょっと卑怯な気がするけど、このままだと騒がれて出発できそうにないから必殺技を使おうと思う。
「……お姉ちゃん、わたし一人でも大丈夫だから」
ダメ押しで縋るような目をプラス。ちなみにこれは親戚の女の子が使っていた技だ。少なくともわたしには効果抜群だった。多用しまくっていたので今思えば狙ってたんだろうと思う。
「く………………一人で寂しくても知らない人について行ったらダメですよ。ヤクモちゃんのプレートは私と通話できるようになっているのでいつでも連絡してきてください」
神様相手でもこの技は効果を発揮した。どこか苦悩の表情が見え隠れしながらも表面上笑顔で騒ぐのをやめてくれた。
あと小学生じゃないんだからそのくらい言われなくても分かってるよ。あとわたしのプレートはいつのまに通話機能がついたの、それじゃほんとにスマホと変わらなくなるよ。嬉しいけど。
ノルンが苦笑気味な気がするけど口出しはしてこない、アーシュはもうわたしを送り出す雰囲気だ。
「……【倉庫】の時間停止コンテナにいくらかの食料と替えの服を入れておくので使ってください」
「うん、ありがとう」
そういえば食糧問題があったね、ここにはだいぶ長い間いた気がするから忘れてた。【叡智の書庫】は外と時間の流れが違うからフェールリアでは数時間くらいしかたってないらしいよ。ファンタジーだ。
「小型のテントも入れておきましょう。サバイバル用品とかも一式、えっとえと、それで……」
「そこまでしてくれなくても」
あたふたするアーシュも珍しい。でも普通は出発するほうが不安に思うんじゃないかな。
「そうやってヤクモちゃんがのほほんとしてるから、余計心配になるんじゃないですか……」
「まーたしかに妹ちゃんは見える範囲にいないと落ち着かないかもね」
だいぶ変わった気がしてたけどわたしの評価は異世界でも変わらないようだ。
つまりは「一人で放っておけない子」。
……これでも高校生なんだよ。
「年は関係ないよ。というか妹ちゃんの精神性はわりと幼いと思う」
そんなことはない、とおも……いたい……。
否定できるポイントもあるはずだから。
「……見てて。一人でも大丈夫だと証明するから」
目標が一つ増えた。絶対にみんなの評価を覆してやる。腕を曲げて気合いを入れる。
「ふむ、それじゃあやる気を出した妹ちゃんにアドバイスを」
わたしの雰囲気が変わったのを見計らって、ノルンが真面目な顔で口を開く。
「情報はどの世界でも大事だから常に調査を怠らないこと。特に【叡智の書庫】は現状妹ちゃんだけの特権だから活用してね。人間に対する制限がしっかり決まったから、制限内なら自由に扱ってもらっていいよ。お気に入りのページだけ破って集めても構わない」
どうやら今までの制限は曖昧で緩いものだったらしい。人間が来ることは想定していなかったから焦ってちゃんとした制限をつけたそうだ。それを聞くともっといろいろ読み込んでおけばよかったかなと思わなくもない。まあ読書苦手だから知ってても読まなかったんだろうけど。
ちなみに制限の内容は、まずいたことのある世界以外の情報は全て閲覧禁止。いた世界の情報も未来や個人の運命に関わることには制限がかかる。他にも細々した制限事項はあるけどわたしにはあまり興味のない分野なので省略。
この制限がつく代わりに、情報の最適化が行われフェールリアに行っても一部知識が引き出せるようになった。ノルンが言ったように集めたお気に入りの知識を向こうで見たり、視界に入れたものの基本情報が浮かんできたりする。鑑定系スキルの上位版みたいな感じ。
はっきりいって制限なしの情報量じゃ使いこなせなかったから個人的に好ましい変化だ。
「分かった。心に留めておく」
「妹ちゃんの無事を祈ってるよ!」
最後に眩しいほどの笑顔を見せて、ノルンは数歩後ろに下がる。
いつのまにか鎖がとれていたアーシュが近寄ってきて手を握った。
「私の言うことを聞く、というのがまだ実行されていません」
「……あ」
そういえばすっかり忘れてた。やばいかな、このタイミングで何を要求されるのか全く分からない。
「約束を果たしにヤクモちゃんが戻ってくるのを信じて、今は何も言いません。絶対また来てください」
……そんなこと言わなくてもちゃんと来るって言ってるのに。
普段しっかりしてるアーシュの目が不安げに揺れて、さっきからずっとこんな様子だったなと思ったらなんとなくおかしくて、笑えてきた。
「うん、もちろんだよ。次来るときは一人でも大丈夫だってことを見せつけてあげるから」
「それだと当分会えなさそうなのでそういうの気にしないで来てください」
「さらっとひどいこと言われた……」
アーシュもそういう冗談言うんだね。……冗談だよね?
「ヤクモちゃんとはこういうことも言い合える仲になれたと思ってます」
そんな風に言われたら何も文句は言えない。アーシュは頬を赤くして黙るわたしを慈しむように見て祈るように呟いた。
「〈愛するあなたの行く道が光で溢れていますように……〉ヤクモちゃんのこと、応援してます」
繋がれた手を通じて暖かい力が流れてくる。神力とかそういうことじゃなくて、アーシュの思いやりなんだろうと思った。
わたしは頷いて、手を一度強く握ってから、その手を離す。
「それじゃあ、お世話になりました。いってきます!!」
スキルの発動を念じるとともに「扉が開く」。
外にだんだんと流されていく意識の端に、両手を組み俯いて祈りを捧げているアーシュの姿と勢いよく手を振るノルンの姿が見えた。
この先に待つのはきっと幸福な何かだろうと自然とそう思えた。
これで第一章終了です。たくさんの方に読んでいただきとても嬉しいです。
これまで連続更新してきましたがこれからは間隔が空きそうです。というか空きます。タグ通り不定期になるかもです。
途中幼なじみ視点の閑話を入れてから二章に入りたいと思います。
二章は登場人物増やして賑やかな章にしたいですね。
これからも応援よろしくお願いします!