14 特殊スキル選択編
わたしが持つ特殊スキル、その最後の一つは【魔導機関〈Vital Note〉】。これは特殊スキルとしては比較的有名なものらしい。
なんでも体と魔道具が一体化したときに手に入るもので、わたしの場合は〈Vital Note〉だけど、一体化した魔道具の名前がここに入る。大抵は魔法式の義手とかになるんだと思う。必ずしもメリットだけのスキルというわけじゃなくて、器用さが落ちたり幻肢痛がしたりとかデメリットがある場合も多い、真に〈特殊〉なスキルだ。
わたしはデメリット何もないし魔道具化したナノマシンとかわけの分からないのと一体化してるからかなり効果の高いスキルと化してる。
「ナノマシンかあ……一体いつ入れられたんだろ?」
どうせ異世界をたらい回しにされてたときになんかのタイミングで入れられたんだろうけど。みんなしてわたしの体を弄りすぎだと思う。いんふぉーむどこんせんとが大事なんだよ、この前授業でやったもの。
あ、ちなみに〈Vital Note〉の本は魔道具化前の普通のナノマシンとしての情報も大量に書いてあったけどほぼ専門用語で理解できなかったので分かるとこだけ抜き出した。あれだね、【混沌の器】のときとは別の意味で【叡智の書庫】を生かせてないね。
校内テストですら下から数えたほうが早いわたしにいきなり全世界の知識とか渡されても使いこなせるわけないんだよ。しかたないんだ。
「……勉強嫌だーって言えてたころが懐かしく感じるよ……」
いろんな意味で遠いところまで来ちゃったしなあ。というか今のわたしにどれくらい地球での夜雲成分が残ってるだろう。蒼華は直感で気づいてくれそうだけどそれは共通点を見つけたからじゃないだろうし。
中身は変わってないから大丈夫のはず……いや思いっきり変わってるか。「俺」じゃなくなったあたりとか特に。あれ、じゃあほとんど別人なんじゃあ……?
「…………まあいいや」
わたしが別人に変わってしまったとしてもわたしが「地球での夜雲」だった事実は何も変わらないし、幼なじみの双子に会うっていうわたしの目標も変わらない。あの二人なら受け入れてくれるだろう。もし万が一拒否されても一から仲良くなろう、「アーシュの妹のヤクモ」として。
……………………。
おかしいな、今自然に自分のこと「妹」って自称した気がする。今更自分のこと男だせめて弟にしろ、とかは言わないけど、いつのまに「アーシュの妹」って自認するようになってしまったんだ。
いやアーシュが嫌いってわけじゃないよ。むしろ姉でいてくれて嬉しいと思ってる……てこれ妹視線の評価じゃないかな。
そういえば一度アーシュのこと、素で「お姉ちゃん」って呼んだ気もする。
「……アーシュお姉ちゃん……」
「こんにちは」
「ひゃうっ!?」
あまりにも違和感なく言えたお姉ちゃん呼びに内心愕然としていると、後ろから唐突に声をかけられた。明るい女の声。アーシュじゃない。
跳び上がるように振り向けば、司書みたいな格好をした女性が立っていた。どこか服に着られている感じがあり新人さんって感じだ。わたしより背は高いけども。
「見たことない顔だし、あなたが『アーシュの妹』ちゃんでいいのかな?」
はきはきした声にからかいは感じ取れないけど、顔はにやけている。……これはさっきのお姉ちゃん呼びを聞かれたな。もしかしたら他意はないかもしれないけど非常にタイムリーな質問であるのはたしかだ。
「違っ……わなくもないけど、ちがう、ような……」
「どっちなの?」
笑いが深くなった。やっぱりからかっているようだ。反射的に「違う」と言おうとして、脳裏にアーシュの悲しげな顔が浮かぶ。それは反則だと思うよアーシュ……。
「……妹、です」
「そっかそっか。それはよかった」
女性は満面の笑みを浮かべてわたしの頭を撫でてくる。何がよかったというのか。そしてなぜ頭を撫でるのか子ども扱いするな!
「いやー、アーシュから頭を撫でてるときの反応がかわいいって聞いてたからつい」
……心を読まれた。アーシュの知り合いらしいからまさかとは思ってたけどこの人も神様か。そしてアーシュは勝手に何を広めているのか。かわいいって言われて悪い気はしないけど。
「おお、耳もふもふだね」
「ひゃ」
あ、狐耳はだめです触らないで! 今までなかった部分だからかそこ触られるの慣れてない、くすぐったいからやめて!
耳をぴこぴこさせて逃れようともがくけど追撃は止まらなかった。
「でもやめたくない肌触り。もふもふ」
「んっ、ひゃぁ」
そ、そっちがその気ならこっちも実力行使の手段くらいあるよ!
「わぷ」
ふっ、きれいに顔に入った。両手は口を押さえるので精一杯だったから使えないけど今のわたしには尻尾がある。見た目柔らかそうだけど叩き付けることくらいはできるんだよ!
思わぬ衝撃に手が離れた瞬間を見計らって後ろに下がる。座り込みながら両手で狐耳をガード、牽制用に尻尾を体に巻き付けるように顔の前まで持ってきて、上にある彼女の顔を睨みつけるように目だけ動かす。
「み、耳はだめです!!」
きっぱりと言ってやった。そのまま女性を睨みつけると、動揺したのか一瞬動きが止まり、真剣な顔になって言った。
「……私もこの子ほしい」
「だめです。ヤクモちゃんは私の妹なのでノルンには渡しません」
「アーシュ!」
「ありゃ、お姉ちゃんの登場かぁ」
頼れるお姉ちゃんの登場に場の空気が変化する。思わず駆け寄って抱きついてしまった。
「……ノルン、ヤクモちゃんが涙目なんですが。何をしたんですか」
「や、やだなあ頭を撫でてただけだよ。そんなに怖い顔しないで?」
お姉ちゃんには誰も勝てない。さっきまで元気いっぱいだった女性がかなり引きつった顔で後ずさりしてる。いいぞもっとやれ。
あとお姉ちゃん、わたし泣いてないよ。少しくすぐられた程度で泣いたりしないもん、ほんとだよ? とりあえず目元は拭いておくけど。
「今すぐ帰ってください」
「呼んだのはアーシュでしょ……」
「説明は私がしておきます。実行するときは改めて呼びにいくので」
「それじゃ二度手間」
「帰ってください」
「…………」
被り気味に拒絶するアーシュに女性が絶句してる。なんだかアーシュの気配がひどく恐ろしいものになってる気がするけど矛先はわたしじゃないので無視しておく。内心で女性に同情してたりしない。悪いのは向こう。……やっぱりこの仕打ちはなしかも。
「お姉ちゃん、わたしは気にしてないから許してあげて」
抱きついたまま、至近距離からお姉ちゃんの目を覗き込む。
しばらくそうしていると、恐ろしげな気配は霧散していった。
「……しかたないですね。ヤクモちゃんに感謝してくださいよ?」
アーシュはわたしの願いを聞き入れてくれたようだ。
「ありがとうお姉ちゃん!」
「……この溺愛っぷりは予想以上だよ……」
女性が何か呟いていたけど聞こえなかった。今は全身でお姉ちゃんに感謝の意を表してるところなので。まあお姉ちゃんを抱きしめてるだけだけど。
抱きしめはお姉ちゃんが満足するまで続いた。
● ● ●
「えーと、じゃあ改めて。【叡智の書庫】管理者、編集担当ノルンです。よろしく」
「……よろしく」
【書庫】にあった四人がけテーブルを挟んで改めてわたしたちは向かい合っている。正面に司書姿の女性……ノルンが、右隣にアーシュが座っている。
ちなみにわたしのテンションが低いのはノルンのせいじゃない。彼女のことを実際そこまで怒ってるわけでもなかった。ただ、ピンチの状況にアーシュが駆けつけてくれたという状況に少し酔っていた(アーシュはヒロインじゃとか言わない)。だからこそいろいろと、そういろいろと普段とは違う行動を取ってしまったのだ。
隣に座るアーシュは非常に満足そうだ。
ああ。
――あの時どうしてこんなことを、と思ったことはないだろうか。
「ヤクモちゃん、そのセリフは前も見ました」
「……アーシュうるさい」
「お姉ちゃんじゃないんですか」
「――っ!」
妹だ妹じゃないと少し悩んでみたものの蓋を開けてみればこんなもの。どうやらわたしの意識は完全に「アーシュの妹」気分らしい。あっさりとお姉ちゃんを連呼してた。
……気を、気を強く持つんだヤクモ。
「私は嬉しかったですよ」
うるさいそういう問題じゃないんだ。ならどんな問題なんだと聞かれてももう分からないけど、そういう問題じゃないんだ。
「……話進めていい?」
「ぜひお願いします」
控えめな声で提案するノルンに即座に賛同する。今すぐこの話題を終えたかったわたしにとっては渡りに船、ノルンは空気が読める模様。
何かを要求するようにこっちをじっと見るアーシュは無視。
「議題は、【混沌の器】の内容編集の可否について、かな」
【叡智の書庫】に書かれた情報を編集すると、それが世界にもフィードバックされる。
このまえ【永遠を紡ぐ者】を解除できるようにしたのはこの作用を使ってだ。
ただ簡単にそれが行われてしまっては世界が大混乱になってしまうので神様たちの間で協議してからでないと行えないようになっているし書き込む役はノルンしかできない。
それはつまり【叡智の書庫】、とりわけ編集に関しては、ノルンが一番詳しいということだ。
「結論から言うと【混沌の器】を編集して妹ちゃんが使えるようにするのは可能。許可も下りるだろうし」
「じゃあ……」
「ただし!」
さっそく実行してもらおうとしたけど、勢いよく開いた右手を突き出されて言葉を止められる。
「なにしろモノがモノだからね。私でも自由に編集とはいかない。負担が大きいのはカバーしきれないし自力で記述を戻してしまうかもしれない」
「そんなことありえるの?」
「神様レベルのスキルだしね、起きないとは言い切れないかな」
一筋縄ではいかないらしい。
「そもそも保有者が人間である時点で不安定なんです。下手に編集してしまうと逆にスキルに飲み込まれる危険性を助長することになるかもしれません」
提案はしたけどおすすめはできないと、アーシュ。
「何も編集しないで、一生使わずにいるのが正解だと私は思うよ」
呼ばれはしたけど乗り気ではないノルン。
神様二人が真剣な顔でわたしに語る。どうやらわたしがしようとしたことはだいぶ危ないことらしい。正直ちょっとした思いつきレベルだったからここまで話が重くなるとは思わなかった。
「……どうする? 今ならまだやめられるけど」
ノルンが確認してくる。ちらとアーシュのほうを見れば、心配そうな顔をしているものの選択自体はわたしに任せるようで何も反応はなかった。
最終選択権は、当事者たるわたしの手元。
さて、わたしはどうするべきか?
少し考えてから、わたしは口を開いて――
次で第一章終わりです。
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