13 特殊スキル神級編
あの時どうしてこんなことを、と思ったことはないだろうか。
わたしはいっぱいある。つい最近も古傷を抉られたばかりだ。闇に沈んだ紅色聖書はいまだアーシュの手の中にある。できれば抹消したい。
……いや、今は過去の話なんてどうでもいいんだ。良くないけど、いいんだ。つい最近の話をしたいんだ。
アーシュのことを教えてほしいと言ったあの時のことだ。
別にあの時のやりとりを後悔してるわけじゃないよ? アーシュのことをもっとよく知りたいと思ってるのは事実だしもっと仲良くなりたいという気持ちを伝えたかったのも本当だ。あの時に言った言葉は本心で後から撤回することなんてありえない。……ただ少し恥ずかしいセリフを言ったかなとは思う。
問題はその後のことだ。
称号について説明されて、アーシュの話を聞いていた、その後。
そう、自分から知りたいと言っておきながら話の途中で寝てしまうという失態……!
「気にする必要はないといったでしょう」
「それでも後は引きずるものなんだよ……」
どこかばつの悪そうな顔でアーシュが窘めてくる。きっとわたしは納得のいかない顔をしているんだろう。たしかにアーシュ本人は気にしてないみたいだけどここで綺麗さっぱりなかったことにしてしまうなんて器用なことはできないんだよ。
あの時はたしかに、落ち着いた声とか人の温もりとか優しく頭を撫でる手とかどこか安堵したような雰囲気とか、眠りに誘う要因はいっぱいあったけどそれでも本当に寝てしまうなんて自分を許せない。アーシュは許してくれたけど他の人だったら関係に亀裂が入ったかもしれない。
「ほら、残りの特殊スキルの練習しますよ」
アーシュがわたしの意識を逸らそうと話題を変えてくるけど頭の中はさっきの失態でいっぱいでどうにもその気になれない。後悔とも恥ずかしさともつかない微妙な気持ちを持て余して悶える。アーシュはそんなわたしの痴態を眺めながら思案顔。ごめんねアーシュ、心配かけて。でもこのままだとわたしの気が収まらないんだよ。
だからといって自分で自分を罰するのはアーシュが許してくれた事実がある以上却下、何かするならアーシュの利益になるものがいい。
「うーん……」
「ヤクモちゃん?」
…………よし、これにしよう。
思考のために俯かせていた顔を上げアーシュの目を見て話す。
「アーシュの言うこと聞く」
「え?」
「迷惑をかけた代わりに、アーシュの言うことをなんでもひとつ聞く」
考えてみればわたし今自分の身一つしかないしこれしか出せるものがないってことでもあるんだけどさ。内容もなかなか罰ゲーム的だし、どうかな?
「なんでもですか?」
「なんでも」
怪訝な顔で確かめてくるアーシュに真面目に答える。
たとえ火の輪潜りをしろといわれたって確実に実行してみせるよ!
「……私は許したのですから罰なんていらないと思うんですが、ヤクモちゃんがそれで納得できるなら何か考えておきます」
アーシュは仕方ないなあとでも思っていそうな顔で了承してくれた。
「ひとまずこの話は終わりです。スキルの練習に戻りますよ」
「分かった」
その後一旦【叡智の書庫】に帰るということで転移門を開いたんだけど、門を通るときにアーシュが口を開いた。思わず漏れてしまったって感じだった。
「……なんでも……ですか」
小声ではあったけどどこか楽しそうなアーシュの声はやけにはっきりとわたしの耳に届いた。
……早まったかな。
なんてわたしに思わせるには十分だったけど錯覚ということにしておこうと思う。
● ● ●
本を探して戻ってきたアーシュはそのまま【書庫】で説明を始めるつもりのようだ。
「練習してない特殊スキルは残り三つ。ですが残ったスキルは実践する必要はありません。ただ知識として知っておくだけで十分でしょう」
「そうなの?」
実践しないなら暴走の危険を考えて【倉庫】に戻る必要はない。けどそれってどんなスキルだろう。
「まず一つは「予習」済みのもの」
【開架:叡智の書庫】のスキルだね。あれはスキル名を唱えるだけでいい、というか神の領域関連で世界任せの発動しかできない。スキルの習熟練習をしても意味がない。そもそもまだアーシュに封印されてるままだし、スキルの練習が終わってもしばらくはここにいるつもりだから今すぐ使う必要もない。
え? 逃げ出そうとしてなかったかって? ……そんな昔のことは忘れました。あの頃のわたしはわがままだったのです、今は現実を受け止めているし女の子の体にも慣れました。
そんなことより、今はスキルの説明を聞かないと。
「もう一つはいわゆるパッシブ……常に自動発動している類のものです」
たしかにそれなら実践する必要はない、というかしようがない。うまく使えるようにどんな効果なのか知っておくだけで十分だろう。
「最後の一つは、今のあなたでは使用に耐えられないものです」
使用に耐えられない? 特殊スキルは世界からの補助があるから暴走するしないはともかく発動だけはどんなときでもするはず。耐えられない例なんて聞いてない。例外的なものだろうか。
アーシュが真剣な顔で渡してくる本を両手で受け取ってページをめくる。
―――――叡智の書庫:情報表示―――――
【混沌の器】
その器には世界の全てが入っている。
使用に耐えられないスキルらしい【混沌の器】。たしか称号にも同じ名前のがあった。
そのスキルの説明は説明になっていない、よく分からないものだった。
世界全ての知識があるという【叡智の書庫】の本なのに全く分からない。いや正確には何が書いてあるのか全く読み取れない。今までのは読む人に合わせるのか全部日本語で書かれていたというのに。
「……すみません、制限がかかっているようですね。【叡智の書庫】に神族以外が立ち入るなんて初めてのことですからこうなるとは知りませんでした」
そういえば【開架:叡智の書庫】のスキルを予習したときにそんなことが書かれていたのを見たかもしれない。あのときは使い方にばかり注意が向いていてぼんやりとした記憶だけど。
でも今までわたしは制限がかかった本は見たことがない。この本の内容はそれだけ重要なものということなのだろう。人間には見せられないくらい。
そうなると一つ予想ができた。わたしが読み取れない説明が書かれている【混沌の器】のスキルは人間の外にあるものということだ。つまり。
「そう、私達側のスキルということです」
「……それなら使用に耐えられないっていうのも分かる」
人の身では神の権能は扱えないとそういうことなんだろう。使えないのにわたしの特殊スキルとして存在するんだね。細々した理由はいろいろありそうだけど、大本の理由はもう考えるまでもないんだろう。
「神様スキルが手に入るなんてわたしは幸運だね……」
「その一言で済ませられる問題じゃないんですけどね」
困ったように俯きながらアーシュが言う。
うん、アーシュがそんな顔をしてるのを見て確信した。
何事もほどほどが一番だと。
「一応聞くけど、今のわたしが【混沌の器】を使ったらどうなるの」
「断定はできませんが、人格崩壊を起こして『スキルに使われる』状態になると思います」
「……ぎりぎり、部分的に発動とかできたりしない?」
わたしの控えめな問いにアーシュは呆れたような顔をした。アーシュにそんな否定の視線で見られたのは初めてかもしれない。うぅ、そんな顔しなくてもいいじゃんか。魂崩壊一歩手前まで追いつめられた過程で手に入れたものだもの、なるべく無駄にはしたくない。
諦めきれないわたしは少し縮こまりながらも目線だけ上げてアーシュを見る。
彼女は一瞬喉に何か喉に詰めたような反応をした後一転して真剣に悩み出した。どうやらわたしの提案を検討はしてくれるらしい。アーシュ優しい。
「……制限か、編集……彼女ならあるいは……」
アーシュはわたしの顔を見たり俯いたりかなり悩んでる様子だったけど、最後にはこう言った。
「私一人では判断できないので相談に行ってきます。もう一つのスキルのほう、自習しておいてください」
そのままわたしに本を渡して、アーシュは空間を揺らして転移していった。
それを見送り、ふと声が漏れた。
「あー、そういえばまだ一つ残ってたね、説明されてないの」
【混沌の器】のインパクトのせいですっかり忘れていた。渡された本はそれについて書かれているんだろう。実践する必要はないスキルだし、せめてしっかり読み込んでおこう。
―――――叡智の書庫:情報表示―――――
【魔導機関〈Vital Note〉】
異世界転移の影響で魔道具化している微細な機械群が身体機能を補助する新器官を創り出した。
自己再生能力、環境適応能力が大幅に向上する。魔力を用いての身体強化の効率が上がる。
負傷時に【自己診断】が行われる。
【Vital Note】
Note社が開発した医療用ナノマシン。異世界転移の影響で魔道具化している。
主に血中に入り込み内側から身体機能を補助し自己再生能力を強化する。
宿主の魔力を吸収して自己修復するため耐久限界はないが体外に除去されるとスキルは消失する。
……あれ? ファンタジー世界に似合わない文字列が見えた気がする。
8/23 誤字修正しました。
4/10 英字を半角にしました。