11 特殊スキル実験編
【倉庫】は今、非常に混乱していた。
異形の化け物が辺りを闊歩しながらも、その横では神聖さを感じさせる黄金の炎が燃え上がっている。中には明らかに邪悪な見た目をした骸骨の龍が牙に黄金の炎を宿らせて、混ざり合わない黒金二色のブレスを吐いているやつもいる。神聖に燃え上がった自分の武器を肩に担いで、炎の余波で浄化され消えていった鬼もいた。
天国に地獄の住人を住まわせたようなあまりにも混沌とした景色に、実行犯であるわたしも協力者であるアーシュも何も言えないでいた。
わたしの特殊スキルの効果だけど別に暴走したわけじゃない。ちょっと組み合わせが悪かっただけで。
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【聖炎融合】
特殊付与魔法。癒しと浄化を司る聖炎を対象に付加する。
聖炎を付加する時間、聖炎の強度等は使用した魔力量によって変わる。
【煉獄解放】
特殊召喚魔法。一時的に煉獄を支配し現世に召喚する。
煉獄を支配する時間、召喚する範囲等は使用した魔力量によって変わる。
もともとちょっとした実験だったんだ。
【空間征服】とか【瞬間錬成】とかと違って、どちらかというと通常スキルに近かった上二つのスキルを使いこなすのにさほど時間がかからなかったからつい遊んじゃったんだ。
【聖炎融合】は付加するものこそ特殊な聖炎だけどそれ以外は通常の付与魔法と変わらなかったし。
【煉獄解放】も召喚するものこそ広大な煉獄だけどそれ以外は通常の召喚魔法と変わらなかったし。
習得するのが簡単だったから余裕ができちゃったんだよ。
あ、二つのスキルがしょぼいとかいうわけじゃないよ。聖炎は神力の一部を変換させたもので神の加護とほぼ同じものだし、煉獄は神様たちすら恐れる世界だ、処刑場として使われることもある。それを操れるんだから相当なものだ。
で、アーシュから聖炎や煉獄についての逸話を聞くうちに、本来ならこの二つは相反するもので共存できないはずなのに同じ人物のスキルとして存在しているなんてすごいですねって話になって。
段々と明らかになってくる自分のチートっぷりに開き直ったわたしがどうせならもっと直接的に共存させてやろうと【煉獄解放】に聖炎を付加して召喚しちゃったのが今の惨状の元凶というわけだ。
そして、それだけで終わっていたならまだよかったかもしれない。
【聖炎融合】も【煉獄解放】も使った魔力が切れたら勝手に終了する。本来なら時間経過でどうにかなる問題だった。
でもそこでアーシュが言ったんだ。「どうせならこれも練習に組み込みましょう」って。
後で聞いたら普通見られない光景を見て興奮していて、もう少し見ていたかったと白状した。
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【永遠を紡ぐ者】
世界に干渉し、永遠を紡ぐ。
本来一時的なものを永続化させる。
これだけだとよく分からないけど具体的に言えば、五分だけ持続する支援魔法をかけたとしてそれに【永遠を紡ぐ者】を重ねがけすると永遠に持続する支援魔法になったり、もうすぐ涸れる井戸があったとしてそれに【永遠を紡ぐ者】をかけるとなぜか涸れない井戸になったりとそういう効果だ。魔法を持続させる魔力とか、井戸に供給される水がどこから来るのかは世界がうんぬん言ってたけどよく分からない。とりあえず永続化させるんだと覚えた。
そしてこのスキル、今まで以上にイメージ力が必要だった。
例えでは涸れない井戸を出したけど、それをわたしはありえないものと思ってるから実際にはできないだろうし、わたしが少しでもその永遠を疑ったら発動しなくなると思う。
逆に言えば疑いもせずイメージもできるなら永久機関とか老化しなくなるとかそんな無茶なことも可能になるはず。今はまだ無理だけど、ファンタジーな設備に触れるうちに永久機関くらいならイメージできるようになるといいなあと思ってる。
閑話休題。
【永遠を紡ぐ者】の将来的なビジョンはさておき、これがとても扱いにくいスキルであることは自明の理。それなら「永遠じゃない」対象がいっぱいいるうちに練習してしまいましょうと、アーシュの提案はそういうことだ。
わたしにはアーシュの提案を蹴るような意識はすでになかったからすぐに実行に移してしまった。
イメージはそれほど難しくもなかった。今まさに実体化している煉獄やそこの魔物、燃えさかる黄金の炎の勢いががずっと続くように思えばいいだけ。むしろ魔力を失ったらすぐに消えてしまうことのほうが理解できてない。
最終的にイメージのために集中する必要もなくぽんぽん発動できるようになってきたところでかける対象がいなくなった。アーシュのところに戻ってスキル発動がうまくなってきたことを褒められた後で、ふと疑問に思ったわけだ。
「あれ? 【永遠を紡ぐ者】ってどうやって解除するんだろう?」
アーシュの顔も見事に凍った。とても珍しかった。その反応でこの後どうすればいいのか手立てが何もないのも分かった。煉獄の魔物たちはそんなわたしたちの様子を省みることなく自由に過ごし(わたしが支配しているはずなのに)挙げ句の果てに勝手に進化なんかしちゃったりして、場の混沌具合は酷くなっていくばかりなのだった。
……回想終了。
今までを振り返ってみたけど解決策が何も思い浮かばない。勢い任せの失敗例だねこれは。
「……ほんとどうしようこれ」
まあ実際誰もいない世界だから放置でも問題ないといえばないんだけど【倉庫】としては使えなさそう。
「しかたありませんね」
溜息を吐いて前に出るアーシュ。その姿が微妙に揺らめいて神力の光を放つ。
「〈神力を使用、事象の改変を開始。項目名『時間遡行』を発動〉」
一瞬目の前が真っ白になり、次に目を開けたときには【倉庫】にはもう煉獄も聖炎もなかった。何もかも元通り。何が起きたのか分からず呆然とするわたしに声がかけられる。
「神様権限で元通りです。今回はわたしも悪かったですからね」
「……アーシュ?」
「はい、そうですよ」
隣にいたのはわたしと似た顔をした狐耳の少女ではなく、金髪碧眼の神話にでも登場しそうな美しい容貌の女性だった。
「こちらが私の本来の姿です。神力を使用するときには戻らないといけないんです」
どうやら容姿のコピーは一時的なものだったよう。神力が浸透している状態だとコピーが解けてしまうそうだ。コピーは何回でもできるから別にデメリットというほどのことでもないらしいけど。
今の容姿は十二分に綺麗で美しいし、どちらかというと幼めでかわいい系に入る私の容姿を無理にコピーする必要はないと思う。
「いやです。ヤクモちゃんのお姉ちゃんになりたいんです」
そんなこと言われても……。
「それはまた後で話すとして、今は話を戻しますよ」
話題は流されてしまった。わりと個人的には大事な話なんだけど……まあ今はそれよりもさっきの反省が必要か。
それでいろいろ話し合った結果【永遠を紡ぐ者】が解除できないというのは問題だということになって、アーシュが神様権限で【永遠を紡ぐ者】の詳細を弄ってしまった。壊れかけた魂に異常は出ないのかと疑ったら、【書庫】の知識のほうを編集してそれを世界にフィードバックするからわたしを弄るわけではないそう。
【書庫】の編集は面倒な手続きを踏むんじゃないかなと思ってたけどアーシュは「すぐに戻ってきます」って言ってだいたい十分くらいで戻ってきた。
「いくらなんでも早すぎるんじゃ……」
あ、アーシュが目を逸らした。
「ヤクモちゃんは心配しなくてもいいんです。普段私に自分のわがままの後始末をさせてるのが悪いんです、私だってたまにはわがまま言っても許されるはず。それで彼らが書類の山に埋もれていようと私は知りません」
最初の一文以降は小声だったけどわたしに聞かせる気はあったようでしっかりと耳には届いた。
それにしてもアーシュはかなり無茶をしてるんじゃないだろうか。わがままとか言ってるし。
でも……それを押し通せるだけの地位にはいるってことだろうか、それとも神様たちはみんな平等な立場だからわがままも許されるとか?
永遠になった煉獄や聖炎も一瞬で消してしまうし実は格が高い神様なのかもしれない。神様としては普通のことなのかもしれないけど。
「もういっそのこと、狐耳のほうを本体にしてしまいましょうか……」
「ねえアーシュ?」
――あなたは…………
「? どうしました?」
金髪碧眼の――本来の姿のアーシュは見た目こそ違うけどわたしに語りかける声とか仕草は何も変わらなくて、彼女のことを知っているようにも何も知らないようにも感じさせた。
「んー。いや、なんでもない……」
何を言おうとしたのか自分でもよく分からなかった。
ただ、今じゃなくても、このとき言おうとしたことを言わなくちゃいけないとは思った。
その後は【永遠を紡ぐ者】の詳細に「永遠を解除することもできる」の一文が追加されたのを確認して。
「仕事をしたので疲れました。少し休憩しましょう」なんて言って後ろから抱きついてくる、狐耳少女に戻ったアーシュに付き合いながら、ずっと彼女のことを考えていた。