1 始まり
友人に見られたら見る目が変わりそうだな
と思いつつ。
趣味に走った作品ですがよろしくお願いします!
「どう考えても欺されたんだろ、おまえ」
「そうかなぁ?」
リビングで夕食を食べながら今日の出来事を話してみたけど、即答で否定されてしまった。他を見ても同情めいた視線や呆れたような溜息しか返ってこない。思わず首を傾げてしまった。
もう十年を超える付き合いになる幼なじみは聞き分けの悪い子供を諭すような雰囲気になって、その端正な顔を僅かに顰め話を続ける。
「夜雲、よく考えろ。おまえが今右手に付けてるその紐が五千円もするような高級品に見えるのか?」
「さっき説明しただろ紅樹。捻れあざなわれたこの紐は、交互に来る幸不幸を象徴した運勢向上のラッキーアイテムなんだよ」
まさしく「禍福はあざなえる縄のごとし」というわけだ。これを身につけるだけでどんな不幸も幸福に変えることが出来る魔法のアイテムなのだ。
俺は赤と青の二色で作られた紐を自慢げに掲げてみせる。紅樹は一瞬諦めの表情を浮かべてもう一度口を開こうとしたが、その前に対面に座るもうひとりの幼なじみが声を上げた。
「でもそのことわざの通りだと、幸福も不幸になっちゃうよねー」
「……あれ?」
そういうことになる……のか? 幸福も不幸になっちゃう?
いやまてまて、そんなことはないはずだ。あれは最終的に馬が二匹に増え息子も戦争に行かなくて済んだというハッピーエンドだったはずだ。つまり結局幸福になる。……ん? これは違うことわざだったかな。
じゃあやっぱり幸福も不幸にしてしまう呪いのアイテム?
「……それ以前に、蒼華はどうして口に出してないことわざについてコメントできるんだろう?」
「勘かなー」
「あざなった紐、交互に来る幸不幸、これだけあれば連想するには十分だろ。それに蒼華の勘の鋭さは今に始まったことじゃない」
まあそうなんだけどさ。昔から蒼華は勘が鋭かった、中二時代の恥ずかしい脳内モノローグに突っ込めるくらいに。ピンク色の妄想を感じ取られて頬を赤らめられるくらいに。
…………なんだかちょっと死にたくなってきたな。
「死んでも何も解決しないよー?」
「止めて! これ以上俺の心を辱めないで!?」
やっぱりおまえ読心能力者なんだろ!?
「おいおいおまえら、話ずれてるぞ。夜雲の現実逃避に付き合ってないでいいから現実を教えてやれ」
色々な意味で心の中がぐちゃぐちゃになった俺は心のシャッターを閉じて自己防衛したかったのだけど、どこか冷ややかな声に正気に戻される。
声を発したのはリビングにいる最後のひとりでこの家の主、楠葉従姉さんだ。幼気な従弟を睨みつけるその様は教師と言うよりもむしろヤ……いえなんでもないですはい。
固まった俺を好都合と見たのか、紅樹がひとつ咳払いをしてこちらを見据える。
「夜雲、おまえの幸運アイテム収集癖は今更どうしようもないだろうから何も言わないが……そんな簡単に『本物』は手に入らない。それは偽物だ」
「くっ……」
「夜雲の素直さ、わたしは好きだけど……悪く言えば単純だからねー」
「う……」
「もう少し頭を使って生きるべきだな」
「ぐはぁ……」
三方向から伝えられる真実に俺はもう椅子に座っていることすら出来ず、床へとエスケープした。
自分でも行儀の悪い行為だとは思うけど、すでにもうみんなの興味は夕食に移っていて注意すらしてくれなかった。なぜだ、もう見慣れた光景だとでも言う気か。
ま、そうなんだけどさ。週三くらいのペースで俺は幸運アイテム買ってくるし(大抵偽物扱いされてしまうが。今のように)蒼華の「勘かなー」のセリフの次くらいにはこの家で多く見られる光景だ。
これ以上寝ているとかまってちゃん扱いされそうなので大人しく席に戻り夕食を再開する。視界に入る三人はいつも通りで、この状態にも慣れたなぁと一ヶ月前を懐かしく思った。
一ヶ月前、地元から離れた高校に入学した俺を待っていたのは自由気ままなひとり暮らしではなく、賑やかな共同生活だった。俺(の単純さ)を心配した両親が掛け合って社会人の楠葉従姉さんの家におじゃますることになったのだ。楠葉従姉さんは俺の入学する高校の教師をしていて、部屋数の余っている一軒家に住んでいるのでちょうど良かった。なぜそんな大きな家に住んでいるのかは知らない。
初めは渋っていたらしい従姉さんだけど、俺と同じ高校に合格し、ちょうどいい住居を見つけられなかった幼なじみの双子も一緒に住みたいと言い出すと態度を急変。使ってない部屋の掃除どころか部屋の大幅な模様替えまでして俺達を迎えてくれた。
楠葉従姉さんは昔から双子に甘いからなあ。特に紅樹のほう。俺と違って頼りがいがありそうだとか。
ちなみに俺は小さい頃に「妹のほうが良かったな」と言われ女装させられたことはある。成長するにつれ女顔でもなんでもなくなった今では興味をなくしたらしいけど。扱いが違う。
閑話休題。
そんな風にして始まった共同生活は、最初は慣れないものだったしいろいろとハプニングもあったが今では懐かしい思い出だ。
「一ヶ月で『懐かしい』は早いと思うなー」
「ちょっと良い気分だったんだから止めてよ!?」
● ● ●
夕食を食べ終わったら後片付け。
家の主たる楠葉従姉さんには休んでいてもらって、学生三人で後片付けをする。
「夜雲はリビングとかの掃除な」
「お皿洗いはわたしがやっておくよー」
「紅樹は?」
「風呂沸かしと洗濯」
いつも通りささっと担当を決めて動き出す。夕食後ののんびりとした空気ではあるけど早く終わらせないと楽しみにしているドラマが見れなくなってしまう。急いで掃除を終わらせる。毎日掃除しているのでそんなに時間がかかるわけではない。
蒼華の皿洗いが時間かかってるみたいなので手伝いに行く。
「夜雲は手伝わなくていいよー」
「いや、でも……」
「お皿割っちゃうでしょ?」
「…………」
いや、やらないと上手くならないと思うんです。そう、これは将来のための練習なんです。
結局は、手伝おうとして余計時間をとらせるわけにもいかないので、洗い終わったものを棚に戻していくことに(濡れてない皿を落とすようなへまはしません。さすがに)。
「ねぇ夜雲」
「ん?」
「夜雲は今、幸せじゃない?」
「は?」
皿を洗い終わり水の流れる音が聞こえなくなったころ、蒼華が突然そんなことを聞いてきた。その雰囲気はどこか暗く、いつものゆるい空気は薄いように思った。
「どうした、急に」
「……どうしてそんなに幸運アイテムを集めたがるのかなって」
俺がしょっちゅう幸運アイテムを持ってくるのは、俺が不幸なのを何とかしようとしているからだって思ったのか。
それははずれだけどな。
衣食住揃って、頼りになる友達もいて、悩みもない。
これで不幸だって言うやつがいたらぶん殴ってやるしかないな。
「俺は今幸せだよ」
「じゃあなんで……」
「幸運アイテムを集めるのか、か? うーん」
はっきり言ってこれといった理由があるわけでもない。ただなんとなく、幸運はあったほうがいいかな、なんて考えてるだけだし。紅樹の言うとおりもう癖になってるのかもしれない。
「……まあ、ないよりはあったほうがいいだろ」
「そういうもの?」
結局蒼華に語れるほどの理由が見つからず、何とも曖昧な返答になってしまった。受け取った蒼華も微妙な表情をしている。
少し暗い雰囲気は気になるけどそこまで真剣に悩んでいる訳でもなさそうだし冗談めかした口調で流してしまおう。
「もし余ったら蒼華にも分けてやるよ」
蒼華は一瞬、確かめるような目線を俺に向けた後いつもの笑顔になって続けた。
「偽物の幸運をもらっても嬉しくないかなー」
「……いや偽物じゃないから。効果あるから」
信じるものは救われるんだよ!
最後の皿を片付けたとき、ちょうど時計が鳴った。ドラマの始まる時間だ。
そそくさと台所から出ようとしたとき、蒼華に呼び止められる。
「ねぇ夜雲ー?」
「今度はどうしたよ?」
蒼華は俺の手首に付けられた、赤と青の二色で作られた紐を見ながら言った。
「なにか幸せなこと、あるといいね?」
「ああ、そうだな」
書けば書くほどうまくなることを信じて頑張りたいと思います。