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時を駆けた老人  作者: 源田京司
初章 異世界ヒッチハイク・ガイド
9/14

八話 迷宮へ行く前に



 大人気ない(精神的には)老人、ハルの苛烈な攻撃により泣き出してしまった冒険者組合の受付、ココノは。


「あ゛ーっ!! あ゛ぁぁぁぁん!!」


 現在も泣き続けている。


(これはいかん、さっきから感じる周囲の目も白い。どうにか宥めねば……!)


 冒険者組合の支部の受付、その窓口の仕事のためか、見た目は少々幼くともココノの容姿は整っている。お世話になったという人や、彼女の容姿や朗らかで快活なところに惚れた、という輩も多いのだろう。

 どう考えても異常な量の武器の投擲や弓による射撃をしたハルに対して訓練場にまばらに居た人達も「ココノちゃん泣いてるぞ…」といった困惑する声や「あのガキが泣かせたのか?……絞めるか」といった不穏な発言も小声ではあるが、確かに当事者であるハルの耳に届いていた。一方「ココノちゃんの泣き顔、フヒィッ!!」といった危なげな呟きも含まれていたが、そこは気にしておくべきではないだろう。

 早く泣き止ませないと面倒事になる。そう思った彼はとりあえず彼女の近くに行こうとしたが。瞬間、頭部に軽い衝撃と小気味良い音が響き、怒声が張り上げられる。


「この馬鹿っ!」


 ヨルの声である、同性を泣かせた事に腹を立てているのだろう。いつの間に取り出したのか、武器が入っていた箱の中からハリセンを持ち出している。さしものハルも使えないと思い放置していたのだが。それを使ってハルの頭部を殴打したのだ。音は派手だが、力加減が上手なのか大して痛くはなかった。


「何女の子泣かせてるのよこの馬鹿っ! ちゃんと謝ってきなさい!」


 その怒号、まるで悪ガキに対するオカンの如しであった。


「ぬぅ、古典的なツッコミだのう。だがヨルよ非難するのはわかるが、とりあえずはちょっと待っとくれ」

「何よ!」

「うむ、うむ。謝ってから泣き止ませて来るのでな。むしろ、笑顔にしてみせようぞ」


 キメ顔でそう言い放ち、足早にココノに近づき。宥めようとはするが。


「ココノ、ココノや、ちょいと落ち着いてくれんか?」

「う゛ぁぁぁぁぁぁ! あ゛ーっあ゛ー!! あ゛ぁぁぁぁぁぁ!!」


 更に泣き声が大きくなる。泣かせた原因が近づいても逆効果だ。


「仕方あるまい…」


 そう呟き、自身の懐からおもむろに何か取り出す。


「四十四ある宥め技の一つッ! 裸婦銘菓ラフ・メイカーッ!」


 いつの間にどこから持って来たのか。ハルは小さな鏡を取り出し、ココノに突きつけてこう言った。


「お前さんの泣き顔笑えるぞ」

「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「いかん! 悪化したッ!」

「当たり前でしょ!?」


 年頃の女性が急に自分の泣き顔を見せられ、更には笑えるとまで言われたら…。 正直なところ、ただの追い撃ちでしかなかった。これには誰もが苦笑いである。







* * * * *







「ひっく……だ、だって。ハルが……ひうっ」

「すまぬ…すまぬ……」


 現在平謝りしているハルの追い撃ちの後、ヨルがココノをどうにか宥めすかし、ようやくまともに会話できるまで泣き止んでいた。しかし依然として周囲の見物人の目は白い。

 泣いてしまった理由を聞いた結果。結局のところ、見えない所から殺意の篭った攻撃が飛んできてパニックを起こし、その後ハルが更に近づいてしまったので怖くなって泣いたとのこと。


(居心地が悪いのう、いや、自業自得なのだが)


 冒険者組合の受付というものは、本来であれば荒くれ者や人の命まで軽んじる金の亡者達を諌めなどする、目先の金に釣られた強盗などが押し入った場合によっては制圧を行うため、腕っ節も必要とされる。

 実はココノもまた、若くして冒険者を経て、この国の冒険者組合支部長にスカウトされ受付員に就職したという経歴を持つのだが。魔物どころではないハルの尋常一様ではない殺意と攻撃に晒された結果、こういった結果になったのだ。

 彼女の容姿も整っており、尚且つ元冒険者なので顔が広く、裏表のある性格ではない。その結果、彼女には男女問わずファンがいる。そしてそのファンにとってのアイドルを泣かせたハルに殺意の波動が向けられるのも仕方がない。


「こ、今度、たくさん飴ちゃん買って来るゆえ、許しておくれ…」

「ほんと!?」

「うむ、本当だ。そのためにちょっと迷宮に行って小銭を稼いでくるからのう、少し待っておれよ。」

「うん! がんばってね!」


 飴を引き合いに出すだけで泣き腫らした目を輝かせるココノ。


(チョロいのう…少し不安だ)

(チョロすぎないかしら?)


 知らないおじさんについて行きそうな彼女に二人揃って同じ事を考えていた。

 その後、ココノが不審者に捕まらないかどうか、などと思案しつつ、訓練所を離れたハルだが。


「しかし迷宮か、場所がわからんな」

「その前に登録証貰ってないじゃない!」

「あっ」

「あんたボケてるの!?」

「ボケてはおらんよ、全然ボケとらんよ」


 多少物忘れが激しいだけなのだ。








* * * * *







「さて……」


 冒険者組合から出たハルが、仕切り直しと言わんばかりに言葉を零す。冒険者組合の登録証もしっかりと発行されたが、流石にココノに何度も顔を見せるのは気まずかったのでヨルに取りに行ってもらい、無事に組合証を手にすることが出来た。あとはフェンリルから個人証明証を受け取るだけ。というところで後ろから声が掛けられる。


「随分、時間が掛かりましたが、無事に登録できたのですね」

「む?」


 神出鬼没型狼系メイド(らしきもの)の、フェンリルが背後に立っていた。見れば何らかの鞄らしきものを持っている。


「おぉ、お前さんか。どうにか登録できたがのう…。うんまぁ、よかろう。」

「揉め事を起こしたそうですね、しかも女性を泣かせたとか」

「何故お前さんがそれを!?」

「うふふ、さて、私はまだ用事が残っておりますのでこのまま出発しますが、ハル様とヨルはこのまま迷宮へ向かうのでしょうか?」

「そのつもりだがのう、場所がわからんでな」

「でしたら迷宮までの地図と個人証明証、そしてこの鞄をお持ちください」


 差し出された地図と個人証明のカード、そしてやたらと軽い鞄を手渡される。


「これはすまん、ありがたやありがたや」

「この程度、些末事ですよ。それでは、行ってまいります。ハル様もお気をつけて、もし蛇を相手にするのが億劫になりましたら、心の中で私をお呼び下さればいつでも会話できますので」

「んなっ! 何で一々喧嘩売ってくるのよ! この駄犬!」

「最早何でもアリだのう」


 さらりとヨルに喧嘩を売り、荷物を手渡せば。フェンリルはあっという間に人ごみに紛れて見えなくなる。しかしこの軽い鞄は何なのだろうか。


(それは次元連結鞄という物です、中には武器・防具・回復薬・食事などを入れておきましたので、気兼ねなくお使いください。鞄の中に入っているものは地図の裏に書いておきました、後で紙を確認せずともいいようにしておきますので。今はそれで凌いでくだされば幸いです)

(なんか慣れてきたのう、この脳内会話)

(心の声が聞こえるのですから、隠し事は出来ないのでご注意を)


 耳朶を介せず聞こえるフェンリルの声。もしかして、ココノを泣かせたことを知っているのも心の声がダダ漏れだからではないだろうか。


「何ボーっとしてるの? 早く行きましょ」

「そうだのう」


 プライバシーについて少々考えていると、ヨルに急かされる。

 何だかんだ迷宮に行くのが楽しみなのかもしれない。急かすヨルを微笑ましく思い、返事を返し迷宮へ向かう。億劫になるなどとんでもない、これはこれで楽しいものだと考えるハルであった。



______これが最後の時になるとも知らずに_____




(おい、急に不吉な事を言うのはやめよ)

(うふふふふ)




 本当に、退屈しなさそうである。



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