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時を駆けた老人  作者: 源田京司
初章 異世界ヒッチハイク・ガイド
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五話 最初の食事


「待たせたな、メシが出来たぜ」


 いつの間にか、貞操かそれとも命の危機かに晒されていたハルだが。いい匂いのする皿を持ってきたクロコの姿を見ると。


「まずは飯を食おう、最後の晩餐かもしれんし……」


 諦観から来るものだろうが、不吉なことを呟きつつ。テーブルの上に並べられていく食事を楽しむことにした。


 クロコ氏いわく「ウチは食事にも自信があるんだが、不思議と客が来ねェんだよなァ…何で客が来ねェんだろうな?」といったことを笑顔で語っていたが。大きなワニさんが宿の店主では。


(寝てる間に喰われるかもしれないのは誰だって泊まりたくないだろうに)


 そうハルが思うのも仕方の無いことだった。

 ちなみに、クロコの笑顔は捕食者っぽかった。命の危機を感じる。


 ここ、坩堝の世界では坩堝というだけあって様々な物が誰が持ち込んだかもわからないが多様に存在していた。

 主食はパンも白米もあれば麺類もある。この世界の食事処はさながら多国籍料理店の様相を呈していて、日々料理が開発・改悪・改変されていた。食器の類も様々な種類があるようだ。


 (中々豪勢だのう!)


 ハルの前に出された皿にはこぶし大の白い蒸しパンに似たものがキツネ色になった物が山のように出されていた。他にもサラダや、コンソメスープもあり、中々の量である。


「冷める前に食ってくれよ、おかわりも用意するから喉に詰まらせるなよ?」


 ハハハッ! と快活な笑いを飛ばすクロコへの感謝もそこそこに、食事に早速手を伸ばす。


(この蒸しパンは揚げておるのか! 中国の包のようだのう)


 ハルが一口パンを噛むと、揚げ物特有の軽やかな食感と同時に(恐らくは)豚の三枚肉から甘みのある肉汁(人肉ではないと信じたい)が口を満たす。甘辛い味に味付けされたそれは、同じくパンの中に入っていた火を通しすぎていない葉物野菜と大根らしきものが油でクドくなるのを抑えている。


 このパン、見た目は同じなのだが一つ一つ中身が違うようだ、あっという間に胃の中に消えたパンを惜しむように次のパンを口に運べば。中から火傷しそうなほど熱いチーズとキノコ、数種類の香草が舌を楽しませる。


 また、生野菜のサラダを口に運べば、ソースもドレッシングもかけられてはいないが、噛めば噛むほど瑞々しい野菜が口の中を洗ってくれるかのようで、何もかけられていないからこその野菜の甘みを実感できた。


 その後コンソメスープを飲めば、澄みきった優しい味が暖かく口の中を通り、更に次のパンを求めさせてしまう。


(料理に自信があるというのも納得だのう、しかし野菜とかは地球と同じなのか、見た目が同じなだけか…? 見たことの無い草もあったしわからんのう)

(基本的には地球と同じですよ、ですが、そうでない毒草も薬草も存在しておりますのでご注意を)

(またも直接脳内に…!)


 銀髪の侍女狼は視線を食べ物だけに向けて、テレパシー的なサムシングを飛ばしてくる。彼女の手と口は忙しなく動いているので、恐らくは喋る時間すら惜しいのだろう。


 一方、ヨルはといえば。


「んっ、んぐっ」


 口の前に食べ物を運んだと思いきや、手元から食べ物が消え失せたと思えばいつの間にかリスのように口が膨れ、そのまま、丸ごと嚥下している。どう見ても蛇の捕食である。パンを捕食する彼女の表情は食べ物を必死に詰め込もうとしていると見え、一心不乱なその様は不思議と微笑ましい。


(蛇か!? あっそういえば元は蛇だったか)


 傍から見れば奇妙であったが、所々笑顔になっているため。味は好みなのだろう、一回も咀嚼しているようには見えないが、たぶん。


「ごちそうさま、実に美味かったぞ」

「そいつはよかった、ってごちそうさま? ハル、お前って東の生まれなのか?」

「む?」


 そうこうしている内に食後となり、につい口から出たごちそうさまという言葉にクロコが反応する。

 そういえばいただきますとは言い忘れていたが、ごちそうさまとは言ってしまっていた。


「うむ、実は東の国から流れてきてのう。身分証などもこの街に来てから無くしてしまっておるので、この後『ぎるど』とやらで新しく発行しようかと思っとるのだよ」

「東からこの国までか、よくこんな西の方面に来る気になったなァ。しかしメイドのねーちゃんもいるし、ひょっとしてお前貴族の息子で、道楽で迷宮のあるこの国に観光しにきたとか? 服装は貴族っぽくねェけど妙なモン着てるし、俺はてっきり冒険者かと思ったんだが」

「わしは貴族ではないよ、駆け出し冒険者のようなものだ。フェンリル達とは…まぁ最近、ちょっとした縁で知り合いの娘を預かったようなものだよ、しかし迷宮とはなんだ?」


 不審に思われない程度に話を合わせ『迷宮』という聞き慣れぬ単語の意味するところをクロコに問うと。


「お前駆け出しでも冒険者なのに『迷宮』も知らねェでわざわざ東からこの国に来るってのも物好きだな。あー『迷宮』っつうのは、魔物やら罠が沢山の迷路のことだな。地上の入り口から地下に潜るんだがよ。これがまたご丁寧に階段があって、それを降りて深く潜れば潜るほど何故か『迷宮』の地形から広さも変わるし、魔物の種類も罠もえげつなくなるんだよ、罠なんか誰が置いたのかもわかんねェけど、宝箱もあるし、色んな財宝があるから冒険者なら一度入ってみる。って場所だな」

「ほぉー」

「暇な時に見学程度のつもりで探索に行ってみたら面白いんじゃねェか? そこまで深い階層に行かなけりゃ死にはしねェだろうし、宿の料金は明後日の分まで貰ってあるし、気にすることは無いぜ?」

「そうするかのう……どうせなら身分証を作ったら、怪我をせんようにちょっと覗いてみるか」


 冒険や探検・探索といった言葉には男のロマンが多分に含まれており、精神的には老人のハルも。


(ダンジョン! そういうのもあるのか! この歳になっても新しいことを始めるというのは中々にいいものだのう!)


 まるで少年のハートであるようにワクワクとしていた。

 ハルが少年ハートになっている最中、フェンリルが口を開く。 


「ハル様、申し訳ありませんが私は身分証を発行した後に少々用事がありますので、迷宮に行く際はそこな暇人を連れて探索に赴いてください」

「ヨルがよいのなら二人で行くのも構わんが、用事とは?」

「うふふ」

「……………」

「うふふ」


 用事について答える気は無いようだ。






* * * * *






 身支度を整え、クロコに見送られつつ冒険者ギルドへ向かうハル一行。


「のう、道わかっとるのか?」

「問題ありません」

「大丈夫よ、犬なんだから鼻が利くんでしょ?」

「ぶち転がしますよ無駄蛇、略して駄蛇」

「無駄も余裕も無いのはかわいそうよねー、ゆとりが無いのって見ていて本当に哀れだわ」

「無駄しかないくせに随分と口が回りますね、その無駄口に回す栄養をを頭の方に少しでも分けたほうが良いと思いますよ」

「えぇー、何で二言三言で一触即発な雰囲気に。ちょっと仲が悪過ぎないかお前さん達」


 犬猿の仲、という言葉はあるが。二人の仲は狼と蛇であるにも関わらず良好とは言い難く。あれよあれよという間にどちらともなく喧嘩を吹っ掛けそのまま喧嘩を売買する。

 殴り合いにまでは発展しないので、たぶん、恐らくは、これはただのじゃれ合いのようなもので、本当は仲が良いのだろうと思い、ハルは歩いている大通りの周囲を見渡す。


「本当に色々な者が居るのう」


 彼が見渡す限りの人、人、人、かといってその中の全員がハル達のように完全な人型をしてはおらず。中には頭に猫耳を付けた男や女が居る。そういうものかと思えば犬の顔をした、制服らしきものを着ている者。とにかく様々な肌の色、顔や耳だけでなく、尻尾や羽を動かす者も居る。鰐族らしき者も居るようだが、ピンク色はしていなかった。


「いつぞやの『あめりか』でさえ人種の坩堝と言われていたが、これ程では…」


 ハルが転生させられた坩堝の世界、その名前は伊達ではなく。様々な文化・人種・思想などが入り混じる、混沌という言葉がよく似合う世界であった。神聖キルケス王国の城下町、地面は石畳であれども周りの民家などの家屋は建築様式も様々。統一感が無いということだけは統一されているかのように感じる。

 そんな中、ふと、自分が目にする文字も聞こえる言葉も理解している事に気付く。


(そういえばロキが言語技能をどうのこうの言っていたがこれの事か)


 見た目はホスト喋ればチャラ男、その正体は神。そんなロキが今の自分の肉体を恐らくは改造していた時に口走っていた単語を思い出し、納得する。


(口に出す言葉も勝手に翻訳されておるのだろう。クロコに通じておったし、恐らくは書くのも問題無いだろう。何もわからない状態よりはマシだが、不思議なものだ)


 見た目がアレでも神は神である。人智の及ばぬ不思議な技術でさえも自由自在なのだろう。

 短い時間だったが、神と語り合った、後半は何かおかしかったが、とにかくロキと語り合った事を思い出しつつ、横に広い建物の前でフェンリルが立ち止まる。


「到着です」


 聖キルケス王国の冒険者ギルドに着いたようだ。


「それでは、参りましょう」


 その声と共にフェンリルが扉を開く、それはまるで、ハルを新しい世界へ案内するように見えた。


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