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時を駆けた老人  作者: 源田京司
初章 異世界ヒッチハイク・ガイド
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二話 狼と蛇、または自己紹介の話



 穏やかな日差しの下、巨大な落雷で出来たクレーターの中でのた打ち回っていた少年がようやく人心地ついたのだろう。安堵の息を吐きつつ、座り込んでいた。


「しっかし、何が何だかわからんし、妙に体もだるい…どうしたものか」


 所々焦げているためか元は艶やかな色だった鱗を黒く変色させ、妙に香ばしい匂いを漂わせながら横たわる大蛇と。


「クゥン、キューン」


 片目から血を流しつつ、ゆっくりと近寄ってきたかと思えば。黒く湿った鼻先を擦り付けた後、目線を合わせるために伏せの姿勢をとり、こちらをじっと見つめて切なげに鳴いている。まるで犬のような事をする奇妙な銀毛の狼がいた。


「人の言葉でも喋れば楽なんだが、犬ではなぁ…」

『できますよ』

「ん、いかんなぁ幻聴か? 見た目は若くなっておるのに頭の中身は昔より酷くなっとったか、わしもボケかけておるのか…あぁ嫌だのう、あーやだやだ」

『幻聴ではありませんよ、聞こえていますね?』


 少年は「あー」と「うー」と唸りながら目の前の現実から頭を振り、現実逃避を試みていた。


『とりあえず、このグレイプニル……縄を外してください』


 しかしまわりこまれてしまった! 知らなかったのか、現実からは逃げられない!






* * * * *






 狼を縛っていた縄を解きつつ、人語を解する奇怪な狼に語りかける。


「最近の狼は『てれぱしー』を駆使するのか、ハイカラだのう」

『ハイカラ? どこぞのバンドの略ですか?』

「それ以上いけない」


 著作権などの権利の問題は老いても尚恐ろしいものなのである。


「この縄、あー『グレイプニル』とか言ったか? 解いても噛まぬだろうな?」

『大丈夫です、もう攻撃は致しません。解き終えたら少しの間、後ろを向いていていただけますか?』

「後ろからぱくり、なんて笑えぬのう…」


 縄を解き終え、不安を抱えつつも素直に後ろを向く。

 後ろを向くが早いか、その時、急に背後からの光が彼を包む。


「ぬおっまぶしっ」


 光に驚くのも束の間、さっきから頭の中に響いていた、聞き覚えの無い澄んだ声で背中の方から語りかけられる。


「お待たせしました」

「あぁ、貴重なタンパク源その一が…」

「疑問よりも食欲ですか、父の言うとおりの不思議な方ですね」


 基本、色気より食い気な見た目少年中身老人、弓削治臣だった。






* * * * *






「色々と説明して欲しいのだが、その前に自己紹介としよう。わしの名前は弓削治臣、まぁ、好きに呼んでおくれ。お前さんの名前は?」

「ハル様とお呼びさせていただきます。私はロキの子、フェンリルと申します。」

「ハル…か、それでよいよ、よろしく頼む。フェンリルお嬢ちゃん」

「はい、こちらこそ」


 「コンゴトモヨロシク」と悪魔召喚的なものを臭わせながら挨拶をする女性。

 年齢は十代後半か、落ち着いた雰囲気を加味しても二十歳そこそこに見える。容姿も佇まいも非常に整っているためか、恐らくはハルが蹴った際に損傷した左目を処置もせずにそのままにしているのだろうが、顔の傷を差し引いても恐ろしい程の美貌を保っている。

 白い絹のような肌の顔の内に秘めている表情筋は微動だにしていないが、それも彼女の肩の下辺りまで伸びた柔らかそうな銀髪と相まって見る者に雪や氷のような印象を与えるものの決してマイナスにはならないだろう。服装はロングタイプのクラシックなメイド服で、着こなしているため世に言う「できる女」オーラが出ている。

 見た目だけなら女子力おなごぢからが高そうだが、スタイル…主に胸、という名の山の標高はそこまで高くなかった。彼女の名誉のために述べるが、小さいわけではない。決して小さくは無い! スタイルは全体的に細身だが。尻はまろやかな曲線を描いている。靴は革のロングブーツである。とても良いと思う。メイド服とブーツの組み合わせは素晴らしい。万葉集にも詠われている。


「ロキの子ということはあやつが言っていた子供とはお前さんの事なのか、娘さんとは露知らず。手荒な真似をしてしまったことを詫びさせて欲しいのだが…」

「私達も殺そうとしていたため、気になさらないでください。眼もその内傷跡も残らず修復しますので」

「そういう訳にものう」

「でしたら、父から聞いているかもしれませんが、私達を娶ってください。キズモノにした訳ですから」

「あぁまた耳がおかしくなってしまったようだ。これはいかんのう、ゆっくり寝れば治るだろう、きっとそうだ。これは悪い夢だ」

「難聴鈍感系はダメですよ、ありふれたものよりオンリーワンで行きましょう。」

「ふぬぅぅぅ…!」

「忘れておりました、あの大きいだけの蛇を叩き起こしてまいります」 


 頭を抱えて唸りだしたハルを置いて、フェンリルは唐突に大蛇に近づき。


「起きなさい」


 優しく声を掛けたりとか手で叩き起こす、というわけではなく。細い体のどこにそんな力があるのか、無表情のままサッカーボールキックを大蛇の巨体が浮くほどの力で何度も繰り出している。

「起きなさい」という台詞を抑揚も無く、壊れたテープのように何度も繰り返しながら、大蛇を相手にゴムタイヤにバットを叩きつけているような音がするほどの蹴りを入れている(見た目は)可憐なフェンリルの異常な行動を目の当たりにしたハルは。


「うわぁ…」


 ドン引きだった。

彼女は怒らせたら無表情で人を殺せるタイプだ。何をしたら怒らせてしまうか、どうすればご機嫌をとれるか、色々と探っておくことを固く心に決めた。






* * * * *






 見ていた恐怖映像から逃れるため。


「空が青いのーう」


 と、蝶と戯れ空を仰いまたも現実逃避を決め込んでいたハルだったが、またも突然強い光に照らされる。


「さっきもこんなことがあったのう…」


 現実逃避をやめて、目をしぱしぱと瞬かせながら。フェンリルが荒ぶっていた現場へと意識を向けると。


「起きてるって言ってるのに何でずっと蹴るのよ! この馬鹿犬!」

「起きているのならもっと早く行動しなさい、図体だけ大きいから動きも緩慢なんでしょう? 体を大きくする前に、頭に栄養を回した方が良いのでは? あと、私は犬ではなく狼です。この無駄なものだらけの蛇、略して無蛇」


 いつの間にか人が増えて喧嘩を繰り広げていた。超スピードとか催眠術なんてチャチものではない、もっと恐ろしいものの片鱗を味わった気分だった。



 口喧嘩も一段落ついたのだろう。フェンリルではなく見知らぬ美女が、言い負かされたのか、涙目でこちらに向かって来る。


「おぉ、はじめましてお嬢さん、わしは弓削治臣というんだが、そこなフェンリルのお嬢ちゃんにはハルと呼ばれておるよ。お前さんの名前は?」

「ヨルムンガンドよ、好きに呼びなさい、…よろしく。」


 フェンリルより不思議と色香のある声だが、随分素っ気無い自己紹介である。

 自己紹介は控えめだったが、彼女、ヨルムンガンドの身長は女性にしては高めで、そのスタイルの自己主張は激しかった。体や服の一部分は焦げや火傷があるが。緩くウェーブのかかった緑と淡い青が混ざった不思議な白に近い色の腰まである長い髪。

 薄い絹を幾重にも重ねたような踊り子めいた服から覗く短い靴を履いた足もすらりと伸び、フェンリルもそうなのだが、すれ違う人から溜息が漏れるであろう端整な顔立ちである。フェンリルの眼は少しタレ目気味だが、こちらの目はツリ目である、性格の苛烈さが出ているのかもしれない。

 肌は肌理細かく健康的な小麦色、褐色といってもいいそれで、彼女の体の特徴とよく合っていて、ハルのせいだが、火傷や衣服の焦げにより余計に扇情的に見えるのである。そして彼女の胸と臀部は豊満であった。腰はしっかりとくびれていたが、胸と臀部は豊満だった。大事なことなのでもっと強調するべきだとは思うが、自重せねばなるまい。


「これでも緊張してるんですよ、体だけは大きい人見知りの耳年増なので、少しでも仲良くなれば後はチョロいです」


 いつの間にか後ろに忍び寄っていたフェンリルがぼそりと耳打ちしてくるが、ヨルムンガンドを気遣ってのことなのか、それとも貶しているのか。


「うむ、うむ。どういう言葉なのかはわからんが、悪い子ではないのはなんとなくわかる。気にせんでも良いよ」


 ハルの返答にフェンリルは「そうですか」と短く返し、押し黙った。


「ところで、ヨルムンガンドという名前はちと長いのう。ヨルと呼んでもいいか? 嫌ならそのまま呼ぶが…」

「す、好きに呼べばいいって言ったでしょ!?」

「照れてるんですね? 照れているんでしょう? ハル様、もっと呼んであげてください」

「何で照れなきゃいけないのよ! 馬鹿!」

「馬鹿としか言えない語彙の乏しさに涙すら出てきそうですよ、ヨルちゃん?」


 フェンリルが茶々を入れるだけで、またもちょっとした喧嘩に発展した。

 喧嘩とは言っても、主にヨルムンガンド…ヨルだけが声を荒げており、フェンリルが静かに言い返すだけなのであるが。


「喧嘩するほど仲が良い、というやつかのう。良いことだ」


 空気と二人の喧騒に溶け込むように、小さく呟いた。


(あ、結局説明らしい説明してもらっとらんぞ)


 締まらない男、ハル。現在見た目は十歳程、中身は七十過ぎである。




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