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時を駆けた老人  作者: 源田京司
初章 異世界ヒッチハイク・ガイド
1/14

序 流転


『思えば、人として生を受けて大体七十年を越したところだろうか、生まれ持った厄介な体質のせいで一つの場所に定住することは無かったが。それでも、その場所その場所で普通に過ごせていたと思う、うむ、上出来な人生だろう』


 彼は道なき道に倒れた皺くちゃになった自身の体を俯瞰して、だんだんと自分の視点が空へと上るのを感じながら、満足げに笑みを浮かべつつ心中で呟いた、しかしその中で一つの心残りを思い出していた。



 ―――ひ孫の顔は見たかったな―――



 そう思ったところで、彼の意識は眠るように暗い洞へ沈んでいった…。






* * * * *






「年齢は七十九、性別は男、名前は…弓削治臣、へぇ、弓を削るって書いてユゲ…? 中々珍しい苗字じゃないかな、言われたこと無い? ユゲ・ハルオミおじいさん」


 眼を開くと、面接会場だった。自分もご丁寧にスーツを着ていた。

あと、チャラチャラした趣味の悪い紫色のスーツの男が居た。見た目は二十台後半だろうか、軽薄そうな面構えで金を溶かしたような髪色である。


「え、何じゃこれ?いつもの?」

「残念、『いつもの』じゃないんだよ、期待しちゃった?ユゲおじいさん」

「あぁ違うのか、ならここは死後の世界ってやつかの?もしくはあれか、『なう』な『やんぐ』にバカウケな二次元ってやつか?」

「惜しいところはあるけど、不正解…いや、甘めに採点して五十点かな」


 人を喰ったような笑顔でチャラ男は続ける。


「五十点の内訳はね、確かに死んでいるんだよ、ユゲおじいさんは。でも、色々と迷惑もかけていたらしいし、謝罪も含めてわざわざここに来させたのさ、僕がね。だから死んではいる、でも魂が天には行っていないのさ」

「うむ、もっとわかり良く、単刀直入で説明しとくれ」


 チャラ男の要領を得ない迂遠な言い回しで、煙に撒かれてぐだぐだと話す前に本題へと切り込ませる。


「せっかちだね、まぁ簡単に言えばおじいちゃんは死んじゃったんだよ。今回の移動の影響に体が持たなかったんだね。そこで僕が、おじいちゃんが死後の世界に行く前に、ここに連れてきたんだよ」


 ついでに、とチャラ男が続ける。


「自己紹介をしておこうかな、僕はロキ、名前は聞いたことあるんじゃないかな? 悪神扱いされることが多いだろうけど、神様だよ。これでもね」

「おぉ、なんとなく聞いたことがあるわい、しかし神にしてはお前さん……威厳が無いな、あれか新世界の神とか、歌舞伎町の神とかだったかの?」

「なんだとこのジジイ」


 チャラ男は神だった。神のくせにホストっぽかった。






* * * * *






「んんっ、さて、と、本題に入ろうか」


 チャラ男、ロキが咳払いをしつつ言葉を続ける。


「ユゲ・ハルオミ、申し訳なかった。君の体質は僕らの怠慢だ。発見も遅く、対処もできなかった…」


 恐らくは本心からなのだろう、ロキの表情には先ほどまでの軽薄そうな笑顔が消えていた。


「本来ならば、君は普通の人生を送って幸せな老後を過ごし、周りが泣いて君が笑うような人生となるはずだった。でも、そうはならなかった。僕たちのせいでね」

「随分と殊勝な言い方だが、神にとってはそこまで気にすることでも無いんじゃあ無いかね?」

「神と人は良き隣人であるべき、そう僕は思っているんだ」


 そう思ってないヤツも多いけどね、と付け足した。そして軽薄そうな笑みではなく、人懐っこい微笑みを見せつつ語った。


「謝罪の証っていうか詫びの品ということで、時間を巻き戻したりとかはできないから、今の生でのやり直しはダメなんだけど。来世はどう過ごしたいとかの希望はあるかな? もしあれば大体の望みは叶えちゃうよ? 無いんだったら、あくまで提案なんだけど」


 急に佇まいを直し、セールスマンめいた口調で。


「僕のオススメはね! 例えばミドガルドとか剣と魔法が横行するファンタジー世界かな、また日本で一生を過ごすのもいいけど、やっぱり法が緩いから何でもやりたいことできるし、僕のサポート付きだからハーレムでも虐殺でもやりたい放題だよ! たぶんだけどね! ミドガルドはちょっと、っていうワガママさんでも大丈夫! 他にも地球に似たような世界から、グンマーまでご案内さ! どの世界でも大・丈・夫! ロキさんのお墨付きだよ!」

「来世かぁ…実感が無いのだが、世界はどこでもいいかのう」


 元々の体質のせいで、どの世界でもまぁ適応できるだろうと思い相槌を打つ。


「欲が無いねぇお客さん! じゃあ世界はファンタジーで行こう! 送料手数料はこっちが負担しちゃうよ! 今なら僕が手で改造もしちゃおう! 早速来世の方向性と体の調整と行こうか!」


 それにしてもこの神、ノリノリである。


「まずは身体の素養だね! ルックスはそこそこイケメンで体毛は…黒でいっか! 筋力は人外で感覚は最大値、魔力は僕よりちょっと下で種族は…」

「え、人の意見は聞いたりせんのか。 お前さん、自重って知っとる? その前に人の話聞いとる?」


 ロキにスルーされ、自身の、地球での死後において、一先ず孫たちの安否を思い出した。


「のう、のう! わしの孫はどうなっておる、あとひ孫は無事に生まれたんか?」

「大丈夫大丈夫、みんな健康万事オッケー、もうちょっと待ってて!」


 馬耳東風、適当な返事である。だが、孫たちは無事なようだ。


「記憶も引継ぎで、言語技能もぶち込んじゃおう、あとトールの槌の破片と予備の装備、雷公の力をちょろまかして…フフッ」


チャラ男がはしゃいでいるのを横目に見つつ、ふと現状を確認する。


(ふむ、体は問題なし普段通り皺だらけだ。スーツはロキとやらが着せたのだろう、しかしここは…窓は無いが、何らかの事務所の一室か? 色々と釈然とはせんが、ロキが神であるというのもなぜか体質を知っているのだから。恐らくは真実だろう、まぁ)


 なんとかなるだろう、と深くは考えず確認を終えた。適当なのである。






* * * * *






「さぁ、ここに隠し味のアク…、ンン゛ッ…水、を入れて。よし、完成だ!」

「何を入れた?おい」


ロキが声を上げ、よくわからない作業を終えたことを告げた。


「あとは君を来世に飛ばすだけ、詳しい説明はなんとなくわかるようにしてあるから大丈夫だよ」

「わしの話は聞かんのかー、そっかー」


これには老人も苦笑い。


「そうだ、うちの子もつけてあげようかな! 便利だろうしね」

「殊勝な態度はどこに消えたのか」

「体質も取り除いたし、これは最高傑作だね! あっそうだ、うちの子なんだけど気に入ったらそのまま貰っちゃって良いからね。」

「お前さん、人の話を聞かないってよく言われんかね? 最高傑作とか言うが、さりげなく人の体おもちゃにしとらんかった?」

「向こうにも神を名乗るヤツがいるけど大丈夫、おじいさんならなんとかなるよ。眼に余るようだったらヤっちゃっていいし。あっ、何か質問あるかな?」


 人の話を聞かないどころか、殺人(神?)教唆までする始末である。


「どうせ人の話なぞ聞かんのだろ…、もう好きせえよ」


 諦めつつも返すが、ふと思い浮かんだことを口にする。


「質問ではなくお願いなのだが」

「いいよ、僕にできることなら何でも言ってくれ」


 うぅむ、と唸りながら願いを述べた。


「せめて孫たちは幸せにしてやってくれんか?」


 ロキは顔を驚愕に染めた後、呆れたかの如く溜息をつきながら。この自分の事よりも子供の事を心配する老人をどことなく心配していた。


「それは当然の事さ安心してくれ。ユゲおじいさん、君はもうちょっと欲を出した方がいいよ。」

「ふむ、次に会うことがあったら考えておこうか」

「他に願い事は無いのかい?」

「無いのう、今のところ保留ってことでいいか?」

「中々愉快なおじいさんだ、保留でもいいよ。また会えることを楽しみにしてるよ、これは本当にね」


そうロキが言い終わると、部屋が徐々に暗くなっていく。


「ではユゲ・ハルオミ、次に会う時は名前も違うかもしれないが、君の来世に幸多からん事を願うよ」


ユゲという老人は実感が無かったが、ここに来てようやく理解をした。


(ひょっとしてわし、転生とかするんかのう)


彼はちょっとズレていた、ちょっとどころではないかもしれないが。




―――時を駆けたじいさんの、騒がしい来世が、今始まる。


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