※但しイケメンに限らない
「背、低い男の人って萌えるよね! ※」
「遅くても頑張って走ってるのカッコいい! ※」
「アニメ好きなの? へえ、フィギュアも? ふ~ん、私にも教えて! ※」
セリフの後の※印。きっと誰もが言わなくても分かるだろう。
そう、言わずもがな。
「※但しイケメンに限る」
ってヤツだ。
新学期早々こんなつまんねー事考えたくないけど、さっきから頭をぐるぐる回ってるんだから仕方ない。それもこれも、今日から同じクラスになったイケメンと騒がれてるアイツと――。
「はあー……」
でっかいため息が部屋に響き渡った。
まさか、あの子と同じクラスになるなんてなー……。
「でっかいため息だね~。どうしたの?」
「何でもない。何、またゲーム?」
物思いに耽って、女子か俺は。と思っていたら。いつも通り姉が勝手に部屋に入ってきた。ノックくらいしてくれ。
「うーん、ゲーム借りに来たのはそうなんだけどさ~。あんなため息聞いたらアンタの方が心配だよ。新学期早々、何かあったの?」
「何もないって! ほらゲーム!」
言外に早く出てけよと付けて、たぶん借りに来た新作を突き出したが、俺を指さして言い放った姉の言葉で思わずそれを落としてしまった。
「ん~……分かった! アレだ! 恋の病!」
「っ!」
「え……。何、図星? 冗談だったのに」
「っくそ姉貴……!」
動揺して自分でも分かるくらい赤い顏してたんじゃガン付けたって効く筈もない。分かってるけど睨まずにいられなかった。
分かってるよ。俺が一番。そんなの。
「良い事だけど……無理だと思うよ?」
ああそうだよ。どこの世界に、体重100キロ超えで何故か一緒に身長も縮んで、面倒くさがって滅多に風呂入らない上ニキビ面で、バイトやってないから金ないくせにゲームとアニメをこよなく愛するもっさい高校生男子を相手する女子がいるかってんだ。いたら頭お花畑天使か相当のマニアだ。もしくはそれこそ、※但しイケメンに限るってやつだ。肉食系女子がこぞって自分好みに改造しようとするだろう。
どうせあの子も、イケメンのあいつが良いに決まってる。
「分かってるよ……」
俺だって最初からこうだった訳じゃない。ゲームとアニメ好きは変わらないけど、足が太くて短いだけで今よりは背があった筈だ。運動してたから太っても痩せてもなく。顏だって今より断然汗かいてた筈なのに、ニキビだけはなかった。イケメンとは程遠いたらこ唇、ぶっとい眉毛と切れ長と言えば聞こえのいい只のキツネ目は健在だけどな。顏がぱんぱんなせいか前よりも目が細くなった気がする。
きっかけはどう考えてもあれだ。
中坊の頃、入っていた卓球クラブに新しく入会してきた女の子。
抜群にセンスが良くて、遊んでやるだけだったはずの俺はあっさりと、負けた。皆、俺がわざと負けてやったと思ってたけどそうじゃない。猛烈な気迫を前にして、突然、体が動かなくなった。
それから一気にスランプに陥って、出る試合出る試合負けまくった。自暴自棄になってクラブごと卓球を断って、唯一の取り柄がなくなって、そうしてるうちに受験のストレスやらも重なって、ゲームやアニメで現実逃避に明け暮れた。気付いたらこんな体型になっていた。
高校受かったのは本当に奇跡だ。一重に家族と友人のおかげだ。
ほんの一部の友人と家族は変わってく俺に態度を変えないでいてくれた。というか爆笑はされたが、かえって救いだった。
過去を思い出して自己嫌悪に陥る俺に、姉の諭すような声が降り注いだ。
「分かってないなあ! 今、のままじゃ無理って言ったの! 見た目もだけど、心がなってないのよ」
「は?」
「アンタねえ……。自分の事分かってるってんなら、そろそろ大人の階段上んなさいな。卑屈に僻んで、それでせっかくの恋終わりにしたって勝手だけど、努力してからにしなさいよ」
「大人の階段て……。今年やっと成人の姉ちゃんが言うなよ」
「言うのよ。可愛い弟の為だもん。中学生の時はさ、一番精神的に揺れるじゃない。だから皆あえて見守ってたけど……アンタもう17でしょ? しっかり自分で考える頭ついてんだから、どうすればいいか、ちゃんと考えなさいな」
「っつったって……う、わっ。馬鹿力で押すな」
「はいはい、ぐだぐだ言ってる暇があったらお風呂……は無理だからさっさとシャワー浴びといで! 新学期なんて、スタートにちょうどいいじゃない。まずは毎日シャワー浴びるとこから! 気持ち良いよ~」
勢いに押されてしぶしぶながら浴びた2週間ぶりのシャワーは、だけど本当に気持ちが良くて、なんで俺はこんな気持ち良いもん嫌がってたのか不思議になった。
そして無性に風呂に入りたくなった。
だが今の体じゃ家の小さい風呂には入れない。よしんば入れてもハマって出られる気がしない。
どうすりゃいい?
「ダイエット……するか」
ふいに、あの子の勝利に喜ぶ笑顔が浮かぶ。
入学してしばらく経った放課後の体育館。
体育館裏へゴミを捨てに行った帰り、開けっ放しの入口から聞こえる懐かしい卓球の音に誘われて、何故かふらふらと吸い寄せられてしまった。
と、突然。
打ち返し損ねたのか。ピンポン玉が飛び出してきて、入口の階段で跳ねた。そのまま、また跳ねてころころと転がって。
通りがかったイケメンが拾い上げると、ピンポン玉を追いかけて来た女子生徒が受け取った。
礼をしてさっと振り返ったその子を見て、ハトが豆鉄砲って顏になったと思う。
全然変わってないからすぐに分かった。
それはあの日、クラブに入会したてで俺をあっさり負かしたあの子だった。
同い年だと知ってはいたが、まさか、同じ高校の生徒になっているとは思いもよらなかった。
俺になんて全く気付かず颯爽と体育館に戻っていく後ろ姿。もう、俺にあの強烈な気迫を向ける事なんてない。
何故かひどい焦燥にかられたが、それからゴミ捨てはすすんでやっている俺がいた。それ以降彼女の姿を見たのは球技大会の時だけだったが。
思った通り卓球の種目に出た彼女は、個人戦もダブルスもぶっちぎりで優勝して輝いていた。
出たくもないバレーにエントリーして早々に負けてあちこちボロボロだった俺は、その笑顔に釘づけになった。
正直、コレが恋かどうかなんて、んな事は良く分からない。
だけど、どっちにしたって、このままの俺じゃ俺だって嫌だ。
姉の言葉が背中を押す。
自分自身への諦めは、シャワーがすっかり流してくれていた。
うん。まずは毎日シャワー。あと、ダイエットメニュー考えよう。バイトを始めてもいいかもしれない。やることがいっぱいだがこんなに気分が高揚するのは久しぶりだ。
顏の造りとか、生まれ持ったものはそうそう変えられないが、心はいつでも変えられるみたいだ。
ただ、きっかけとか時間が必要なだけなのかもしれない。
まずは、自分を変えよう。一度挫折したからこそ分かる。
今の姿を良く見るんだ。見たくないもんも目を逸らさないで見れたら、きっと強くなれる。※
上手くいくなんて思っちゃいない。でも、やってみなきゃ分からない。※
あの子が俺を見てくれなくてもいいんだ。まずは、俺が、俺自身の為に。努力した分はきっと俺の力になる。※
※印の後は、但しイケメンに限らない。
さっそく走り込みをする俺の真上を、桜の花びらが舞っていった。
始業式の時は何とも思わなかったけど。
そん時初めて、春が来たんだな、と思った。
読んで下さりありがとうございます。