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三人目の訪問者

 斉藤兄妹が訪れてから、数日は平和だった。

 気のせいか、慣れているはずの壁を見つめる生活が長く感じた。

 退屈に感じた。

 そして、今日……。

 朝ごはんが片付けられる時間に客人が来た。

 斉藤兄妹ではない。

 もちろん、僕はベッドの中から壁を見ているだけだ。

 招いていなくても、彼らは入ってくる。

 斉藤兄妹は、母親の信頼を勝ち取ったのかもしれない。今日の客人は、当たり前のように、一人で僕の部屋に来てくれた。

「やぁ。ゴメンさね。お邪魔しますよ」

 今回は声から推測するに若い女の人だった。だけど、それは静かで綺麗だった由紀ちゃんの声ではなく、優しくて明るい声だった。

 それにしても、引きこもり支援って同じ人間を派遣して、信頼関係を気づくべきじゃないの? 

 なんて、いかにも引きこもりらしいよな。駄目だな僕は。

 他人の親切にケチをつけるなんて、他人の親切を馬鹿にする発想だよ。

「君は面白いね。君みたいな子はあんまりいないんだよ」

 そう言った彼女も、洋介のように一人で語るつもりらしい。

 それにしても、引きこもりを観察するのが趣味なのかな? いや、大学生のレポートとかか? 

 僕も失礼な事を考えていたけどさ、面白いとは失礼な人だな。

「あ、面白いは失言だね。思ったことは出来るだけ言葉にするようにしているのさね。でも、結局は、思った事の殆どが言えないんだけどね」

 彼女はクスクスと笑っている。

「さてと。ある程度は、お母さんから事情は聞いてるんだけどね。理由はさっぱりわからないと言っていたよ。君は何で家にいるんだい?」

 なんで? 

 逃げたかったから。そこには、たいした理由は無かった。

 だからこそ、人にも言えずに逃げ出したかった。

 中学生時代、孤立気味ではあったけど、それでも、少数の友達はいたし、イジメは無かった。

 体育の時なんかは、邪魔者扱いされた。なんとか、頑張ろうと前に出ると陰口があった。だけど、その事でシカトなんかはされなかった。

 授業中、先生のランダム攻撃に「わかりません」と言うと笑われた。攻撃対象が他の人の時は、誰も笑わなかった。

 僕は明らかに人より劣っていて、そのことで孤立気味だった。

 でも、お金を取られたり殴られたりしはしなかった。

 そう、イジメはなかったんだ。

 ただ、劣等感の毎日で、それを脱却する方法もわからず怯えていた。

 気づけば、僕は学校に行ってなかった。

 劣等感から導かれた僕の努力が、逃げることだった。

 正に『甘えるな』と言う、大人の意見はもっともだと思う。

 質問されたので僕は引きこもった理由を考えたが、決して言葉には出さなかった。

 何も言わずに、客人に背中を向け続けていた。

「まぁ、良いさね。私はね。弱い人間だからボランティアをするんだ。人から感謝される。これは実に良い。だって、必要とされることは赤ちゃんですら感じる喜びなのさね。人間の本能に近い場所にある喜びなんだろうね。それが普通に生活していると感じられない。だから、ボランティアをしているのさね。実は、君のためじゃなく、自分のためなの。私って、弱くて汚い人間でしょ?」

 なんでも口にする言った彼女は堂々と偽善者宣言をした。

 だけど、僕は『しない善』より、『する悪』より、『する偽善』が悪い事だとは思わない。偽善の源が『感謝』の気持ちが欲しいって言うなら、かわいい打算じゃないか。

 後ろで、彼女がクスクス笑っているのが聞こえた。

 無言で背中を見せ続ける僕がおかしいのか、自らの偽善者発言が彼女のツボだったのか。

 どっちでも良い。どうでも良い。

 僕は答えるつもりはない。いや、言いたい事はあっても、怖くて答える事はできない。

 

 でも、彼女も洋介と同じだ。一方的に語りかけるタイプみたいだった。

 洋介と違うのは、時折、質問を投げかけてくるのだ。考えさせる目的なのだろう。

 それからも、彼女はクスクス笑いながら、話し続けていた。

 

 そして、数時間後……。

 

「さて、恒例のゲームをしようさね」

 あれか。

 あれなのか。

 あれしかないよな。

 マニュアルでもあるのか?

「自己紹介、よろしく!」

 僕の想像通りのことを、彼女は言った。

 きっとマニュアルに『初日は打ち解けることを目的とし、自己紹介をしましょう』なんてことが書かれているに違いない。

 僕も学習する生き物だ。

 今回はスムーズ起き上がり挨拶できるさ。

「高橋 直人」

 ほら見ろ! スムーズに言えたぞ。噛むことなく、準備時間も無かった!

 なんて、自画自賛の嵐に包まれいてのだが、どうやら失敗していたみたいだ。

「ありがとう。出来れば、顔だけ見せて欲しかったさ」

 あ、忘れてた。

 僕の身体はベッドに横たわってままで、視界には壁の模様が映っていた。

 駄目だな。やっぱり、緊張してるみたいだ。

 情けない。

 僕はむくりと起き上がり、振り替える。

 声の通り、若い女だった。二十代前半?

 セミロングというのだろうか。肩より少し長い髪には、柔らかそうなウェーブがある。そして、何故かメガネが母性を感じさせる。

「よしよし。よく出来たさね。私は、ボランティア団体『札幌の輪』より参りました。高科弥生さんですよ」

 彼女、弥生さんは、何度も僕を『面白い子』と評価しながら話しかけていたが……。

 お前の方が変わり者だよ。

 そこにいたのは、確かに綺麗なお姉さんだ。これは、僕も認めざるを得ない。

 だけどね。初めて、リアルでゴスロリメイドファッションを見たよ。

 彼女は、あまりに非現実な服装をしていた。遠い昔にテレビで見た、秋葉原特集なんかを思い出す。

「うん。期待した通り。良い表情だ。苦労して、着てきた甲斐があったよ。あ、布団に戻らないで! 勝負服だからね。今日が最初で最後のお披露目さね。よ~く綺麗な私を頭に焼き付けてね」

 弥生さんは後頭部をかきながら、クスクスと笑い、

「ちなみに、街中で着るのは意外と平気なのさ。でも、人通りの少くない住宅街で着るのは恥ずかしい。こいつは誤算だったさね。すれ違う人はこの辺りの方が少ないのにね~。いやはや、人の心は不思議さね」

 その後、弥生さんは、回転したり、スカートを持ち上げてお辞儀したり、とにかくこの服を僕の脳裏に焼き付けようと頑張っているみたいだった。

 確かに綺麗だけどさ……。

 そして、椅子から立ち上がった彼女は、女としては大き目の身長だった。

 少し大きめの身長も気にならなくする程に可愛いらしい人なのに、いざ評価を付けてみると『綺麗な人』としか言えない、そんな不思議な女性だった。

 結構長い時間、弥生さんは一人ファッションショーをしてから、

「それじゃ、そろそろ、さようならさね」

 今日はこれで、帰ることを告げた。

 やっと他人の重圧から開放されるのだから、僕は嬉しいはずなのに、何故か切なかった。

 しかし、次の瞬間。

 意地悪な小悪魔的な微笑みを浮かべて、僕を指差し、弥生さんはこう言った。

「あ、そうそう。今日は何日何曜日だ!」

 え? えっと、変な夢を見たのが十二月一日の日曜日。

 あれから、四日ぐらい経ったかな?  

 じゃあ、四日の水曜日? 

 五日の金曜日? 

 あれ? 四日が水曜なら五日は木曜日かな。

 弥生さんはクスクスと笑っている。一生懸命に、『フルーツポンチ』を逆から読ませようと奮闘している幼稚園児を見るように……。

 意地悪で上から目線な笑顔だけど、軽蔑的な要素を含んではない事も感じられる。これが大人の微笑みなのかな。

 と、僕は正解を導く事を諦め、変な事を考え始めた。

 弥生さんもそれを感じ取ったのか、あるいはただの時間切れか、

「よし、宿題だ。朝目が覚めたらカレンダーを見ること! ちなみに答えは、十二月十日土曜だ!」

 と僕を指差し、クスクスと笑った。

 十二月十日ってことは、あの夢を見た日から、九日も経っているのか。思った以上に日にちが進むのが早いな。充実してるほど時間が経つのが早いと言うが……。

 僕は自ら殺したはずの感情が、最近になって、無理やり蘇生活動をされているのを感じていた。

 だけど、それは嫌じゃなかった。

「明日は日曜日。日曜日には、由紀ちゃんが来るからね。……イタズラしちゃ駄目だよ」

 弥生さんは、イタズラな微笑みと、余計な一言を残して、部屋を出て行った。

 その言葉と思惑は、見事に僕の顔を熱くした。

 照れモードが収まってから直ぐに、僕は机の右上の壁に設置された、カレンダーに目をやる。

 一年の全てが、大きな一面に記載されてあるタイプのカレンダーだった。

 僕はベッドから這い出し、机の中からマジックを取り出して、約十一か月分のバツ印をカレンダーに書き込んだ。

 トイレや食事、そして深夜の儀式以外で、僕が行動を起こすのはいつ以来なのだろうか?

 僕は突然やってきた三人に、確実にゆっくりと人間に戻されている。

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