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二人目の訪問者

 次の日も、九時頃にボランティアと名乗る人が来た。

 それは、由紀ちゃんではなかった。

 昨日と同じぐらいの時間。母親が朝ごはんを片付ける時間に、僕の部屋の外で二人の声が聞こえた。

 一人は母親、そしてもう一人は男みたいだった。

 母親の声は、音は聞こえても聞き取る事は出来なかった。だけど、もう一人の男の声は、はっきりと聞こえてくる。

「大丈夫ですよ! お母さん! こう言うのは、親御さんが居ない方が良いと思います。男って生き物は、親にさえ強がってしまいますからね!」

 声だけでも『無駄に元気だ』と認識できる、そんな喋り方をする男だった。実に、五月蝿かった。

 母親は納得したのだろう。ドアのノックと共に入ってくる気配は一つだけだった。

「よ! はじめまして」

 男は、僕の背中に話しかけた。

 その男が言うには、制服を着ていた由紀ちゃんはやっぱり学生らしく、そして今日は月曜日のようだった。

 僕は昨日と同じように、ベッドに横たわり、壁を見つめたままだ。

 だけど、彼は由紀ちゃんと違って、静寂の空間を作り出す事はなかった。

 不良だったとか、それでもイジメやカツアゲはしなかったとか、対等の不良と喧嘩ばかりしていたからスポーツマンのようだろとか、実はやっぱりスポーツマンで柔道をやっているとか、とにかく一方的に自慢話をする男だった。

 自慢したい事はもうなくなったのだろう。 

 突然、彼の声のトーンが暗くなった。

「イジメてるつもりは無かった……。クラスで浮いている奴がいてさ。いつも一人でいたんだ」

 なんだ。

 突然何を語りだし始めるんだ。

 僕の混乱を他所に、彼の話は続く。 

「不良だけど正義。それが俺の信念だったじゃん?」

 残念だけど、先ほどの自慢話にはなかったよ、それは初耳だ。

「だからさ、挨拶だけ。朝の挨拶だけ。してたんだよ。よぉって。それ以外に話したことも無かった」

 彼は黙った。

 でも、彼が唸ってる音が聞こえた。

 二分ほどの長めの間を取り、彼は続きを語りだした。

「だけど、ある日突然死んじゃってさ。学校の屋上から飛び降りたんだ。遺書も無くて、家族も理由の見当もつかない」

 彼はまた黙った。

 だけど、今度の間は少なかった。先ほどの二分の間に覚悟を決めていたのだと思う。

「実は、話したことないって嘘でさ。挨拶の時一言二言喋ったんだよ。彼女でも作れば楽しいぞとか、たまには俺らとカラオケでも行かないかとかな。俺がやっぱりイジメたんだと思う。本当にそんなつもりは無かったんだ……」

 脈絡なく始まった彼の話は、初対面でするような話じゃなかった。

 僕はこの男は初対面の僕に何故そんな大事な話をするのだろうという疑問より、ずっと大きな割合で、この男が何故もそんなに下らない理由で悩むのかが不思議だった。

 僕は掛け布団を頭の上まで引っ張り、視界を人工的な闇で包み込んだ。

 なんとかして、伝えたい気持ちがあった。

「ち、違う。き、き、きっと。に、逃げたかった。あ、挨拶は、か、かか、関係ない」

 僕は逃げる場所があったんだ。

 両親も最初は怒鳴りつけ、殴りつけ、何時間も話し合いの時間を作り、何とか学校に無理やり行かせようした。

 でも、両親は僕を見捨てない。僕には、それがわかっていたから、家に逃げる事が出来た。社会から背を向けて、問題の先延ばしをした。延ばせば延ばす程、問題は大きくなる。それでも、逃げる場所があったから逃げてしまった。

 自殺してしまった少年には、この世に逃げ場所が無かった。ただ、それだけの事だよ。

 お前のせいじゃない!

「そっか……」

 ボランティアの男は理解出来たような、出来なかったような、微妙な返事だけよこし、カラカラと笑ってみせた。

「俺頭悪り~からさ。言葉だけで人を殺したのに、今はそれ以上のお節介をしてるの。きっと言い訳なんだろうな」

 僕の言葉は彼に届いてない。

 そして、僕は掛け布団が作り出した、擬似的な夜の中で、彼は笑いながらも心の中では泣いている、と思った。

 僕の罪悪感が大きくなる。

 僕が逃げる事で傷つく人もいるのかな……。

 少なくとも、両親は深く傷ついているんだよな……。

「さてと、答えてくれてありがとうな。でも、本当はこれで君の声と顔を確認するつもりだったんだ。これだけは頼むよ。自己紹介してくれ。な!」

 ボランティアの男は、僕の部屋に来てから、一方的に喋り続けていた。無音の世界より楽だった。

 だけど、彼もそれ以降は無言を貫き始めた。僕が動くのを待っているみたいだ。

 軽口の彼は、意外にも辛抱強かった。

 諦めて僕は頭の中で練習を繰り返す。

 高橋直人です。

 高橋直人です。

 高橋直人です。

 良し!

 決意を固めて上半身だけを起こし、振り返った。

「た、たかはし」

 頭の中で何度も練習したのに、昨日より酷い結果で、苗字しか言えなかった。

 男は椅子に座り、右足で三角形を作るような崩れた足組みと、その足に手を置き指を絡ませていた。そして、不自然に腰浅く座っていた。

 彼の風貌は、ボランティアって言葉から、もっともかけ離れている存在に思った。何が、元ヤンキーだよ。現在バリバリ進行形じゃないか。

 ボランティアの男は、テレビに出てきそうな、ピカピカ光るチンピラファッションに身を包み、薄黒いサングラスに、茶色のロンゲの男だった。邪魔そうなシルバーアクセサリーが、首や、手首に無数にあった。

 ぶっちゃけビビッてしまった。

 それでも、彼も昨日の由紀ちゃんと同じで、悪意の無い笑顔をくれた。

 そして、彼の口から出た言葉は、ヤンキーの風貌以上にショッキングな出来事だった。

「斉藤 洋介だ。堅苦しいのは苦手だから、洋介って呼んでくれよ。実は由紀ちゃんのお兄様なんだぞ」

 似ていない兄弟紹介に驚いた。そう言えばこいつ、最初に自己紹介が無かったな。

 部屋から出て行く洋介を見送った時、細長いシルエットが印象的だった。

 目測で百八十センチメートルって所かな。

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