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忘れた交換日記と渡された交換日記

 十二月三十一日。土曜日。

 新聞配達をしてから、初めての休日だった。

 アルバイトの人は休刊日、つまり、朝刊がない日が休みだ。

 それと、少なくとも週1回の休みがある。自分で興味を示さなかったため、休日についての知識を得たのは昨日の事だった。

 そして、もう一つ。センゾクさんは、実は酒井さんだった。『センゾク』とは、『専属』の事で、正社員を指す業界用語だった。

 その事も昨日知ったのだ。

 もっと、仕事に興味を持たなくてはいけないと痛感したけど、酒井さんは教えるの忘れてたと逆に謝ってくれた。

 新聞配達もそうだけど、洋介の見舞いや、スタンプラリーの公園に行ったり、昼間は勉強もしている。

 一日のリズムが出来てきた。

 なんだか、それが嬉しい。

 曜日も日にちも、時間だって関係なかった、ベッドの中で壁を見るだけの生活が、随分と昔に感じる。

 新聞配達から帰宅し、朝ご飯を食べて勉強をする。これは、もはや生活リズムとなっていた。そして、勉強中に呼び鈴がなった。

 そう言えば、今日は弥生さんが来る曜日だ。

 玄関を開けると、現れた弥生さんは、やっぱりゴスロリ風じゃない、大人びた服装だった。

 夜に見るのとは、また違って、ドギマギしてしまう。

 男って悲しい生き物ですね。

 つい恥ずかしい事を考えてしまった。

 だけど、弥生さんは優しく何事もなかった事にしてくれた。

「さて、今晩は、二回目のデートだね。緊張しているかい?」

 意地悪に微笑む。

 そう、今日は、初詣に行くのだ。

 由紀ちゃんと二人きりで!

 えぇ、そりゃしますとも。

 今週はその事ばかり考えてしまいましたよ。

 自分の顔が赤くなるのがわかった。

「ふふ。そう緊張なさるな」

 その後、弥生さんによる、ザ・デートの手引き講座が始まってしまった。

 僕はありがたく拝聴した。

 弥生さんが帰ると、孤独が緊張を増加させた。

 時計が気になる。

 時間が気になる。

 心臓が破裂しそうだ。

 ところで、弥生さんからは卒業証書を貰ったのに、当然のように来てくれたけど良かったのかな?


 お昼ごはんを食べたばかりで、由紀ちゃんとの約束の時間まで、まだまだあると言うのに、落ち着かない……。

 気を紛らわすためとは失礼だけど、毎日の行事となっているのも事実で、僕は洋介の見舞いに向かった。

 洋介は洋介で、念を押してきた。

「いいか! 兄として許したのは、手をつなぐ所までだぞ」

 冗談なのか、僕の気持ちに気づいているのか。

 どっちにしろ、大丈夫だ。

 非常に残念だけど、まだまだ、そんな関係ではない。


 時間は、二十二時三十分。僕は由紀ちゃんの家の前にいる。

 少し早いのは、話す時間が欲しいと言う下心からだ。

 そして、何故家の前にいるのかと言うと、洋介が来れないからだ。

 今日は深夜でも人通りが多い事が予想されるのだけど、女の子を一人で歩かせるわけにはいかないだろ? 

 弥生さんの受け売りだけどね。

 呼び鈴を鳴らすと、振袖姿の由紀ちゃんが出てくる。

 これは、いけないな。

 普段地味な格好の由紀ちゃんが振袖姿だと、それは反則と言うものだ。まるで天使だった。普段のストレートヘアーは一つに結ばれている。女の子は化ける。その言葉を実に深く実感した。普段から、もちろん可愛いのだけど。

「こんばんは」

「こんばんは」

 僕らの定例行事の短い挨拶を交わす。

 その後は、無言で時を共にする。これもまた、いつもの事だ。

 だけど、由紀ちゃんの表情は暗い。

 僕は、交換日記にあった悲しい事実を思い出した。

 まだ、立ち直れていないんだな……。

 あの日、僕は交換日記に『僕は由紀ちゃんに救われたよ』と書く事しか出来なかった……。

「ごめん。早かったよね」

 待ち合わせの時間は二十三時だった。

「ううん。大丈夫。私も早く会いたかった」

 僕の中の、抑えていた衝動が揺れ動く。告白してしまいたい。

 僕らは、いつもの公園で時間を潰す事にした。

「あ、そうだ。こんな日だけど」

 そう言って、由紀ちゃんから交換日記が渡される。

 僕は馬鹿だ。

 大事な日だからこそ、忘れるべきでない、いつもの行動なのに……。

「ごめん。僕から言い出したのに、忘れてしまいました」

「いいよ。私も、今日は長い時間会えるから良いかなと思ったの。でも、言葉に出来ないから……。読んでください」

 いつもは、お互いに家に帰ってから読む交換日記だけど、その場で読むことにした。

 勘違いしかけたが、由紀ちゃんが早く会いたかった理由は日記を読んで欲しかったからだと悟った。

 日記帳には、由紀ちゃんらしくない、短い文章が書いてあった。




 ----------


 私は直人君が好きです。

 私はお兄ちゃんが好きです。

 私は弥生先生も好きです。

 私はお母さんもお父さんも好きです。

 私はディケア施設のみんなも好きです。

 好きな人が一杯いるのに、嫌いになってしまいました。

 いいえ。世界は私を嫌っているのです。

 だって、私は汚い人間なのです。

 自分の中のわがままな闇が、大きく育ってしまいました。

 こんな嫌な私は、人と接する資格はないのだと思います。

 だから、今日でお別れです。

 ゴメンなさい。

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