止まったとしても
十二月二十四日。土曜日。
天気予報の通り、今朝方に雪はやんだようだ。
だけど、市の除雪作業も間に合っておらず、歩道はなんとも歩きにくかった。
公園に到着してみると、予想以上に意外な人物がいた。
ブランコの柵のそばで、怯えるように立っている人物。
直人君だ。
外に出られるようになったのね。
塞ぎこんでいた私の心の中に、微かに喜びが表れた気がした。
そして、心の中で、いつの間にか直人君を出来の悪い子に設定している、と私は思った。
子供に親が格好悪い所を見せられないわ。
急だったせいか、直人君は事情を全く知らないでいた。
除雪をするために、いくつかの家を訪問すると告げると、驚いた様子だった。
だけど、嫌がるそぶりも見せずに付き合ってくれる。
直人君は不器用なりに、除雪作業を頑張っていた。
最後の方は歩くのも辛いみたいで、何も無い所でも足がもつれていた。
よく頑張ったよ。偉いね。
身体を動かすと、確かに気が紛れた気がする。
だけれども、日の光が落ち、夜の時間がやってくる。
私の心と同じ、暗くジメジメした闇の世界がやってくる……。
少しの間忘れていただけ。
大きな闇は、私の心にしっかり根付いている事を思い知らされた。
私の沈んだ気持ちに気づいたのかもしれない。
直人君がファーストフード店に誘ってくれた。
そこで事件は起きた。
直人君の様子がおかしいと思った矢先に、男女二組のカップルが直人君のことを笑っている。
私は、心が弱っていたせいかもしれない。
つい、感情的になって机を叩いて、カップルを睨んでみる。『聞こえてますよ』と言うアピールのつもりだった。
そんな事は無意味で、彼らは逆上し、矛先を私に変えた。男の一人が私の直ぐ傍に立って威嚇してくる。
だけれども。
頑張ってる人の事を笑うなんておかしいわ。
あなた達から見れば、努力とも呼べない代物かもしれない。間抜けなピエロかもしれない。それでも、確かに直人君は前進している。その姿を見て馬鹿にするのも結構。好きにしなさい。だけど、わざわざ本人の前で踏みにじるなんて……。
絶対に許したくない。
正直に言うと怖かった。
だけど、負けたくない。こんな奴らに屈したくない。
負けないんだから!
一歩も引かない私に、益々苛立っている様子でついには腕を捕まれた。
負けない。負けるもんか。絶対に負けない。
恐怖を打ち消すように、心の中で何度も叫ぶ。
私を救ってくれたのは、直人君だった。
男と私の間に割って入ってきたのだ。
そして、手のひらを私の顔の前でかざす。
『そこで、待ってて』そんな心の声が聞こえた気がした。
知らない間にちゃんと、男の子になってるんだ……。
でも、どうしよう。このままじゃ、直人君が危ないよ。
だけれども、そんな心配をする必要性も無かった。
突如と現れた男が場を解決する。
やけに、誇張された噂に困惑した様子だ。
ちょっと意地悪しちゃった。
だって、照れ臭かったんだもん。
それにしても、なんでいるのよ。お兄ちゃん!
一騒動あったファーストフード店に居座るのはマズイと、待ち合わせに利用した公園まで移動する事になった。
どうやら、除雪ボランティアの『男手』について、探りを入れたのがまずかったみたいだった。変な男だったらと不安に思い、私の後を付けてきたのだ。
一目見て変な奴じゃなかったら帰ろうと思ったのだけれど、そこにいたのが直人君だから、ついつい尾行してしまったらしい。
確かに、私が逆の立場でも同じ行動をしてしまうかも。
お兄ちゃんは直ぐに帰っていった。いえ、私が帰らせたのか。冗談を言って最後まで笑わせようとしてくれた。
お兄ちゃんなりに、落ち込んでいる私に気がついているのだろう。心配してくれているのだと思う。
お兄ちゃんと直人君を見ていると、まるで友達みたいだった。
いや、違うわ。もう友達なのよね。
二人きりになった私たちは、ブランコの柵に座り話した。
私は直人君と何なんだろう。
ちゃんと直人君の役に立てているのだろうか?
やっぱり、ここでも無力なんじゃないだろうか?
それもそうよね。心の中で、子ども扱いしてしまってた。
私は、謝らなくちゃいけないと思った。
だけれども、言葉はいつだって不自由だ。
本当に嫌になってしまう。
なんて、切り出していいのかわからない。
いつまで待っても答えが見つかるとは思えなかった。次第に、なんて切り出すかじゃない。『やっぱり、何でもない』そう言ってしまおうかどうかを悩んでしまっている。
直人君も何かを言おうと悩んでいたようで、先に切り出してくれた。
「あの。僕は今日、外に出ることが出来ました。えっと、だから。あ、外に出たのは一週間前ぐらいからです。でも、夜だけです。その……。だから。今日。昼に。日が明るい時に出られたのは、斉藤さんのおかげです。それでけじゃないです。最初に僕の家に来てくれたのが斉藤さんでよかった。あの笑顔を見せてくれたから。僕は、今ここにいるのだと思います」
まただ。どうして、私は褒められているのだろう。
直人君は話を続ける。
「だから。えっと、なにが、『だから』なのかは僕にもわからないんだけど……。由紀ちゃんは僕にとって特別な存在です!」
そして、直人君は何か思いついたように、鞄から大学ノートを取り出してこう言った。
「あ、そうだ。これ。交換日記です。弥生さんの案なんだけど、僕は携帯電話とか持ってないから。でも、うまく話せなくて。文字なら出来るかなと思って」
歯切れも悪く、前後のつながりも悪くて、正直、意味を理解するのに時間がかかるのだけど……。
私は嫌な気分じゃなかった。
「だから。えっと。その。これからも、よろしくお願いします!」
「はい。改めてだね。よろしくお願いします」
結局、謝る事は出来なかったのだけれど、私たちは交換日記を始めることにした。
そう言えば、私もうまく話せないからってアンケートの宿題を渡したっけ。
なんか、歪んだ友情だわ。
だけれども、この絆は確かなものなんだって思える。きっと、友情を深めるのに必要なのは時間だけじゃないんだ。
ありがとう。直人君。
気がつけば、心の闇の成長は加速度を急激に落としていた。もう、完全に止まったと言っても良いかもしれない。
心にずしんと大きく身構えているのは、変わらずなのだけれども……。
夜。私は交換日記に全てを吐き出した。
今まで子ども扱いしていた事、学校に行ってない事も書いた。
そして、タケゾーさんの事まで書いてしまった。




