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不自然な弥生さん

 その夜。スタンプラリーの公園には、不自然な弥生さんがいた。その不協和音の正体を考えようとしたのだけど、その前に由紀ちゃんの姿を見つけてしまったので、僕は数秒前の疑問すら忘れてしまった。

 どうやら僕が最後に到着したみたいで、二人は談笑している。

 僕を見つけた弥生さんが、挨拶をしてくれた。

「やぁやぁ。こんばんは」

「こんばんは」

「こんばんは」

 僕は、二冊の大学ノートをそれぞれに渡す。弥生さんが日記にコメントをくれている間、由紀ちゃんと話が出来た。

「お兄ちゃんの見舞いに来てくれたんだね」

「うん」

「階段で転んで複雑骨折なんて、本当に馬鹿なんだから……。みんなに心配させて!」

 洋介らしいとも言えるし、らしくないとも言える。

 どうやら家族には信頼されているらしく、無理な嘘を貫き通したみたいだった。

 僕は何も言えずに、苦笑いを返しただけだった。

 ちょっと、気まずくなった空気を壊してくれたのは、弥生さんだった。コメントを書き終えたらしく、僕のスタンプカードを返してくれた。 

「はい。直人君。出来たさね。今日もお疲れさま」

 それぞれ、お別れの挨拶をした時、弥生さんが思い出したように謝罪した。

「あ、そうだ。ゴメンよ。初詣出なんだけど、私は別の人と行くことになってるんだ」

 僕は、『心に決めた人』とデートかな、なんて思ってしまった。

 次の瞬間、僕は『レディの恋路を詮索するなんて、直人君もまだまだ子供さね~』なんて返答で誤魔化されると思ったのだが、見事に予想は外れた。

 何故なのだろう?

 考え込んでしまった僕の隣で、由紀ちゃんと弥生さんの会話は進んでいた。

「それなら、仕方ないですね」

「代わりと言っては何だけど、洋介君の退院祝いを計画中さね」

「あ、お兄ちゃん。絶対喜びます」

 あ、そうか。由紀ちゃんがいるから、言葉に出さないと返事してくれないのは当たり前か。

 誤魔化されるのはわかっていても聞いてみたかったので、二人の会話が一段落するのを待って聞いてみた。

「弥生さんは、初詣出デートですか?」

「あらあら。直人君。お姉さまの恋の行方が気になるのかい? そうか。そうだよね。直人君の気持ちには気づいていたけどね。そんなに、ヤキモチを焼いてくれるなんてね~」

 予想以上に、意地悪な仕返しに顔が赤くなる。

「違います!」

 知ってるくせに、全く。由紀ちゃんの前で、その手の冗談は勘弁してくださいよ。

「う~んとね。デートだけど。私からフってやるためなの。そのためのデートなのさ」

 弥生さんの微笑みの下に切ない表情が見えて、僕はとんでもない地雷の質問をしてしまったことに気がついた。

 それと、もう一つ。今日会った時に感じた違和感の正体にも気がついた。

 いつもの、フリフリレースが特徴の少女趣味な服装じゃない。

 ごく普通の格好をしている。茶色のロングコートで、その下からは黒いストッキングが見えた。

 きっと、『心に決めた人』と何かしらのマイナスの進展があり、あのファッションは『心に決めた人』の趣味だったのだろう。

 弥生さんも、相手の趣味に合わせるような一面があるんだ。いや、弥生さんみたいな人だからこそなのかもしれない。それにしても、ゴシックロリータっぽいのが趣味の男か。どんな奴なんだろう。

 なんて、僕は懲りずに心の中で詮索ししまった。

 別れ際、弥生先生に耳打ちをする。

「気が利かなくて、ごめんなさい」

 弥生先生は、驚いたような表情で。

「あはは。謝る必要はないさね」

 この人は、こう言う好奇の心の声も、いつも聞こえているんだ。

 そう言うのに晒される毎日にも慣れているんだ。

 弥生さんの傷は、僕の想像力では計り切れれないだろう。

 僕に理解できるのはそれだけだった。

 いつか、弥生さんを幸せにしてください、と不必要な力を与えた意地悪な神様にお願いした。

 そして僕は、家に着いてようやく気がついた。

 初詣出は由紀ちゃんと二人きりじゃないか。


 十二月三十一日は例の締め切りでもある。

 『人類は必要か?』

 僕の答えは決まっている。

 人類が世界に必要かなんて関係ないんだ。

 僕は、これからもずっと、みんなと一緒に生きていたい。

 だけど、僕の力はあまりに無力だった。

 そうして、人類が滅亡する事が決定した。

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