それは、勘違いなんかじゃなくて
だけど、若者の集団が僕らの隣の席に座る。
男二人に女二人のグループだった。男の一人は金髪で、もう一人も金髪にしか見えない濃い茶髪だった。ダボダボの服がいまどきの若者を連想させる。
女の方は、やっぱり茶髪の二人組みで、この寒い時期にミニスカートだった。
いかにも派手そうな連中で声もでかかった。僕の頭は恐怖で、白い霧に包まれたように、ぼんやりと思考活動が見えなくなってくる。
でも、弥生さんに色々教えてもらった、今の僕にはわかる。
彼らは普通に生活して、僕が勝手に恐怖しているのだ。あちらから見れば、なんて迷惑な話だろう。
それでも、怖い……。
彼らが大きな声で笑うたびに、僕の胃は縮んでいくように、キリキリと痛む。
視線は、自分の靴しか見れない。
「どうしたの? 大丈夫?」
由紀ちゃんが声をかけてくれた。心配してくれてるんだ。
由紀ちゃんに格好悪い所は見せられないだろ!
顔を上げろよ!
ゆっくり顔を上げると、彼らの興味は、僕になんか向けられてなかった。
それでも視線はどこを見れば良いのかも忘れてしまっていて、呼吸の仕方すら忘れてしまって息苦しかった。
そして、僕の定まらない視線が、若者の一人の視線と重なってしまった。
「うわ」
「どうしたの?」
「あいつキモクない?」
「うわぁ~。マジヤバイって」
彼らは爆笑しながら、僕を指差した。
その笑い声の大きさで、店内中の視線が集まってるのを感じる。
最悪だ……。
由紀ちゃんにまでこんな経験させるなんて、僕は最低の人間だ……。
なんとか、『出よう』って言わないと、ここから離れないといけない、そう思うのだけど、この時の僕は、喋るという行動のやり方すら忘れてしまっていた。
そんな時、彼らの笑い声を打ち消すように、机を叩く音が響いた。
由紀ちゃんだった。
彼らを無言で睨んでいる。
「おいおい。弟がいじめられて怒っちゃた?」
「マジ。ムカつくんですけど~」
「ねぇ、健太~。あの娘ムカつく」
「おぉ」
何故か、姉弟だと思われているみたいだった。
そして、ガタイの良い金髪の男が、僕らの席の隣に立ち、ふざけた事に由紀ちゃんの腕をつかみやがった。
全ての行動を忘れていたはずの僕だけど、脊髄反射のごとく無意識のうちに、男に殴りかかってしまった。
それは女の子が見せるようなネコパンチで、男の胸へと直撃した。
僕の行動は、彼らを喜ばせてしまったみたいで、またも店内中に不快な騒音が響き渡る。
だけど、健太と呼ばれた、ガタイの良い金髪の男にとっては、笑えない事態らしく、おちょくる態度から戦闘モードに切り替わっていて。
「喧嘩売ってんのか。外に出ろや。お前ら。お姉さんが逃げ出さないように見張ってろよ」
と僕の胸倉を掴んできた。
それを見ていた金髪男の仲間たちは、余裕ありげにはやし立てている。
「きゃ~。怖い~」
「頑張れ。キモオタ君。俺はお前の味方だ。ギャハハハ!」
チラッと由紀ちゃんを見ると、小刻みに震えながらも相変わらず鋭く睨んでいる。
先ほどまでの、全ての行動を忘れるぐらいの僕の恐怖は、小さくなっていた。
怒りからなのか、物理的危機からなのかはわからないけど、アドレナリンの凄さを体感する。
こんな屈辱を与えてしまった僕なんかのために、怒ってくれている由紀ちゃんだけは、守らなくてはいけない!
椅子を投げて、由紀ちゃんの腕をつかんで逃げる?
大声を出して、周りに助けを求める?
この騒ぎに誰かが、警察を呼んでくれたことを祈りつつ時間を稼ぐ?
だけど、僕の人生経験値は低く、ことさら喧嘩経験値は無いに等しくて、全くもって選択肢は見えてこない。
興奮するだけで解決方法もわからず、鼻息ばかり荒くなる僕だった。




