告白3
それにしても、僕だけに打ち明けてくれるなんて、僕が特別な人間だから?
ゴメンなさい、僕には由紀ちゃんがいます。
痛い!
チョップされてしまった。
「こら! 違うさね。私はずっと心に決めた人が居るんだよ。そうじゃなくて、私は直人君の事を二年前から知っていた。心の中だけのSOSは届いてたけど、本当の声が届くまで、行動に移すのは駄目なんだよ。医者的にも『札幌の輪』の一員としてもね」
弥生さんは少し考えるように黙ってしまう。
何かを伝えたいけど、それは言えないのだと感じた。
これ以上の秘密があるのかな?
「思い出してごらん。私たちが来るちょっと前の事を」
最初に由紀ちゃんが来た。
多分、弥生さんが自分のポリシーをお犯す決意をしたのは、その少し前だろう……。
あれだ。
みんなと出会うまで、日付の感覚がない引きこもり生活だった僕だけど、あの日だけは確かな日付の感覚があった。
十二月一日。『人類は地球に必要か?』と問いかけられたあの不思議な夢を見た日だけは、ハッキリと覚えている。
「だめだよ。言葉にしては。私も死にたくないし、直人君も死んで欲しくない」
僕は、あの夢の事はあまり考えなかった。
だって、人類は地球のガンだ。
いらない存在だ。
そう思ったから。
でも、今は違う。
やっぱり人類は地球の敵だと思うけれど……。
わがままなのもわかっているけど……。
僕は、みんなとこの世界で生きていたい!
「それが聞きたかったのさ。人間なんて汚いものさね。私には良くわかるんだ。でもね、それだけじゃないんだよ。みんな、とっても優しい気持ちがあるのさね。ちゃんと、心の奥にね」
今日、誰にも知られたくない秘密の事を告白しなくても、今の僕の気持ちなんてわかっていたはずだ。
何か別の理由があるのかもしれない。
だけど弥生さんは、その答えは教えてくれなかった。
「ずいぶん長い時間が経ったつもりだけど、まだ昼前なんだね」
そう言われて、時計を見ると十一時三十分を少し過ぎたところだった。
そして、弥生さんは、鞄の中から、建築家の人が持ち歩いている細長くて丸い筒型の設計書入れを取り出した。
「最後にプレゼントさね!」
どこかで聞いた事のある定番の音楽を口ずさみながら、手作り感バッチリの卒業証書が渡された。
「私からは卒業だ。だけど、まだまだ道は長いよ! 油断しちゃ駄目さね。それにしても、本当は、お別れのつもりで準備したんだけどね……」
そう言って、嬉しそうに微笑みながら、照れくさそうに髪の毛をクシャクシャにかき回しながら。
「予定変更だね。これは、対等の友達の証さね」
「はい!」
僕は、力いっぱい返事した。
「もう1つ。プレゼントだ。いや、卒業証書の後に言うのも変だけど、卒業試験かもね。明日、由紀ちゃんは来ない。その変わり、今日会ってくれるかい? 由紀ちゃんとは、十四時にスタンプラリーの公園で待ち合わせさね」
この時の弥生さんは、冷やかしの意を乗せた小悪魔の微笑みをしていた。
だけど、僕はデートみたいだ! なんて素直に喜べない。
嬉しさより怖かった。
人が多い昼時に外に出る、そう思うと僕の視界はボヤケテ揺れてしまう。
外には慣れたと思っていたけど……。
怖いよ……。
僕にとって、『夜の闇』と言うのは、思っていた以上に強靭な鎧だったみたいで、そもそも僕の部屋は未だにカーテンが閉められていて、未だに僕にとっては、日の光と言うのは畏怖の対象でしかなかったのだ。
僕の意見など聞かずに、僕の身体は寒くも無いのに、腕を強く組んで震えていた。
その時、懐かしい温もりが肩に触れる。
「大丈夫。誰が何と言おうと、私たちは君の味方だよ。友達だよ」
「そうかな」
気がつけば、僕は震えながらも、笑っていた。
「そしてね、秘密を告白したのもこれが理由さ。どうしても、由紀ちゃんと会って欲しいんだ」
つまり、僕の背中を後押しするために、心が読める事を教えてくれたのかな。
今日はクリスマスイブだ。
もしかして由紀ちゃんも僕の事を好きなんじゃ?
いや、そんなはず無いか。
じゃあ、なんだろう?
洋介も呼んで、クリスマスパーティでもやるのかな?
僕は、何とか弥生さんの言葉の意味を知ろうと、考えをめぐらせるのだが、答えは見えてこない。
弥生さんは、完全にいつもの大人なお姉さんに戻っていて、僕の思考を、一つしか買ってもらえないケーキを選びきれない子供を見るような、そんな大人の微笑みで楽しそう見ていた。
弥生さんの意地悪!
「ゴメンよ。今日で直人君とは会えなくなる予定だったから、理由も話すつもりだったんだけどね。いろいろと事情が変わったのさ……。やっぱり、プライベートな事を人の話すのは良くないことだしね。それに、今の直人君を見ていると、理由なんて知らなくても、大丈夫だと思えてくるのさね!」
ますます、意味がわからなくなった。
それにしても、弥生さんと『心に決めた人』とは、今日どう過ごすのかな?
せっかく、クリスマスイブが土曜日なんて、恵まれた年なのに、僕の家なんかに来て大丈夫なのだろうか?
いや、あんまり深い関係じゃないのかな?
恋と言うのは、大人の余裕すら消すものらしい。
無言でデコピンをしてきた、弥生さんの顔が真っ赤だった。




