告白2
そして、暗い表情のままだったけど、嬉しそうに言った。
「そして、第三のズル。私は心の声を聞くことが出来るんだ……」
僕は気づいた。あまりの重い空気で、部屋に入ってからは一言も喋っていない事に。
それでも、会話しているつもりになっていた。
「君のお母さんも、誘導尋問のようにして、納得させたんだ。私たちの派遣をね。由紀ちゃんを選んだのも勝手に心を覗いて、お互いに良い意味で傷を舐め合える。そう思ったから、物事を誘導したんだね。我が身可愛さで、みんなを騙したんだよ。心を覗いて、人の行動を操るなんて、とんでもないマインドコントロールをしていたのさね」
そう言った、弥生さんは僕の顔を見つめながらも、小さく震えていた。
そうだったんだ。
全ては、演技だったのか。
挨拶させたのも、話せるようになったのも、僕の心を覗いて操っていたんだ。
スタンプラリーの時も、あの行動は外に出させるための演技だったんだ。
全てが弥生さん演出の中、僕は踊らさせられていたのか。
由紀ちゃんや洋介も……。
弥生さんが今にも泣き出しそうなのも、演技なんだ!
そう言いたいのかよ!
僕は怒りと悲しみで、拳を強く握っていた。
今日初めて、弥生さんが静かに微笑んだ。
とても、悲しい微笑みだった。
もう抑える事ができなくなった気持ちが、僕の身体を勝手に動かしてしまった。
僕は、勢い良く椅子から立ち上がり、今日、初めての言葉を口にした。
「弥生さん、なんで、そんな言い方をするの!」
僕は実際に救われた。
部屋だけの世界で、いやベッドの中だけの世界と言っても良い。
そこから、飛び出させてくれたの、弥生さんなんだよ。
由紀ちゃんや洋介との出会いは、偽者だったのかもしれない。
弥生さんのやったことは、確かにマインドコントロールと言えるのかもしれない。
だけど、それは、弥生さんの悪意からじゃないでしょ?
それに、いつもの大人の笑顔だって、肩を握りしめ励ましてくれた事だって、ほっぺをおもちゃにされた時だって、あの表情や行動は、演技なんかじゃないはずだ!
そうなんでしょ?
大人ぶって、悪者のフリするなよ!
「やっぱり。君は面白い子だよ」
そう言った、弥生さんの頬には、この人らしくない、涙が流れていた。
止まることなく、次々と……。
僕は、劣等感から馬鹿にされただけで引きこもった。
すれ違う人々に、キモイと言われただけで引きこもった。
それも、勘違いだったのかもしれないと弥生さんが教えてくれた。
だけど、弥生さんは全てが聞こえてしまうんだ。
それは、絶対に勘違いなんかじゃない。確実に本当だとわかる状態で聞こえてしまうんだ。
僕なんかじゃ、耐えられない世界で生きているのに、人の幸せを望んで、行動してきたんだ。
それに、見ればわかるよ。今日告白してくれた時だって、凄い怖かったはずだ。
僕は抑えきれなくなった衝動から、弥生さんの肩を強く握り締めた。
以前僕がやってもらったように。
「ゴメンね……。ゴメンね……。本当にゴメンね」
弥生さんは、まるでその言葉しか知らないように、謝り続けている。
「大丈夫だよ。大丈夫だから」
気がつけば、僕も泣いていた。
笑顔を見せる約束なのに、泣いてばっかりだ。
「全くさね」
めがねの奥から、いつもの笑顔を見せてくれた。
あ、でも、鼻水が光ってる。
そう思った瞬間、弥生さんは、僕を押しのけ鼻を噛んだ。
失態だ。
レディに対して、なんて事をしてしまったんだ。
心が見られるのって辛いな。
心が読めるのは、それ以上に辛いんだろうな。
「大丈夫さね。慣れてるよ。でも、その心がけは大事だからね! レディに鼻水光ってるよ、なんて教え方はいけないさね。由紀ちゃんの時は気をつけるんだよ」
そうだ。
そういうことか。
僕の淡い恋心も全て見られてたのか。
ギネスに申請できそうなぐらい、顔が熱くなる。
そして、弥生さんの涙が残る顔は、明るく笑っていた。
「直人君。今まで、ゴメンね。許してくれて、本当にありがとう」
「ありがとうは、僕の台詞ですよ」
「ううん」
弥生さんは、何度も首を横に振っていた。
「実はね。私は親が居ないのさ。子供の時なんて、全てを親に報告するもんさね。だけど、この力が普通じゃないなんて、知る由も無い。今までの愛情がひっくり返ってね。表面上は変わらなく接してくれたんだけど、心の中じゃ『化け物!』と言い続けていた。愛情から来ていた優しい行動は、恐怖からの優しい行動に変わってしまったんだ。そして、四歳の時だったかな。私は、施設に預けられた。その後、両親の行方はわからないのさ。私は、学んだよ。人に言ってはいけない力なんだってね」
そして、大人っぽくない、無邪気な笑顔で言った。
「だから、今日で、直人君とは会えなくなると思っていたのさ。本当に、こんな私を許してくれてありがとう」
そして、『秘密だよ』と口を人差し指で押さえながら。
「だからね。両親に捨てられてから、打ち明けるのは君が最初で最後さ。……勝手に秘密を暴いてしまう人もいるのだけどね」
そう言って、困ったように微笑んだ。
「そうそう。直人君は、勘違いしているみたいだけど、私は幸せなのさ。私は不思議な感性をもった、良い人に恵まれたからね。直人君みたいなね!」
最後の言葉の意味は、よくわからなかった。
だけど、褒めてもらえた気がした。




