パンツ
……大分、時間が経ったはずなのに、依然として、二つの気配は音一つ立てずに、それでも存在だけは主張していた。
いや、これほどまでに静かなのだ。僕の感覚が、二人の残像を捕らえているだけかもしれない。
壁を見つめていた視線を、状況確認するため部屋全体へと向けようと、僕はゆっくりと身体を回転させた。
振り返ると、パンツがあった。
ボランティアの女は、ベッド横に椅子を構えていた。それも、僕の頭、つまりは枕の辺りに椅子を構えていたらしい。女らしく、足を閉じて斜めに構えていたのだけど、ベッドの高さと椅子の高さが、偶然にもラッキーポジションだったらしく、白いパンツが見えてしまったのだ。
久しぶりの刺激に心臓が破裂しそうだった。
だけど、二つの気配は、やっぱり存在している。僕は慌てて壁の方へ振り返る。
侵入者二人はまだいて、一人はパンツを見せた。そして、何故か黙っている。
なんだこれ?
いや、パンツは僕が勝手に見たのか。
そして、それ以降も静寂のまま、確かに二人は居座り続ける。
辛い。
そして、パンツ……。
僕の部屋には、パソコンも、テレビも、本棚も、娯楽するための家具は何一つも無い。大きな家具は、机とベッドとタンスだけだ。そして、母親がいつの間にか置いて行った、時計やカレンダーなどの小物ぐらいしかないのだ。
あれは、僕が引きこもるようになって、直ぐの事だった。両親が寝静まった夜中に、全ての娯楽を、リビングへと移動したのだ。
楽しい事を我慢するから、辛い事から逃げさせて!
そんな対等でない条件提示のため。
嫌いなピーマンを食べるからズル休みさせて、と要求する幼稚園児と同じだ。
僕は出来るだけ心を麻痺させ、寝るだけの生活を送っていた。人が当然のように受ける苦痛から逃げた生活、その代わり楽しさも捨てた生活を送っていた。
それで、今の状況を肯定させようとしていた。他人から見れば理解不能の理論だろう。僕自身、ただの言い訳に過ぎない事もわかっていた。
それでも、僕は罪悪感から逃げることが出来た……。
だけど、パンツ……。
捨てたはずの感情、死んだはずの感情、思春期の青い妄想が頭の中を駆け巡る。
さっきまでの二つ気配に対する苦痛は、薔薇色の妄想へと姿を変えていた。情けない事に、退屈ではなかった。
それ以降も、無言のまま時間は過ぎていく、だけど僕の頭は久しぶりの刺激に退屈していなかった。
最初に根負けしたのは母親だった。
「お菓子とお茶入れてくるわね。あ、クッキーでも焼こうかしら」
遠慮するボランティアの女だったが、逃げ出したい親の意向を汲んだのか、渋々了解していた。
しばらく戻りたくないのであろう。母親は数年ぶりに、手作りお菓子にも挑戦するようだ。
そして、何かをボランティアの女に手渡したような気配がした。
「念のため、防犯ブザー置いていくわ。ドアも開けとくから、もしもの時は呼んでね」
僕が彼女を襲うとでも思ったか?
息子を信用しろ。僕は負け犬だけど下衆じゃない。
いや……。まだ、パンツの余韻が残ってる変態野郎か。
侵入者のうち一人は撃退した、と言っても、僕はずっと黙っていて、パンツを覗いただけか。
部屋から気配が一つ消えていく。
そして、母親が声の届かない距離に移動した程度の時間しか経っていない時に、彼女は口を開いた。