告白1
十二月二十四日。土曜日。
弥生さんが来る日だ。
ただ、ここ数日、スタンプラリーで会う弥生さんは、どこか元気が無いのが気になっていた。
呼び鈴が鳴り、僕は弥生さんを家へと迎え入れる。
玄関を開けると、凄く悩んでいる顔つきの弥生さんがいた。いつもの意地悪だったり、優しかったりする、あの大人な微笑みがない。
弥生さんらしからぬ、明らかな作り笑いを浮かべ挨拶してくれたのだが、すぐに神妙な顔に戻ってしまう……。
僕は、部屋に案内し、椅子に座ってもらう。
その後は、五分位の沈黙だった。
何故だろう。僕には五分の沈黙が、長く感じられた。
初めて見る弥生さんの暗い表情があるからか、あるいは、とてつもない嫌な予感がするからか。
とにかく様子のおかしい弥生さんが心配なのだが、それでも僕は、こう言う時の対処法もわからず、何もする事ができなかった。
静寂は、弥生さんの告白で終わった。
「どこから話せばいいかな。私はね。直人君を騙していたんだ」
どういう事なんだろう?
この前の友達発言の事?
『騙していた』という抽象的な発言から想像されることは、思ったより少ない。
友情が偽者だったと宣言される事を、一番恐れているせいだろう。
その事ばかりが、頭を駆け回る。
「そうじゃないよ。今では直人君に友情を感じているさ。私も他の二人もね」
じゃあ、なんだろう?
わからない。
頭の中は高速回転で答えを探しているようで、すべての活動をストップし機能停止してしまったようにも感じる。
よほど言い出しにくい事なのか、再び弥生さんは口を閉ざしてしまった。
「そうだね。言いにくい事なのさ。一杯騙してきたからね。私はね、君のためじゃない、自分のために、この活動をしているんだ」
それなら、最初に聞いたよ。
感謝されたいっていう可愛い下心でしょ?
「そうだね。それもある。だけど、直人君の場合は特別なのさ。きっかけは、そう。全部私のためなのさ」
そう言うと、弥生さんはうつむいてしまった。
そして、言葉を選びがら話を続けた。
「そう。感謝が欲しいのさ。私の仕事もそうだね。精神科医をやっているのさ。『札幌の輪』もそうだよ。感謝が欲しいから、メンバーになった。だけど、直人君には、もっともっと自分本位な理由で、接触しなくちゃいけなかったの」
弥生さんは数回の深呼吸をして、気持ちを落ち着かせているみたいだ。
「私はね。君の存在をもっと前から知っていた。だけど、何も出来ないのさ。病院でも、『札幌の輪』でもね。『助けて』と言われて初めて接触できる立場なのさ」
言われてみれば、そうだ。
お宅の家に引きこもりがいるでしょう? なんて、押しかけてくる医者もボランティアの人もいないだろう。
「だけど、君もご両親も人に頼ろうとしなかった。私はお手上げさね。私が、君の存在に気づいたのは、二年も前だったんだよ。だけど、何も出来なかった。第一のズルが『助けて』と言ってない直人君や両親に、私たちの偽善を無理やり押し付けた事だね」
それは僕たちが悪い。
いや、両親は関係ない。
いろんな方法で学校に行かせようとした。
社会に馴染めなかった僕が悪い!
「ちがう! 君は確かに人より弱いかもしれない。だけどね、人は色々さ。少しずつで良い。出来る範囲で良い。立ち止らずに、ちゃんと前へ進めばそれで良いのさね。それにね、人は一人じゃ弱い生き物さ。ちゃんと、頼るべきなんだよ。特に君らのような子供はね」
でも、僕は二年半も時を無駄に過ごした。
前になんか進まなかった。
ひたすら閉じこもった。
「そうだね。だから、私たちの仕事があるのさ。辛いなら『助けて』って言って良いんだよ。それに、直人君の進歩を見れて私は幸せさ。ちゃんと、お礼は頂いているんだよ。他の二人もね」
僕は甘えただけだ。
何もやって無い!。
「それは、私の第二のズルさね。由紀ちゃんはいつも孤独だった。表面上は、友達は居たように見えたかもしれない。でも、凄く不器用でね。孤独な毎日に押し潰されそうだったのさ。それをわかっていて君に会わせた。はっきりと認識しているわけじゃなかったけれど、依存される事が由紀ちゃんの望みだったんだ。由紀ちゃんは由紀ちゃんより弱い存在を欲していた。何もしなかったら、悪い男に溺れそうだった。でも、君がその役割をしてくれたから、彼女も大きく前進できたんだ」
言ってる意味はよくわからない。
結局、僕は依存しただけじゃないか。
何もしてあげられてない。
「そう思うなら、今度は甘えさせてあげればいい。頼りになる男になるように頑張るのさ!」
僕は強く何度も頷いた。
今日は、暗い表情しか見せてくれなかった弥生さんが、少しだけ微笑んだ気がする。
「洋介君は、ちょっと予定外の参加だったんだ。でも、直人君と洋介君のペアは相性が良かったから、そのまま参加してもらう事にしたんだ。聞いたかな? 彼は人を殺したと思っている」
洋介が初めて来た日の事を思い出した。
クラスで浮いている男の子がいて、不良の自分が挨拶したせいで、彼は辛かったのかもしれない、と語っていたのを良く覚えている。
「そう。だから、君の成長を見て、罪の意識が軽くなったのさ」
それはおかしい。
誰がどう見ても、洋介のせいじゃない!
「そうかもしれないね。だけど、洋介君にはそれが事実なのさ。それを否定出来る存在は、この世にはいないんだ。他の誰が言っても、洋介君の罪の意識を軽くする事はできなかった。だけどね、そんな洋介君の闇を、君が照らしてくれたんだ」
洋介にも甘えているだけだ!
僕は、彼に何かしなくちゃいけない。
「無理は駄目だよ。だけど、直人君が納得できないなら、納得できるように頑張ればいいのさ。結果じゃない。その気持ちが大事なんだよ」
僕が洋介に出来る事……。
何があるのだろうか?
でも、一つ確かなのは、甘えちゃ行けないという事だ。
僕は、もっと頼りになる男にならなくてはいけないんだ!
「だから! 私たちには甘えていいんだって!」
弥生さんは、少しだけ怒るような口調で言った。
「でも、それが直人君らしいのかもね」




