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ゴメンなさい。ありがとう。

 十二月十五日。木曜日。

 今日は、弥生先生の診察の日だ。

 私は、家を出る前にある決心をした。

 数日前に、お兄ちゃんから直人君の様子を聞いたからかもしれない。

 今日こそ、私が学校に行かない理由を弥生先生に打ち明けようと思う。

 直人君がすこしずつ前を歩き始めたんだもの。

 私も、前に進まないといけないわ。

 だけれでも、一人で答えを出して学校に行く勇気はなかった。


 病院に着くと、今日は私が一番乗りのようで、九時になって直ぐに、診察室に呼ばれた。

 弥生先生とは、いつもと同じく少しの談笑をした。

 でも、私は上の空だ。言わなくちゃと言う想いで、頭が一杯だ。

 私の決意に気づいたのか、久しぶりにこの質問をしてくれた。

「さてと、ゴメンよ。約束破っちゃうね。学校に行けなくなった理由を教えてくれないかい?」

 家を出る前に何度もシミュレーションしたのだけれど、なかなか声に出せない。

 言わなくちゃ。

 何て下らない理由だ、と怒られるかな。

 呆れられるかな。

 怖い……。

「大丈夫だよ。無理はしなくても良いさね。でも、私には、今日は出来る気がするさね。由紀ちゃんもそうじゃないかい?」

 そして、弥生先生は本当に勘が良い。

 やっぱり、私の決意を受け止めてくれたんだ。

「友達に無視されて。でも、最初から友達じゃなかったんです」

 

 あれは、高校一年生の夏休みだった。

 思えば、高校に入学して以来、私から友達に話しかけたのは、あの時が初めてだったかもしれない。

 そして、最初で最後だったのかもしれない。

「ねぇ。やっぱり、万引きなんて良くないよ」

 いつもは、笑いながら集団からはぐれないように、必死にグループの傍に居た。

 彼女たちは、知り合いの居ない高校で初めて話しかけてくれた人たちだったから。

「うわ。居たの。って言うか~、何でこの娘居るの?」

 そう宣告されるまで、私は勝手に友達だと思っていた。

 いつも、みんなの集まる場所に居たけど、会話は良く聞こえなかった。

 でも、一人じゃないと思って楽しく笑ってるフリをして、みんなに付きまとった。

 空気みたいな存在で良い。

 一人は嫌だった。

 絶対に嫌だったの。

 でも、私は空気ですらなかった。

 邪魔な存在だった。

 迷惑な事に友達でも無いのにまとわりついて来る、本当に邪魔な存在だったのだ。

 孤独と自分のしでかした罪の重さで、私は学校に行けなくなった。


「私は、悪い人間なの。みんなに迷惑かけた。でも、偉そうに説教までしてしまったの」

 弥生先生は、黙って聞いてくれた。

「辛かったね」

 一言だけ言って、先生は頭を撫でてくれた。

「偉いよ。友達の間違いを指摘するのは勇気がいるのさ。それを、出来たんだ。由紀ちゃんは偉い子ですよ~」

 いつもの余裕のあるお姉さんなのだけれど、少し赤ちゃん言葉が混じってる。

 怒られも呆れられもしなかったけど、馬鹿にされた!

 そう思って先生の顔を覗き見る。

 私は恥ずかしくなった。そんな表情じゃない!

 弥生先生は確かに優しく微笑んでくれている。目にうっすらと涙をためながら。

 私を受け止めてくれたんだ。

 疑ってしまってゴメンなさい。

「良いかい。それに、由紀ちゃんは悪い子じゃないよ。ただ、人には相性って言うものがあるのさね。好きな物も、嫌いな物も、信じる思想だって別々さ。それが、食い違っていただけだよ。うん。私は由紀ちゃんの事を友達だと思っているよ」

「はい」

 そうなのかな。

「それに、直人君もそうさね」

「はい」

 私は一人じゃないのかもしれない。

 私は涙を我慢するので精一杯だった。

 気がつけば、一人三十分という診察時間は過ぎている。

「あ、帰らなくちゃ」

 なんだか、心が軽くなった。誰にも言えなかった、学校に行けない理由なのに、弥生先生は認めてくれた。

 きっと大人たちから見れば大した事の無い理由だ。

 ちゃんと学校に行っている同級生から見ても、自業自得だと責められるであろう理由なのに。

 誰もが一度は躓くだろう、小さな小さな障害でしかないはずなのに。

 起き上がれなくなった私が悪いのに。

 だけれども、弥生先生は受け止めてくれた。

 ありがとう。

「今日は頑張ったね。ご褒美に私からプレゼントさね」

 なんだろう? プレゼントって言葉は、それだけで期待感で胸いっぱいになる。

「宿題の追加さね!」

 弥生先生は、ハンバーグに大嫌いなたまねぎが入っているなんて事に気づきもせず、美味しそうに食べている子供を見るような、大人の意地悪な微笑をしていた。

「そろそろ学校も冬休みだろう。しばらくは、学校に行くとかそういう事は忘れるのさ。この冬は、一杯楽しい思いで作ろうさね。それがきっと心の支えになってくれるよ。楽しい思い出は最高の武器さね」

「はい!」

 私は帰り道、涙を我慢する代わりに、にやけるのを我慢しなくてはいけなくなった。

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