バカバカ直人。バカ直人。
十二月十一日。 日曜日。
直人君の家に着くと、お母様が出迎えてくれる。
「息子への客なんて久しぶりなのに、最近は多くて嬉しいわ」と本当に嬉しそうに話してくれた。
お母様は、直人君の部屋には入らないようだ。
他の二人が、特に弥生先生が、信用を勝ち取ったのだろうと思った。
今日も、直人君は壁をずっと見つめている。
この前は背中からも攻撃的な意思が見えた気がするけれど、今日はそれが無い。
私たちを受け入れ始めているのだと解釈した。
でも、結局何を言っていいのかわからず、時間だけが過ぎていく。
重苦しくなくとも、やっぱりじっとしているのは暇だった。
ちょっと、私をシカトし続ける直人君にイラつきもした。
私は心の中で、「バカバカ直人。バカ直人。あなたは、失礼な人ね~。少しはこっちを見なさいよ~」と歌いながら、時間を潰す事にした。
そんなに暇ではなくなった。
気がつけば、そろそろ正午になりそうだった。
うまく話せない事は予測済みだったし、それでもお互いの理解を深めにはどうするか。
私が思いついた宿題はアンケートだった。
「今日は帰るね。私も宿題だすね」
この部屋の数少ない家具の机に宿題を置いた。
あ、そうだ。
今日は一言も会話をしてない。
このままじゃ駄目よね。
せっかく先週自己紹介してもらったのに、後退しちゃ駄目だわ。
「さよならを聞かせて。ね」
気がつけば、お姉さんぶる様な台詞を言ってしまった。
だって、なんだか年下のように感じるんだもの。
ううん。なんか、出来の悪い子供みたい。
違うわね。生まれたてのお猿さんみたい。
直人君はゆっくりと起き上がり、こちらを見つめる。そして、しっかりとした口調で言ってくれた。
「さようなら」
「うん。さようなら」
前回は直ぐにベッドに潜ったのに、今回は私が部屋を出るのを見送ってくれた。
確かな手ごたえを感じる。
私は何もしてないことも、これが他の二人の功績な事もわかっている。
それでも、私は自分も必要とされているのでは? と思わずにはいられなかった。
でも、そんな場合じゃなかったのだ。
しまった。
大事な事を思い出すのは、いつも事が終わった後だ。そう、取り返しがつかなくなってから。
私は、あのアンケートに、イタズラで書いた一言を消し忘れている。直人君が先週挨拶してくれたのが嬉しくて、つい出来心でやってしまった。「また、挨拶欲しいな」みたいな事を書いた気がする。書き上げた開放感で、そのまま寝ちゃったのだけど。
後で消すつもりだったのに……。
どうしよう。
とんでもない失敗をしてしまった気がしたのだけど、逆に良かったみたい。
次の日、直人君の家から帰ってきたお兄ちゃんが、大慌てで、昼飯を平らげ、ゲームを鞄につめている。
「直人の奴、今日は玄関まで出迎えて挨拶してくれたぜ。凄いよ。弥生先生の話術のせいかな。だからさ、俺の宿題は、『寝るとき以外はベッドから出る事』にしたんだ。でもよ、あの部屋何も無いだろう?」
「でも、テレビもなかったじゃない?」
「直人の母ちゃんに手配してもらった。元はあの部屋にも、テレビ合ったってよ。捨てないで取ってあるってさ」
「良かったね。きっと喜んでくれるよ!」
自慢げに言うお兄ちゃんを見て、私も自慢げになっていた。私は今日こそ確かな手ごたえを感じる。きっと、私のアンケートのお願いを聞いてくれたのね。
だけど。
「そのカツラ。今日もつけて行ったんだ」
「おぉ。下ごしらえだ。やっぱり、元気が無い時はサプライズだろ? 男の子はみんなドッキリが好きなんだよ!」
私は『ほら、髪が短くなっちゃった!』なんて、自慢げに言っているお兄ちゃんを想像した。
頭が痛くなる。




