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 引きこもりやニート。

 これらは、社会問題として認識されつつ、他人も社会も政府も、大きな対策をしない問題だ。

 当然だ。

 みんな現実が辛い。 

 それでも、家族のためや、生活のため、自分のため、頑張っているのだ。

 甘えている奴に対して、何かする必要があるはずもない。

 その考え方こそが普通なのだ。

 理由は知らない。

 甘えるな。

 とにかく働け。

 そうだ、大事な事があった。

 お前みたいなクズは、俺の部下にはなるなよ。

 これが世界の本音だ。

 引きこもりの僕にだってわかる。

 それは、至極当然で正論なのだ。

  

 変な夢を見たからといっても、僕の生活は変わらない。

 ベッドだけの世界で、自己正当化のために不思議な理論を考えたり、ひたすら意識が飛ぶように寝る努力をしたりと、これぐらいしかする事の無い、平坦で何も無い日々だった。

 そんな変わらないはずの毎日に、変化があったのは、不思議な夢を見た日から数日後の事だった。

 僕にとっては、永遠に続くベッドだけの日々の、ありふれた一日のはずだった。

 だけど、この日の朝は、いつもと違っていた。

「ご飯おいとくね」

 部屋の外から聞こえてくる、朝の挨拶代わりの一言。唯一つとなった親との会話だ。いや、僕は答えないから、会話と定義して良いのかは疑問だ。

 ここまでは、いつもと変わらない。昨日までの、無限に続く変化の無い毎日と同じ。

 母親が三十パーセント程の確率でしか食べられる事の無い朝ごはんを、片付けに来る時間の時、変化の無いはずの僕の生活に不快なノイズが発生した。

 僕がトイレや深夜に出る時を除くと、滅多に開かれないはずの部屋のドアが開き、気配が二つ入ってきたのだ。

 僕の部屋は時間に関係なくカーテンが締め切られている。

 そんな、朝でも薄暗い部屋に電気の照明が灯された。

 僕はベッドの中で、出来る限りの力で『入ってくるな』と念をこめ、無断で進入してくる二つの気配に背中を向けて、壁を見つめていた。

「直人…。ゴメンね。今日はお客さんが来てくれたの」

 この声には聞き覚えがあった。

 二つの気配のうち一つは母親らしい。

 そして、もう一つの正体のわからない気配が話し始めた。

 静かで小さいけれど、綺麗でいて心地よいソプラノボイス、それは明らかに女性の声だった。

「はじめまして」

 聞き覚えの無い声だった。

 なにより、彼女の発言が、僕の知らない人物だと知らせている。

 僕は壁を見ながらも、その声のトーンから、彼女の表情は笑っていると思った。

 彼女自身はそれしか言わなかったので、僕と同じく『情報不足だ』と判断したらしい母親が、補足の説明をする。

「えっとね、斉藤さんって言うの。直人と同じ十七歳なんだって。それなのに、ボランティアに精を出すなんて偉いわね~」

「いえ」

 補足の説明も随分と少ないが、どうやらこれだけで紹介は終わりらしい。

 少ない情報で僕は推理してみた。

 一年ほど前から積極的介入を諦め、時間が解決してくれる事を祈るしか方法が思いつかない程に、僕が追い詰めてしまった母親。そんな、彼女が苦肉の策として、赤の他人であるボランティアの女に助けを求めてしまった。……こんな所かな。

 先ほどの自己紹介から後は、無音の世界だ。

 これは、僕がベッドの中で過ごしてきた、昨日までの毎日と同じに見えるかもしれない。だけど、音はしなくても、二つの気配は僕の部屋に確かに居座り続けていると感じ取れた。

 いつもと変わらないようでいて、これは大きな違いだ。部屋に他人がいる。その事実は、僕にとって重い事実で、なんとか意識が途絶えるように寝る努力をしてみたり、気が紛れるように壁の模様を見つめるのだけど、心の中は不安と恐怖で一杯だった。

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