第1時間目 出会い
俺の上には青空が広がっていた。
そして、周りを見れば、桜が舞い落ちていた。
どうも、月森拓海です。
俺は今、妹の恵魅と共に学校に向かっています。
こんな日には、何か楽しいことの一つでも起きそうな物だ。
ああ、神様。願わくば、俺に楽しいことの一つでも起こしてください。
世界は平和なのだろう。
鳥の歌声が聞こえる。
それは平和の証。
俺はそれをよく聞こうと耳を澄ました。
しかし、俺の耳に入ってきたのは、その平和の声でなかった。
ドゴーン!!
激しい爆音と共に、地響きが辺りに振動した。
「な、なんだ!?」
俺は辺りを見回す。
近くの人達も、その音の元を探している。
俺は自分の前の方に黒い煙が上がっているのを発見した。
(確か、あの方向は……………学校だ。)
俺は恵魅の方を見た。
そこに恵魅の姿はなかった。
恵魅は既に学校に向かって走っていた。
俺はそれを追いかけた。
神様学園。
そこは、この国で一番大きな学園。
なので、俺は恵魅をすぐに見失ってしまった。
しかし、まだ黒煙は上がっているので、俺はそれを便りに走っていた。
恵魅は魔法使い。
だから、急に走り出したのもわかる。
しかし、俺はなんで走ってるんだ?
全く関係がないはずだ。
なのに、俺の体は誰かに引っ張られているような気すらした。
俺は走った。何もできなくてもいい。
ただ、見届けなければならない。
そんな……気がしたんだと思う。
俺は恵魅に追い着いた。
恵魅の周りには、男の子が一人と女の子が恵魅を含む五人がいた。
その内の二人が、この騒動の原因らしかった。
俺は近くの茂みに隠れながら、彼等の方に近づいていった。
近くに寄ると彼等の話は聞きやすかった。
「二人共、もうやめてよ。」
「やめるです。」
止めてる側の女の子二人が言った。
「ちょっと待ってよ。先に仕掛けてきたのは、花月の方だよ。」
対峙していた年上の方が言った。
「ちょっと待ってください。」
もう片方の女の子が言った。
おそらく、この子が花月と言う子だろう。
「千鶴さんが梅干しをさくらんぼと偽ったのがいけないんですよ。」
(梅干しをさくらんぼと?)
「あれ?なんも疑わずに食べたのは、花月の方じゃない。」
(ああ、食べちゃったんだぁ。でも、それだけでこんな騒ぎを起こさなくても……。)
「とにかく二人共、もう止めてください。」恵魅だ。
「そうだよ。理由はともかく、喧嘩はよくないよ。」
最初の子が言った。
「嫌ですよ!!今日こそは千鶴さんに印籠を渡して差し上げますよ!!」
花月はそう言うと、魔法の詠唱を唱え始めた。
「仕方ないなぁ。」
千鶴も詠唱を唱え始めた。
俺は、もう見るに見兼ねて、二人を止めるために茂みから飛び出した。
それが失敗だった。
二人が魔法を唱えたのだ。
「アイス!!」
「エレキ!!」
花月は氷を、そして千鶴は雷を使った。そして、花月の氷は千鶴の雷によって砕かれた。
砕けた氷は真っすぐに俺に向かって飛んで来た。
俺が気付いた時にはもう遅い。
「ギャフーン!!」
俺はこの時初めて、“ギャフン”と言わせるという言葉の意味を知った。
俺はそれからの記憶が一切ない。
ああ、神様。……面白いことを望んだのはたしかだけど、これは……反則だよ。俺は暗い闇の中にいた。
そこには、一点の光りもない。ただ続くのは……闇だけ。
俺は歩き続けた。
しかし、どこに行っても暗闇だけ。
ああ、誰か助けてください。
俺は、その場に座り込んだ。
疲れた。もう歩けない。
俺は終わりだと思った。
しかし、そんな俺の目に入ってきたのは……小さな光だった。
その光は本当に小さかったが、そんな光でもこの闇の中ではとても明るかった。
光は俺に言った。
『大丈夫だよ。あなたならできる。』
その言葉は聞き覚えがある。
もう一つ、光が現れた。
それはさっきの光よりは小さかった。
『ずっと……ずっと一緒なのですよ。きっと……。』
二つの光は、それだけ言って輝きがだんだん薄れていった。
(待ってくれ。)
あれ?言葉が出ない。
そうしている内に光りは消えていってしまった。
俺に懐かしさという謎を残していって、消えてしまったのだ。
それは、まるで……どこか遠くに行ってしまうように……。
体が重い。
腕や体が動かない。
そんな俺の耳には、誰かが遠くの方で話をしているのが聞こえてきた。
「お兄さまは、大丈夫なんですか!?」
「ええ、もう大丈夫よ。」
「そうですか。よかった。」
「よかったね。恵魅ちゃん。」
(恵魅?)
俺はその単語で重たいまぶたを開いた。
俺の目の前には、大きく目を見開いた女の子がいた。
彼女は長い髪を横で二つに分けていて、確か……ツインテールと言ったかな?歳は……恵魅と同じくらいだろう。
彼女は俺と目が合うと、ビクッと体を震わせた。
しばらくの沈黙。そして、見つめあう目と目。
俺は、その目を見て、ある物を思い描いた。
そう、それは……。
「にゃあ。」
猫だ。
大きく見開いた目は、俺に猫を思わせるのだった。
彼女は、また体をビクッと震わせた。
(まずい。いきなり目を覚めた男に“にゃあ”なんて言われたら、ビックリするか怯えちゃうよな。)
俺はまずいことをしたと、後悔してしまった。
しかし、彼女は怯えている様子などはなかった。
「にゃあ。」
彼女は、むしろ俺の言った、それを言い返してくれた。
「にゃあ。」
俺も言った。
しばらく続く、この変なやり取り。
しかし、このやり取りは長くは続かなかった。
「お兄さま、何をしてらっしゃるのですか?」
恵魅が俺等の変なやり取りを止めてくれたのだ。
「あ、恵魅。」
「あ、恵魅。……じゃないわですよ。」
「俺……どうしたんだっけ?」
「まったく、思い出せませんの?」
「うーん、と……そうか。思い出した。」
俺はここで寝ている理由を思い出した。
(確か、俺は恵魅を追い掛けて、追い付いたと思ったら氷が頭に当たって、気絶したんだったよな。…………あ、そういえば。)
俺は自分の上に乗っている少女を見た。
(そういえば、この子はさっき、あの二人を止めていた子だよな。)
彼女は俺に微笑み掛けていた。俺もそれを返したが、頭の中は、もう他のことを考えていた。
(そろそろ……降りてほしいなぁ。)
体中が痛い。しかし、彼女は降りる気などなさそうだった。
(ああ、言った方がいいかなぁ?)
「小雪ちゃん、そろそろ降りた方がいいよ。」
。
小雪と呼ばれた彼女は、その言葉に従って、俺の上から下りてくれた。
長い間乗っていたのか、俺の足に血が行き届くのを感じた。
「ごめんなさいね。その娘、気に入った物があると離れなくなっちゃうの。」気に入った物があると離れない?……まるで猫だな。…………あれ?気に入った……“物”!?……俺、気に入られたのかよ。)
俺は顔が熱くなるのを感じた。
次の瞬間、カーテンが開き、一人の女の子が入ってきた。
その子は、長い髪を下ろしていて、小雪ちゃんを無邪気と言うなら、彼女は、それとは違う落ち着いた雰囲気の持ち主だった。
「大丈夫ですか?」
彼女は落ち着いた口調で言った。
「え?あ、はい。」
「そう、良かった。私、天宮麻奈美といいます。よろしくね。」
彼女は笑顔で言った。
……かわいい、かも。
その言葉で頭がいっぱいになった。
彼女の笑顔は、まるで天使の微笑みのようだった。
「……………。」
「あの、どうかしましたか?」
「あ、いえ。なんでもないっす。」
(まずい。完全にボーッとしていた。)
「そうですか。……あの、お茶でもどうですか?」
「欲しいです。」
恵魅が答えた。
「わかったわ。それじゃいれますね。」
彼女はそう言って、お茶をいれ始めた。
「お兄さま、こちらは日向小雪ちゃんです。」
「小雪なのです。よろしくなのです。」
「俺は拓海。月森拓海っていうんだ。よろしくね。小雪ちゃん。」
「はいなのです。」
ああ、この子は本当に無邪気な子なんだなぁ。
「お茶、はいりましたよ。」
天宮さんはお盆に湯飲みを乗せながら言った。「あ!ありがとうございます。」
彼女はお茶をこぼさないように、ゆっくりと近づいてきた。
……それにしても、なんで湯飲みを盆の端に置いてるんだ?
俺は不思議に思った。
最初は、それが彼女の持ちやすい置きかたなのだと思っていた。
しかし、彼女の手は小刻みに震えていた。
(もしかして……。)
「お待たせ。」
彼女はそう言って、お茶を配ろうとした。
が、しかし次の瞬間、
「「あっ!!」」
その場にいた全員がハモった。
湯飲みが孤を描いて空中を舞っているのだった。しかも、俺の方に向かって来ている。
(あはは、やっぱりね。)
周りの風景が、まるでビデオのコマ送りのようにゆっくりと見えた。
しかし、そんなわけもなく、湯飲みはすべて俺に当たった。
そう、中の液体ともに……。
「あぢーー!!」
俺はまるで火の中に放り込まれたような熱さに絶叫してしまった。布団に顔を埋めるなどして、俺はそれを冷まそうとしたが、やはり無理があった。
ザバーーッ。
誰かが俺に水をかけてくれた。
「お兄さま、大丈夫ですか?」
水をかけてくれたのは、恵魅だった。
手にはバケツを持っていたから、すぐにわかった。
「なんとか大丈夫……かな。」
俺は入学初日からこんな目に遭わされるとは思ってなかった(まあ、当たり前だろう)。
「はうあっ!!本当にごめんなさい。」
天宮さんだ。
「いや、いいよ。別に気にしてないし。」
「ああ、もう。私って昔からこうなんですよね。何かしようとすると、失敗してしまって。」
「そうなんだ。でも、失敗は誰にでもあることだよ。それが、たまたま何回も重なって、そんな気持ちになってしまったんだよ。自信持ちなって!」
「……ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ。てへっ。」
彼女は顔を赤くして笑顔で言った。
それは彼女が喜びと恥ずかしさを持った物だということを、俺はすぐにわかった。
そう、この世は常にそんな物。
何度となく失敗を重ねてこそ、人間は“人間”という物に一歩近づくのである。
……しかし、それは一般的な論理。
時には、生まれたこと事態が失敗なこともある。
俺のように………。
『コンッコンッ』
誰かが部屋のドアをノックしたかと思うと、男が入ってきた。
制服を着てるところを見ると、生徒のようだ。
しかし、俺は最初に顔だけ見てしまい、彼を教師かと思ってしまった。
顔が大人っぽいと言っても、オッサンの顔というわけではなく、落ち着いた感じの綺麗な顔付きをしていた。
別に全国の中年男性の方々を否定してるわけでないので、その辺りはご理解いただきたい。
話を戻すとしよう。
今入ってきた彼は、入ってくるなり、恵魅達に言った。
「三人共、先生が早く戻って来いだってよ。」
「あ、わかりました。……和彦さんは?」
「俺は、理事長に月森君を呼んで来いって言われてるから、少し後から行くよ。」
「そうですか。お兄さま、私達行きますね。」
「ああ。また後でな。」
「はい!」
恵魅はそれだけ言って出て行った。
「拓海、バイバイなのです。」
「月森君、またいつか。」
三人がいなくなった部屋は、まるで嵐の後のように静かになった。
……いや、これは嵐の前の静けさなのかもしれない。
「月森君。」
和彦と呼ばれた彼は、落ち着いた口調で俺に話し掛けてきた。
「歩けるかい?」
「あ、うん。」
俺はベッドから降りた。足が少しフラついたが、特に問題はなさそうだった。
「行こうか。」
「あ、うん。」
俺はさっきから、彼にこれしか言ってない気がする。
とにかく、俺等は部屋を出た。
俺等は理事長室に向かっていた。
部屋を出てから、俺等は一言も言葉を交わしていない。
(なんか、気まずいなぁ。)
俺は何か話題を探したが、特に思いつかなかった。
(ああ、何か話してくれないかなぁ。)
俺がそう思ったとき、
「月森君?」
彼の方が先に口を開いてくれた。
「な、何?」
「一つだけ聞いていいかな?」
「え?いいよ。」
彼は俺の方に振り返ると、俺をジッと見て言った。
「なんで、そんなに濡れてるの?」
忘れてた。さっきの騒動で、まだ服が乾いてなかったのだ。
「あ、これは……お茶が飛んで、バケツの水を被っちゃったんだよね。」
「そ、そうなんだ。それは災難だったね。」
彼は笑いながら言った。
「全くだよ。」
俺にしてみれば笑い事でなかったが、彼の初めての笑顔を見て、俺までつられて笑ってしまった。
どうやら、彼は俺と気が合いそうだった。
「ねぇ、さっきから言おうと思ってたんだけど、俺の事は月森じゃなくて、拓海って呼んでもらってもいいかな?」
「ん?いいけど……どうしてだい?」
「あんまり、月森の姓が好きじゃないんだ。」
「そうなの?なら、いいよ。拓海君。」
「“君”なんて付けなくていいよ。」
「そう?それじゃ、俺も和彦って呼んでくれ。拓海。」
和彦は握手を求め、手を延ばした。
「ああ、わかったよ。和彦。」
俺等は固い握手をしながら、また笑った。
理事長室前。
和彦がノックをした。
「どうぞ。」
中から声がした。
和彦がドアを開け、俺等は中に入った。
「月森拓海を連れてまいりました。」
「ご苦労だったな。」
中にいた、中年の男が言った。
この人こそが、俺をこの学園に入れてくれた人、神様学園理事長の我孫子好輔さんだ。
「拓海君、入学おめでとう。」
「ありがとうございます。我孫子さん。」
俺は礼をした。
実は、俺がこの人と会ったのは、まだ数回だけだった。
初めて会ったのは、二月の事で、その時にこの人が俺をここに入るように奨めてくれたのだ。
「いや、いいんだよ。……それより拓海君。君に重要な話があるんだ。」
「なんですか?」
我孫子さんは少しだけ重い雰囲気で、黙って俺を見ていた。
俺は何を言われるのかと、我孫子さんの顔から想像してみたが、わからなかった。少なくとも、あまりいい話でない事だけは、表情から伺えた。
やがて、我孫子さんは重たい口を開いた。
「拓海君……君には魔法課のクラスに入ってもらいたい。」
「え?」
思いがけない言葉に、俺は開いた口が塞がらなかった。
「君が魔法を使えないことは知ってる。しかし、これは決まったことなんだ。」
しばらくの沈黙。
(俺が……魔法課?)
俺は疑問で頭がいっぱいだった。
しかし、俺は驚きのあまり、言葉を発することができなかった。
なおも続く沈黙。
その沈黙を破ったのは、俺の隣にいた和彦だった。
「理事長、拓海は魔法を使えないんですよね?」
「ああ、そうだ。」
理事長は静かに答えた。
「なら、どうして魔法課に?」
「仕方ないんだ。もう決まったことなんだ。」
「でも」「もう、いいよ。和彦。」
俺は和彦を止めた。
「拓海君!しかし」
「いいんだよ。」
俺は我孫子さん、つまり理事長の方を見た。
「我孫子さん。いや、理事長。それは変えられないんですよね?」
理事長は静かに頷いた。
「そうですか。……わかりました。」
「拓海。……わかった。拓海の好きにするといいよ。」
「ありがとな。和彦。」
「いや、いいよ。……それより」
和彦は俺の方に手を延ばした。
「これからも、よろしくな。」
「こちらこそ。」
俺等は、また固い握手を交わした。
「ところで、和彦。」
「なんですか?父さん。」
(“父さん”!?)
「みんなは元気に登校をしてたか?」
「はい。全員揃ってましたよ。」
「そうか。それは良かった。」
「あのぉ。」
俺は二人の会話に割って入り込んだ。
「「ん?なんだい?」」
二人同時に言った。
「あ、あの、お二人の関係って……父子の関係ですか?」
「「ああ。」」
また二人同時だ。
「そ、そうですか。」
確かによく見れば、似てなくもない。
とにかく、こうして俺の幸せと不幸の連鎖の始まりの1ページが開かれたのだった。
果たして俺は、これからどうなるんだろぉ?
如何だったでしょうか?楽しんでいただけなら光栄です。これからも彼の不思議な楽しい不幸の数々をお楽しみ下さい。