26時間目 楽しい日々
拓海の過去です。
あれは、恵魅が生まれる前の事。俺が三歳の冬の頃の話だ。
「ねぇ、拓海君。もう少しで赤ちゃんが生まれるんだよ」
「うん!知ってるよ。麻奈美ちゃんは男の子だと思う?それとも女の子?」
「うーん、とね・・・わかんない!」
「だよねー?」
俺と麻奈美はこんな昔から知り合いだったのだ。
「あー、夜未ちゃんだー!」
「あー、ホントだー」
俺達は一人の女の子の方に近寄った。
「夜未ちゃん、遊ぼ?」
「え?・・・あ、うん」
彼女の名前は海堂夜未。次期海堂家頭首を務めるはずだった子だ。
そう、あくまで“はずだった”だ。
この子は小柄の内気であまり人付合いのできないような女の子だった。
歳は俺等の一つ上だ。
それなのに俺や麻奈美より背が小さかった。
「じゃあ、何して遊ぼっか?」
「うーん、とね。じゃあかくれんぼ」
「わかった!じゃあ、ジャンケンしよう?」
「よーし、ジャンケン・・・」
『ポン!』
俺の負けだった。
「ありゃりゃ、負けちゃたぁ。じゃあ、50数えるね」
「わかった。よーし、夜未ちゃんガンバロ」
「う、うん」
二人は一緒に走っていった。
「よーし、いーち。にー。さーん」
俺等はあの時は楽しかった。
俺がいて、麻奈美がいて、夜未がいて、そしてまた新たな命が誕生する。
俺はまた新しい友達ができて嬉しい気持ちでいっぱいだった。
俺はそんな日々が毎日続くと思っていた。
あの時はまだ知らなかった。
現実を・・・人間の恐ろしさを。
〜〜〜〜〜
「おーい、みんな赤ちゃんを見ていいよー」
小雪の親父さん・・・つまり、知克未村の住職さんが俺等を呼んだ。
『わーい!』
俺等は急いで家の中に入った。
部屋にはほとんど生まれたばかりの赤ちゃん、その母親、分娩に立ち会った麻奈美の母親、母さん、そしてお師匠さん、理事長と今は橘と呼ばれている麻奈美の父、もう一人・・・俺の親父だ。
俺等はまだ名前のない赤ん坊に近づいた。
「わー、かわいいね」
俺は無邪気に言った。
みんなはそんな俺を見て、優しく微笑んでくれた。
俺等三人は周りの沢山の人に愛されていたんだと思う。いや、愛されていたのだ。
「拓海君、この子は女の子よ」
「へぇ、それじゃあ男って僕だけだね」
「ふふふ、わからないわよ。あなたのお母さんも子どもができたんだから」
小雪のお母さんは優しく笑いながら言った。
「拓海君?」
麻奈美のお母さんだ。
「男の子一人じゃ嫌だ?」
「うーん・・・?わかんないや。でも僕は夜未ちゃんも麻奈美ちゃんも好きだよ!」
「あら。それじゃ、この子も好きになってくれる?」
「うん!みんなに何かあったら絶対助けてあげるんだ」
「そう。頼もしいわね」
「確かに!」
お師匠さんのその言葉でみんなが笑い出した。
「この子・・・お名前は?」
夜未だった。
「ん?まだ決まってないのよ」
「そういえばそうでしたな」
俺はその時、ふと障子の隙間から覗く外の景色を見た。
白くて幻想的な粒が降っていた。
俺は小さな声でその粒の名前を言った。
「ゆき・・・。」
「ん?」
全員がそっちを見た。
「あ、本当だ」
「どおりで寒いわけですよ」
俺は赤ん坊を見た。
多分、その時の俺にはその子がこう見えたのだろう。
「小さな・・・雪みたいだね」
全員の目が俺の方に注がれた。
「小さな・・・雪?」
「うん!そうだ!」
住職さん・・・小雪のお父さんだ。
「小さな雪・・・小雪ってのはどうだい?」
「小雪・・・うん!いいんじゃないですか」
「よし!君の名前は今日から小雪だ!」
「あっはっは、これじゃあ拓海君が父親みたいだな」
「確かにそうですね」
「あらぁ、拓海ちゃんまだ三歳なのに」
みんなが一斉に笑い出した。
「拓海!」
親父だ。
「お前、もう俺の孫作っちまったのかよ。まったく、お前はおもしろいぜ!」
「おいおい功一。本物の父親の前でそんな事言うなよ」
「それもそうだ!」
みんなは二人のやり取りを見て笑い出した。
俺等も意味がわからなかったが、それに釣られて笑ってしまった。
赤ん坊が・・・小雪が俺を掴んで笑っていた。
「あれ?この子、拓海君の事好きなのかしら?」
「きっと拓海君に名前を付けてもらえたのが嬉しかったんだよ」
「そうなのか?俺は拓海がこれから俺に似てハンサムになるって予測して、今から目をつけたんじゃないか?目が高いな」
「おいおい、目が高いって言うことと拓海君がカッコイイってのは認めるけど、誰がハンサムだって?」
「うん!確かに」
「おいおい、目の前にいるだろ?」
「功一さん?」
母さんだ。
「そろそろ静かにしましょうね?」
母さんはそう言って親父の首を締めた。
「うぐっ!!今日ちゃん、苦しいーー!」
「ははは、相変わらずだな」
「ふふふ、本当ね」
「おいおい、笑ってないで助けてくれーーー!」
親父を見て、みんなは笑っていた。
みんなの笑顔。俺はこんな時間がいつまでも続くと思っていたんだ。
そう、この時までは・・・。
続きます。