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窓恋  作者: 宇奈月 香
番外編 ~SS~
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聖夜の祈り

恋人達のクリスマス・イブを少しだけのぞいてみませんか?


『窓恋 ~甘い男~』『月が望んだ夢』とのオムニバス形式でお贈りします。


「今の子、すっごく可愛かったね。黒猫みたいだった」


 今しがた入口でぶつかりそうになった女性に、理子は感嘆の声を上げた。暖色系のケープ風コートを着た、長い黒髪と大きな目が印象的だった。ツンとした感じが猫とも言えなくはない。

 理子の好きなものに対するキャパシティは限りなく広い。少年のようにプラモデルやフィギュアを愛する傍ら、女の子らしいふわふわしたものも大好きなのだ。

 可愛い女の子も然りで、当然目の前に居る沙絵の事も可愛くて堪らないという。自分が着るのは嫌がるのに、沙絵のコスプレ姿にはやたらはしゃぐ。理子は自他共に認める『めんくい』だった。


「あぁ、晶くんですか?可愛いでしょ~。本人は全く頓着ないんですけどね。優治と同じ年なんですよ」

「へぇ、優治君と」

「ちなみに、彼氏も同じ年でめちゃカッコいいです。系統でいうならドストライクでホスト系。さしずめ夜の蝶って感じですね」

「へぇ~」

「しかも御曹司なんです」

「お、お友達になりたい……っ」

「……どっちとですか。それに理子さん、食いつきすぎですよ。―――いいんですか?ほら」


 ひとしきり話を盛り上げるだけ上げた沙絵は、したり顔で修司に視線を流す。はっと我に返った理子は、恋人の存在を完全に抹消していたことに、ようやく気づいたようだ。


「理子、ホスト系も好きなんだ」

「ちが、違うよっ」


 王子スマイルと謳われるキラキラの笑顔で問いかけると、なぜか理子の顔が蒼くなる。


(まったく……、今頃慌てても遅いんだよ)


 こういう時、実は修司の顔が好きなだけなんじゃないかと、彼女の気持ちを疑ってしまいたくなる。そんなことは無いと100%胸を張りたいけれど、いかにも「しまった」顔をされると、むくむくとどす黒い感情が腹の底から湧き上がってくるのだ。

 あたふたと慌てふためく姿を見て、修司はほっと嘆息した。

 こういう反応も可愛いけれど、他の男に気を取られるのはおもしろくない。「お友達になりたい」のはさっきの彼女の方だと思いたいが……。


「よ、予約してたケーキを取りにきました」


 理子もこれ以上、この話題に触れない事に決めたらしく、強引に話題を変えた。呆れ顔の修司と、ぎこちない笑顔の理子を交互に見遣り、沙絵はなんともいえないにやけ顔をしている。

 予約していたケーキは店で一番大きなサイズ。修司はそれを慎重に受け取った。


「これ、二人で食べるんですか?」


 大食漢の沙絵ならいざしらず、それだけはない。理子は笑って首を振った。


「違うわ、これから尚ちゃん家でクリスマスパーティなの」

「あぁ、そういう事ですか」


 くだんの件で理子と尚紀が二卵性の双子だと知っている沙絵はすんなりと頷いた。そしてまた、ちらりと修司に視線を向ける。


『ご愁傷さま』


 大きな目があからさまに修司の不幸を楽しんでいた。


(こいつ、こんな性格だったのか)


 付き合っていた時は文句も言わない物分かりの良い子だと思っていた。だが、それは沙絵なりの擬態で、こっちが本来の姿なのだ。それが分かったのは、フジモリ・ケーキの跡取り息子で幼馴染みの優治と付き合い始めた頃だ。

 ベリーショートのヘアスタイルも見慣れてくると、以前の沙絵が思い浮かばない。どこで買ってきたんだというくらいカスタマイズされたサンタのコスチュームを臆面もなく着こなすあたり、さすがコスプレ好きの沙絵だ。


「じゃあ、これもちょっと多めに入れておきますね」

「わ、嬉しい!ありがとう。でも、いいの?」


 おまけと称して沙絵が入れたのは、店からのクリスマスプレゼントであるクッキーだ。ケーキを予約してくれた客に渡しているのだと言う。


「いいの、いいの。まだたくさんあるし」


 言って、子どもの人数分だけ足した。


「それじゃ、メリークリスマス!修司、理子さんいじめないでね!」

「ひと言、多い」


 憎まれ口に別れを告げて、並んで車に戻る。

 後部座席には子どもたちへのプレゼントで半分ほど埋め尽くされていた。その隣にケーキを置いて、揺れないようにプレゼントで挟む。

 クリスマスイブにホームパーティ。

 悪くはないが、できることなら明日にして欲しかった。いや、積極的にそうするべきだろう。

 長年恋人がいなかった理子は、毎年24日は山下家のホームパーティに参加していた。今年もそのノリでふたつ返事で頷いてしまったのが、事の発端だ。

 尚紀からは「別に無理しなくて良いぞ」と珍しく気の効いた台詞が来た。修司は甘んじてそれに乗っかろうとしたのだが、続く「チビ達は泣くかもしんないけどな」の言葉に、断わるタイミングを失ったのだ。


(絶対、わざとだ)


 子どもをダシに遣う卑劣さに一発蹴飛ばしたくなりながらも、そんな事はおくびにも出さず「伺わせてもらうよ」と快諾したのは、忘年会の翌週の事だ。

 勝手知ったるホームパーティだけあって、理子の服装は普段とさほど変わらない。子ども達と遊ぶにはお洒落より身軽な服装が良いのだと笑っていた。


「楽しみね。プレゼント、喜んでくれるかな?」

「喜んでくれるさ。なにせ、理子が半日かけて選んだものだからね」


 嬉しそうに後部座席にある甥へのプレゼントを見る姿に、昼間の真剣な姿を思い出してこっそり含み笑いを零した。

 オモチャ売り場で子どもたちに混じって、真剣な顔でプレゼントを選んでいた。流行りの戦隊物にしようか、それともレールを繋げて走らす電車にしようか。目ぼしい物を見つける度に、腕に抱えて見せに来る姿は、隣に座っていた家族の光景と何も変わらない。


「チビはさ、理子の事が大好きなんだよな。あいつ、将来は理子を嫁にするって息巻いてるくらいだし。あれは強敵だぞ?」


 おもしろがる尚紀を見ていると、つくづく山下家の男共は揃って理子にご執心なんだと痛感する。理子にその自覚があるかは分からないが、彼女も甥っこを溺愛しているのは見ていて分かった。


「ところで、浅野君はいつまでサンタを信じてたの?」


 振られた話題に、信号で停まった修司は助手席を見た。


「さぁ?物心ついた時は多分、信じてなかった。そういうところでは結構、冷めていたみたいでさ。けどたまにしか帰って来ない父さんが嬉しそうにサンタ役をしてたから、知らないふりはしていたけれど」

「えっ?そんなに早くから?」


 思いきり驚かれて、修司は首を傾げた。


「そういう理子は?いつまで信じてた?」


 何気なく問いかけたつもりだったのに、理子が一瞬固まった。ピンと来た予感にもう一度同じ質問をぶつける。すると、理子は忙しない仕草を見せながら、しどろもどろになった。


「し、…信じてたってわけじゃ、ないけど…」

「けど?」

「その…、本当にいたらいいなぁっと思って」


 あぁ、何かあるんだ。きっと理子の事だから修司には想像もつかないようなエピソードを持っているのだろう。

 期待を胸に、先を促す。


「言ってよ。居たらいいなと思って、なに?」


 理子は一旦言葉を切って、じっと修司を見つめた。タイミング悪く信号が青になり、修司はアクセルを踏む。


「……笑わない?」

「うん、多分平気」


 彼女が今、どんな顔をしているのかをじっくり拝めないのが残念ではあるけれど、想像はできる。もじもじと視線を彷徨わせながら、うかがい顔で修司を見ているに違いない。

 しばらくの沈黙があって、理子はぽつりと告白した。


「サンタさんへの手紙と手編みのマフラーを窓際に置いて寝てた」

「―――それ、いつの話?」

「………中2」


 思わず修司は隣を見た。



☆★☆



 車内が、しん…と静まり返る。直後、くっと喉を鳴らして修司が噴き出した。


(やばい、マジつぼに入った!)


 あまりにも可愛らしい思い出話に、絶対腹がよじれると思った。だが「笑わない」という前提のもとで聞いた話。修司は必死にこみ上げるものを堪えるが、肩が震える。ハンドルを握る手に力を込めて、なんとか笑わないようするのに必死だった。


「……くっ」


 どうにもならないものに、運転する手元が怪しくなる。早く信号で停まって欲しいと願う時に限って、青信号ばかりだ。


「もうっ!いっそ笑ってくれた方が良い!!」

「ご、ごめんっ。待、待って。すぐ止めるから」

「笑いながら言わないでよっ。信じれない!」


 信じられないのは理子だ。そんな可愛いすぎる話を隠しているなんて、思わないだろう。


「そ、それで。サンタは来た?」


 必死に平静を取り繕いながら、問いかけた。理子はむくれ顔のままだ。


「来なかった!その時、やっぱりサンタはいないんだなってわかったの」

「ごめん、ごめんね。でも手編みのマフラーを一緒に置くくらいの願い事って、何だったの?」


 まだクツクツとこみ上げるものはあるが、修司の関心は『理子のお願いごと』の方に移っていた。いないことを知りながらも、それでも一縷の望みにかけたくなるような『願い』。

 よほど理子にとって大事な願いだったに違いない。

 理子はふっと表情を解くと、今度は少しだけ寂しげな顔をした。窓の外に視線を移して、ぽつりと呟く。


「……パパとママがもう一度、仲直りしますように」


 可愛らしいエピソードの裏に隠れた、理子の寂しさに修司は胸を疲れた。

 理子の両親が離婚したのが、中2の秋だという。それまでは理子の家でも父親がサンタ役をやっていたのだろう。マフラーも手紙もそのままになっていたのは、サンタ役の父親がいなかったせい。

 彼女はマフラーを受け取ってほしかったのはサンタではなく、父親だったのだ。


(だから…か)


 彼女がホームパーティを大事にしている理由が、分かった気がした。理子は家族と過ごす事で、あの頃の時間を取り戻そうとしているのではないか。

 降り始めた雪がフロントガラスを静かに濡らす。街路樹のイルミネーションに照らされた雪は、光の粒みたいだ。


「浅野君、……ありがとう」


 修司は目を細めて隣を見る。


「それと、ごめんね。クリスマスイブなのに、勝手に予定決めちゃって……」


 それが修司の事も忘れていたわけではないと教えてくれるから、修司は首を振った。


「いいよ、イブは今年だけじゃないだろ。これから何度だって過ごせるんだから」


 ついさっきまでのささくれた気持ちが嘘のようだ。今は純粋に山下家のホームパーティを楽しもうと思える。修司にとって理子が笑ってくれることが一番の幸せになのだ。

 彼女がそれでもまだ寂しいというのなら、来年は浅野 理子として山下家をホームパーティに招けば良いこと。もしかしたら、彼女の中に新しい命だって宿っているかもしれない。

 未来を予見する言葉に、理子が小さな目を瞬かせて言葉を失う。

 

「だろ?俺達、ずっと一緒にいるんじゃないの?」


 微笑むと、理子が泣きそうな顔になった。修司は空いている手を伸ばして理子の手を握りしめた。


「でも、理子がどうしても気が済まないっていうのなら、俺からのお願いを聞いてもらおうかな」

「ま、またお願い…?」


 修司の口から出た『お願い』の単語に、理子の表情が一変する。忘年会後の一件を思い出したのか、握った手の温度がぐっと上がった。


「ま、まさか沙絵ちゃんみたいなコスプレサンタになれとかっ?」

「なんだ、してくれるんだ」

「し、しませんっ!!」


 別にそれでもいいのだけれど。修司はクスクス笑って言った。


「そろそろさ、“浅野君”は卒業してくれない?」


 修司にとって理子がただ一人のサンタ。彼女だけが修司の願いを叶えてくれる。


「駄目かな?」


 修司の周りの人間は名前で呼ぶのに、どうして恋人である自分はいつまで経っても『浅野君』止まりなのか。

 車を中村家のカーポートに止めて、エンジンを切る。うかがい顔で理子の顔を覗き込んだ。


「だ…め、じゃないよ」


 暗闇でも彼女が顔を赤らめているのが分かる。小さな声で恥ずかしそうに答えた唇に、修司は触れるだけのキスをした。ピンク色の感触を何度も啄ばむ。


(俺のもの)


 修司は指の腹で彼女の頬をひとなでし、そのまま耳の後ろをくすぐった。


「理子」

「………しゅ…じ、君」


 それでもまだ君付けなのが口惜しいけれど。いかにも理子らしいじゃないか。

 もう一度、唇を合わしてから、修司は微笑んだ。


「行こうか。皆待ってるよ」


 来年は彼女ではなく、「修司の妻」でいてくれることを祈りながら。修司は山下家のサンタになるために車を降りた。





☆Fin☆



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