4) 修司の罠
最終話です。
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助手席に座る理子は、ようやく肩の荷が下りてすっきりしたのか、行き道とは打って変わって、晴れ晴れとした表情をしていた。
(さて、どうしてやろうか…)
今頃、沙絵は優治にたっぷりと『おしおき』をされているだろう。何のために沙絵ばかりクローズアップしたムービーを撮ったと思っている。
どうせ理子メインは尚紀が高画質で撮っているし、それをダビングしてもらえばいい。なんだかんだと言いながら、修司もあの理子には萌えた。そう、『もう一度じっくり見たい』と思えるくらいに。
アパートの掃除の手伝い、などと自分でもよくそんな適当な事を言えたと感心してしまう。部屋の掃除などとっくに終わっている。あるのは、廃棄処分を決めた家財道具だけだ。電気と水道は週明けに止める連絡を入れる予定なので、かろうじてまだ人が暮らせる環境にはある。だからこそ、アパートを「お仕置き場所」に選んだのだ。
修司は適当なところで尚紀を下ろし、その足でアパートへ向かった。
半年前、水浸しにならなければ理子と出会うこともなかった。彼女の鼻歌を聞かなければ今こうしていられたという確証は無い。災難だと思っていたことは、実はとんでもなく幸運だったと今は思えるから、人生何があるかわからない。
アパートの契約は今月いっぱい。修司は契約してある駐車場に車を停めて、二人分の荷物を持って車を降りた。
「お邪魔します…」
ジーンズにタートルネックのニットワンピース。スカート好きな理子には珍しい組み合わせだが、会社行事ということで、無難にまとめてみたのだろう。
(ま、すぐに脱がすんだけど…)
どんな格好も、今の修司には問題は無い。
初めて足を踏み入れる空間に、理子はやや緊張ぎみだ。そういえば、理子が修司の空間に入るのは、これが初めてだ。まだ実家の修司の部屋に通したことがなかったな、と今さらのように思い出した。いつも理子の家に入り浸っているから、すっかり失念していた。
理子はたいして物が置いていない、がらんとした空間を興味深げに見渡していた。住み慣れた1LDK。一人暮らしだし、掃除もまめな方ではないので、これくらいの広さで十分だった。なによりここは角部屋で、隣はその隣が物置として借りているという、最高の賃貸だった。おかげで隣人の騒音に悩まされることもなく、快適に暮らせていた。
「ねぇ、…掃除って、もうほとんどする事なんてないんじゃない?」
ようやく修司の「お願い」に違和感を覚えた理子が、振り向きながら尋ねる。
「ないよ。でもこれから少し汚すから。掃除はその後かな」
「え…」
「本当はね掃除はこの前来た時に終わってるんだ。後は家財道具を処分したら終わり」
部屋にあるのはむき出しのスプリング付きのベッドと、一人用の冷蔵庫、布団が一式。
「え…、じゃあ何のために」
「分からない?」
声のトーンを変えて問いかけると、理子の小さな目が瞬いた。そして、すぅっと顔色を変える。
「あ…、っと…、その」
カチャリ…と響く施錠音にあからさまな動揺を浮かべる。
そう、ここに連れてきたのは、修司なりの「おしおき」をするためだ。身の危険を感じた理子は、ゆっくりと距離を縮めてくる修司に後ずさる。
「浅野、くん…。嘘…よね?」
「残念だけど、嘘じゃない。―――さて。どうしようか。俺に隠してたのは、沙絵の指示?」
「し、指示ってわけじゃ」
「じゃあ、お願いかな。さしずめ修司に知られると面倒だ、とか何とか言い包められたんだろう」
「な…なんで、知ってるのっ!?」
―――やっぱり。
当てずっぽうで言ったことなのに、そのまんま言っていたとは驚きだ。やはり彼に沙絵を任せて正解だった。きっと優治も俺と同じ方法で言い聞かせているに違いない。
まぁ、沙絵の事はどうでもいい。修司が問題視してるのは、理子の迂闊さだ。
「分かるよ。自分のことだから、ね」
さんざん人から「寛大だ」と言われてしまうほど、理子に対してだけ束縛的だという自覚はある。他の誰とも違う付き合い方をしている相手だ。彼女の無防備な色気を知っていいのは、修司だけに決まっている。当然、その脚線美に舐めるような視線を送っていいのも、触れていいのもだ。
「理子、もう一度、あれ着て」
「えっ、えぇぇl!!嫌よっ!」
珍しく即答が返ってきた。その反応で好きで着ていたわけじゃないと分かるが、面白くないのだから仕方がない。
「知らなかった。理子って○○女子だったんだ。あそこを選んだのは、やっぱりあの制服?」
「べ、別にそういうわけじゃなくて」
「誰かに勧められた?例えばご両親とか、もしくは尚紀」
離婚したとはいえ理子は正真正銘、山下 幸三の孫娘。少しでもより安全な場所に置きたいと思うのが親心だろう。
「尚ちゃんだけじゃないよ、お祖父ちゃんやパパもお父さんも」
つまり理子の周りの男共は揃いもそろって彼女を溺愛しているわけだ。自分のその一人になるのだろうか。いや、もうなってる?昨夜の尚紀の台詞が今さらながらに思い出される。確かに、理子を嫁に欲しいと言えば、血の雨が降るかもしれない。
(どっちでもいいよ)
とにかく理子にはもっとしっかり、自分がどんな風に見えているのか分かってもらわないと。この先、修司の心臓はいくつあったってたりやしない。
「で、どうする?着る?着ない?」
「き、着ない!」
「どうして?」
「どうしてって…、は、恥ずかしいからよっ」
「俺達しか居ないよ」
「あ、浅野君が居るからじゃないっ!?」
他の誰に見られるより修司に見られる事が一番恥ずかしい、と頑なに拒む理子も可愛いけれど、それでは腹の虫が治まらない。
「理子」
すぐ傍まで体を寄せて羞恥に真っ赤になった彼女の顔をのぞいた。
「昨日は動揺してて、ちゃんと見れなかったんだ。だから、もう一度見たいな」
「う、そ!ムービー撮ってたじゃないっ」
「あれは、優治に送るためのムービーだよ。彼だって沙絵の雄姿は見たいと思ったからね」
そう言うと、理子が小さく声を上げた。
「じゃあ"例のアレ”って」
「そう。昨日の出しものを撮ったムービー」
それで合点がいったのか、理子が纏う雰囲気から拒絶の色が薄くなった。
「浅野くん、沙絵ちゃん撮ってたの?ずっと?」
「そう。だから、理子はまともに見れなかった」
実際はしっかり目に焼き付いているが、そんな事を言えば元も子もなくなる。修司は今、お得意の理子の良心に訴える作戦を遂行している途中だからだ。
「深澤さんまでが、理子の制服姿を事前に堪能していたのに…。ちゃんと話してくれていたら、俺だって止めないよ」
「……ほんと?」
ごめん、嘘だよ。
理子の体に腕を回して引き寄せても、もう理子は嫌がらない。簡単に人を信じてしまうところは相変わらずだが、今は騙されてほしいと願う。
「昨日は人の目もあったから、あんな場所で無体な真似なんてできるわけないよ」
こちらは半分、本当。社会人として、男としてのプライドが理性の暴走を一日遅らせたのだ。もしあれが忘年会じゃなければ、あのまま理子を部屋に連れ込んで散々鳴かせたはずだ。だが、そんなことをすれば週明けには立派に「獣」のレッテルが張られてしまう。せっかく「寛大」の評価を頂いているのだから、それはありがたく頂戴することにした。
理子の唇に軽く唇を当てて、その小さな目をのぞきながらもう一度お願いする。
「駄目?」
すると理子は視線を彷徨わせて逡巡していたが、やがてちらりと修司を見上げて「いいよ?」と頷いた。
「でも、見るだけだからね!歌わないよ」
「分かってる」
「え…、エッチな事もしないでね!」
「もちろん」
そんな可愛いことを言って。
絶対、するに決まってるだろう。「おしおき」だと何度も言っているのに。
すぐに本来の目的を忘れてしまう可愛い恋人に口づけながら、修司はセーラー服に着替えるための手伝いをかって出た。
その後、彼が愛でたのは、セーラー服を着た理子だけでなく、何もまとっていない理子も存分に堪能したのは言うまでもない。
☆ Fin ☆
番外編はこれにて完結です。
あまり内容は濃くない(というか、ただ修司が悶々として終わった)だけですが、本編作成中から絶対に理子にセーラー服を着せて歌わせてやろうと思ってました!
ので、無事私の願いが叶ってようやく肩の荷が下りた感じです。
もしかしたら時々、小話を投稿するやもしれませんが、ひとまずこれにて「完結」とさせていただきます!
長い間、ありがとうございました!
宇奈月 香