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窓恋  作者: 宇奈月 香
本編
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39) 何気ない幸せ


☆★☆



 この年の仕事納めを持って、清水は会社を去る。


「いろいろとご迷惑をおかけしました」


 修司の前で頭を下げる清水に、「今日までだったな」と声をかける。

 あの後、清水は自主退社を決めた。

 清水には不正アクセスに対する処罰が下るはずだったが、そこは理子が上手くとりなして事無きを終えた。

 お決まりの「お兄ちゃん、お願い」攻撃に、尚紀が全てを帳消しにしてしまったからだ。

 ただ、何の罰がなかったわけではない。

 理子は清水に忘年会の出しものに強制参加することを義務付けた。

 

(あれは、何ていうか……)


 いったい誰に対する罰なんだと、今思い出しても腹が立つ。

 理子からも会社からもお咎め無しにも関わらず、退職願を提出した清水に修司は理由を尋ねた。

 すると、


「あの人を追いかけたいんです」


 と清々しい顔で言った。

 おそらく、隆文が見ていたのはこの彼女なんだろう。憑き物が落ちたように、清水からは禍々しさが消えていた。

 特攻をかけるというのが、いかにも清水らしい。

 隆文への恋心を自覚した清水は、きつく感じさせていた目元がチャームポイントに映るのだから、恋というのは恐ろしいものだ。


「理子にも声をかけてやって。君のことを随分気にしていたから」

「はい。……理子さんには本当に申し訳ないことをしてしまったのに、良くして下さって」

「それはもう水に流すんじゃなかったのか」


 正気を取り戻せば、自分がどれだけ悪質だったのかが見えたのだろう。

 後悔に顔を歪める清水を、修司が窘める。


「ですが…」

「君の悪い癖だな。いつまでもこだわりすぎると、また大事なことが見えなくなるぞ」


 これが上司としての最後の苦言になるだろう。

 清水もそれが分かっているから、「はい。そうですね」と頷いた。


「今なら課長補佐が理子さんを選んだ理由がわかります。でも、ひとつ言わせていただいてもいいですか?」

「どうぞ」


 清水は一旦言葉を切って、それからにこりと笑って言った。


「理子さん、甘すぎます」


 自分を落とし入れた相手に、これほど寛大な処遇を下した理子は、誰の目から見ても「甘い」としか言いようがないだろう。

 その恩恵を受けた清水ですら、そう思うのだ。

 そんな恋人を持った修司は、もう苦笑いを浮かべることしかできなかった。

 だが、実に清水らしい感想だと言える。

 清水はクスクス笑いながら、「苦労されますよ?」とこれからの心配までする始末。


「肝に銘じておくよ」


 目を伏せて、口端に笑みを浮かべて答える。

 清水は居住まいを正すと、改めて頭を下げた。


「浅野課長補佐。今日までありがとうございました」



☆★☆



「しかし、お前の考えてることは分からないな」


 非常階段で密談するが、いつのまにか当り前になってきたこの頃。

 真冬にこんな吹きっ晒しの場所で一服をする馬鹿は、この男くらいだ。

 山下は寒さに震えながら、煙草を美味そうにふかしている。


「昨日の敵は、明日の友って言うだろ?」


 なんと清水がハッキングを依頼した男を、山下は会社に引き入れていた。

 いまや情報管理部の社員として堂々と出勤している。


「俺が構築したセキュリティをかいくぐってきた男だぞ。巷に埋もれさせとくにはもったいなさすぎるって」

「言ってろ。……ところでお前、本当のところどうなんだ。佐々木と清水の関係、知ってたんじゃないのか」


 『情報管理部』に席を置いているものの、事実上の経営者。

 現在の社長は、祖父の側近に当たる人物で、いわば山下が社長職に就くまでのつなぎだ。

 山下の正体を知っているのは、ほんの一握りの人間だけ。

 その中に自分が入っていることについては、さほど気にした事は無い。

 仮に自分が権力にへりくだるような人間なら、山下は端から修司を相手にしていないだろう。

 この男がなんであろうと、修司にとっては友人で大切な恋人の兄。それが「山下 尚紀」だ。 


「バカ言うなよ。俺はそこまで暇じゃないよ。それに、余計な詮索はしないってのも条件に入ってたしさ。俺としては理子と別れてくれさえすれば、あの男の動悸なんてどうでも良かったんだし」


 「寒っ…」と肩を竦めながら、山下が渇いた声で笑う。

 同じように手すりに背中をもたれさせた修司が白い息を吐く。

 

「理子のヤツ、結局許しちゃうだもんな…」

「あぁ、そうだな」


 あれだけの事をされても、最後は許してしまった。それも、清水と隆文のじれじれの愛情にほだされたというのが、いかにも彼女らしい話だ。


「あたしは、あたしの周りに居る人がみんな幸せであればいいと思ってるの」


 偽善としか呼べない科白を堂々と言ってのけた理子には、頭が下がる。

 お人好しもここまでくれば、あっぱれだ。


「それに、憎むのも体力がいるのよ?」


 おどけた口調で笑った、修司の恋人。


「なぁ、……尚紀」

「おっ?」


 初めて山下を名前で呼ぶと、驚きの声が返ってきた。修司は横目で山下を見遣ると、


「理子はもらうよ」


 と宣言した。

 一瞬、瞠目した山下だったが、「勝手にしろ」と破顔した。



☆★☆



 今日も理子の鼻歌が聞こえる。

 愛と勇気を歌った、大人から子供まで愛されているあの名曲。

 初めてこの声を耳にしたときは、こうなることなど想像もしなかった。

 

(そういえば、最初は理子のこと、変な女って思ってたんだよな)


 ご機嫌で童謡やアニソンを歌う顔も知らない隣人。

 今は何も植えていないが、また春になったら畑を始めると息巻いている。


「今年はもっとたくさん、いろんな種類を植えたいのよね」


 あのトマトは、懐かしい味がした。

 スイカを手に、初めて理子を訪ねた。

 隣で寝ていたシュウが、包丁の刻む音に反応して台所へと駆けていく。

 修司もその後を追う。

 もうすぐやってくる山下ファミリーと沙絵達、深澤と志穂等ですき焼きをする為に、さっきから大量の野菜を切っている。

 母から借りてきた桶の半分を占める白菜。冷蔵庫には3キロの牛肉、子供達へのお菓子、食後のデザートまで取りそろえて準備は万端だ。

 飲み物は各々が持参するのは、理子のポリシーなんだろうか。

 午前中から部屋の掃除を手伝わされ、買い出しに走らされ、庭の雪かきまでさせられた。

 誰の行いの悪さが祟ったのか、今日は生憎の雪。しかも『大』がつく大雪だ。

 やや諦めモードの修司に反して、理子は「絶対来るから、絶対する」と言い張って譲らなかった。

 その宣言通り、さっき修司の携帯には三組から「もうすぐ行く」との連絡が入っていた。

 まだ半年ほど前のことなのに、理子とはずっと前から繋がっていた気がする。

 たくさんのフィギュアに囲まれて、古ぼけたキン消しも飾ってある。

 

(俺達が出会った時の、だよな)


 不安げな理子をなんとかしてやりたくて、修司があげたキン○マン。本当にまだ持っているとは、思わなかった。

 ずっと飾ってあったというのだが、他に物がありすぎて分からなかったのだ。

 こっそりと増殖している食玩達。いつ作ったんだと思われる、赤いプラモデル。黄色い○号機。

 何度聞いても「幸子さんのだ」と言い張るけれど、いい加減認めたらどうだ。

 押し入れにひた隠しにしてある、作りかけの1/60スケールのプラモデルを知らないと思うな。


(ほんと、この子だけは理解不能だ…)


 沙絵との別れ、シュウの病気、清水との確執、半年の間にいろんな事があった。

 だが、それまでの付き合い方が根底から変わったのは、修司にとって大きな転機でもある。

 ようやく『適当な恋愛』ではなくなったのだ。

 今度こそ心から愛したい人に巡り合えた。

 一生添い遂げたいと思える人は、意外にもこんなに近くにいたんだ。

 キッチンの脇にある窓。

 こんな場所で本気の恋愛が待っていたなんて、誰が想像できるだろう。

 アニソンをご機嫌に歌う理子の傍らには、修司がいる。

 少し鼻にかかったアルト、そのくせ音程は抜群で、何度でも延々リピートし続ける。

 そんな理子が可愛いと思う。

 愛しいと感じる。

 何気ない時間が、幸せだと感じられる。

 修司はそっと理子の腰を抱き寄せて、耳に唇を寄せた。


「わ…っ、修司くん?!」


 名前で呼んでくれるようになった嬉しさを噛みしめながら、この気持ちを表せるとっておきの言葉を囁く。


「愛してるよ」


 そして『王子』と謳われる最高の笑顔を理子に向けた。






                                ~Fin~ 


本編、これにて完結です。

長い間、下げさせていただきました。ようやく再投稿することができます。

『窓恋』を待っていてくださって、ありがとうございました!


次回、4話完結の番外編となります。舞台は「忘年会」。

理子や沙絵達が、往年の名曲を歌いあげますので、そちらもよければご覧ください。


あ、でも対して内容はありませんので。私の趣味です…^^;


ではでは♪♪

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