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窓恋  作者: 宇奈月 香
本編
34/46

33) 仕掛けた罠


☆★☆



 その翌日から、理子の携帯は修司が持っていた。

 代わりに新しい携帯に入っているのは、修司の携帯番号だけ。

 なんだが、理子を独り占めしているようで少し気分が良い。こんな時にそう思うのは不謹慎だろうか。

 ひとりほくそ笑む修司とは対照的に、清水の顔色は目に見えて曇っていた。

 繋がらない電話に苛立ちを募らせているのだ。

 だが、それも修司にとってはどうでも良いこと。

 清水の歯車がかみ合わなくなろうと、知った事ではない。むしろ、そうなるよう仕向けているのは、他ならない修司だからだ。

 バイブを止め、消音にしているせいで、どれだけ携帯が震えようと日中はまるで気にならない。

 ただ時折確認してみると、並ぶ不在着信には相変わらずうんざりするものがある。

 かかってくる時間と、清水が席を立っている時間がほぼ同時刻であることに、やはり犯人は清水と見ていい。

 しかし、これだけではまだ確固たる証拠とは言えない。

 もっと、誰の目から見ても決定的な証拠だった。


(しかし、酷いな)


 呆れるほどの着信。

 昨日、理子が迷惑電話に登録した番号は2件。その前に1件。そして、今日も2件。合計5件。

 一体、何台所有しているんだ、と感嘆するほどのしつこさ。

 さほど値のはるものではないとしても、個人が所有する台数には制限があったはずだ。

 もしかして、清水はその制限ぎりぎりまで使っているんじゃないだろうか。

 一度、使えなくなったら切り捨てるしかない使い捨ての番号。

 積み重なればそれなりの金額にもなるだろう。


 まぁ、いいさ。気の済むまですれば良い。

 これで諦めてくれるなら、それに越した事はないのだから。



☆★☆



「おはようございますっ!」


 満面の笑みを向けてきたのは、受付に咲くひまわりみたいな沙絵。

 その笑顔は真っ直ぐ理子に向けられていた。


「お、おはよう」


 今にもカウンターから飛び出してきそうな勢いに押されつつ、理子が笑顔で挨拶を返す。

 4日ぶりに会社復帰した理子は、朝から注目の的だった。

 修司と付き合っている事は周知の事実であっても、こうして二人並んで出勤したことは一度もない。

 しかも二人の手はしっかりと握られている。

 これで注目されないはずがない。

 

(な、なんて大胆な……っ)


 車を降りた途端、にこりと王子スマイルを見せた修司。

 なんだろうと首を傾げる間もなく、手を取られた。そしてそのまま駐車場を抜け、堂々とロビーに入っていく。

 あの『王子』がこれほどあからさまに所有権を露わにしたことも、羞恥で真っ赤になる理子に人目も憚らず甘い蕩けるような笑顔を見せることも珍しい。

 いくら清水に二人の仲を見せつける為だとしても、いきなりコレは心臓に悪い。

 彼女に見つかる前に、違う誰かに殺されそうだ。

 その不安はすぐに現実のものとなり、


「お~は~よ~」


 地を這うような低くくぐもった声に、理子は「ひゅっ」と息を飲んだ。

 咄嗟に手を振り放そうとしたら、逆にぎゅっと握り返されてしまう。慌てた理子は修司と、後ろに控える尚紀を交互に見遣った。


「あ、あのっ、尚ちゃん。お、おはよ」

「おはよう、理子。もう具合は良いのか?」

「う、ん……」


 張り付いた笑顔を前に、頬の筋肉が強張る。他の人には普段と変わらないおちゃらけた尚紀に映っていても、理子には分かる。尚紀は1%も笑ってなどいない。

 思わず声がどもった。


「浅野課長補佐、少し話がある」


 片頬を引くつかせながら、尚紀が修司を見る。

 ここ最近、尚紀をわざとイラつかせているような修司の素振りには、毎度ハラハラさせられる。

 人畜無害に見えても、張り合うどころか尚紀を手のひらで遊ばせているようにも見えるのだから、実は一筋縄ではいかない曲者ではないのか。

 

「お伺いしましょう。情報管理部殿」


 一ミリも崩れない笑顔で受け答え、修司は名残惜しそうに理子を見た。


「と、言うわけで、ここから先は一人で行ける?」


 どこまでついてくる気だったのだろう。これ以上悪目立ちしたくない理子は、首振り人形さながらコクコクと頷いた。それを見て、修司が少しだけ寂しげな顔をする。

 まるで、一瞬たりとも離れたくないと言うように。

 

「それじゃ、無理だけはしないで。辛くなったら、早退するか、医務室で待ってて」


 修司は繋いでいた手を親指で愛おしげに撫ぜて、山下と連れ立って先に入って行った。

 注目の的がいなくなってほっとしたのもつかの間、ロビーのど真ん中でラブラブぶりを存分に発揮して放置された理子は、一瞬で羨望から嫉妬と噂の的へとすり替わってしまった。


(し、しまった……。こんなところで別れるんじゃなかった)


 せめてもう少し人の往来が少ない場所を選ぶべきだった。助けを乞う様にフロントを見れば、沙絵が痛ましげに目を細めて、無言で首を振っている。

 「ご愁傷さまです」の言葉が聞こえたのは、絶対に幻聴じゃない。

 敵に脅しをかけるつもりが、逆に敵を増やしてどうする。

 はぁっと重い溜息をついた時、


「理子っ」


 久しぶりの親友の声がした。


「あ、志穂……、おはよう」

「久しぶりねっ、風邪は大丈夫なのっ?」

「え、風邪?」

「インフルエンザだったんでしょ?」


 ここしばらくの欠勤はインフルエンザになっていたのか。それなら4日休んでも不思議ではない。

 理子の知らないところで話が進んでいる。うっかりしていると乗り遅れそうだ。

 

「う、うん。もう平気。ありがとうね」


 急いで話を合わせて、苦笑いを浮かべる。

 どうやら志穂には清水からの嫌がらせの話はいっていないようだ。志穂は「そう。よかった」と素直に信じていた。

 

「しかし、理子ちゃんも朝から大変だな。あの浅野が、あそこまでおおっぴらに態度に出すとな」


 一緒に出勤してきた深澤が、感心めいた口調で唸る。


「は、はい。どうしたんでしょうね」


 こちらも言葉を濁して誤魔化してみるが、深澤は志穂ほど甘くはなかった。探るような視線を向けられて、理子は咄嗟に視線を外してしまう。

 わずかに開いた間が怖い。深澤には清水に噛みつかれているところを見られている。


「急に周りに見せつけたくなったんじゃないか?」


 言って、深澤が志穂の肩を抱き寄せる。刹那、その手は小気味いい音と共に叩かれた。


「会社ではいちゃつかないでって言ってるでしょ」

 

 あの営業課長を問答無用で叩き切ると、志穂は理子の腕に自分の腕を絡めた。


「じゃあ、あたし達もここでお別れね。行きましょう」


 同じ恋人同士なのに、随分理子達と関係が違う。パワーバランスがまるで逆だ。

 理子は一人残された深澤を振り返ると、叩かれた手でひらひらとこちらに手を振っていた。仕方がないと笑う顔に、慌てて会釈を返す。


「ちょ、ちょっと、良いのっ」

「いいのよ、あれくらい。本人も分かってやってるんだから。それより、理子、ちょっと痩せたんじゃない?本当に出てきて大丈夫なの?」

「あ、うん。それは平気」


 これでもかなり良くなった方だ。

 一度痩せた体はたかが4日では元には戻らなかったが、少しはましになった。これも、美由紀が甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたおかげだ。

 加えて修司が食べる事に妥協を許さなかったせいでもある。

 

「あたしの方こそごめんね、突然休んじゃって」

「そんなの良いのよ。具合が悪い時はお互い様だもの。でも、良かったわ。理子の元気そうな顔が見れて」

「うん」


 顔を見合わせて、理子達はクスクスと笑い合った。




 ロビーでの一部始終に、鋭い双眸が目を見開かせていた。

 

「別れたんじゃなかったの……?!」


 愕然としながら呟きを洩らしたのは、清水だった。







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