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窓恋  作者: 宇奈月 香
本編
20/46

19) 宣戦布告


☆★☆



 一日3回。

 無言電話が始まって今日で7日目。

 初日は夜だった。次の日からは日中に1回と、夜に1回。時間帯はバラバラだが、決まって2回かけてきた。日中は無視さえすればいいが、夜は違う。理子が電話に出るまでずっと鳴り続けるのだ。

 つまり夜の1回というのは、理子が電話に出る回数を指している。

 どんなに呼びかけても、返事がないのも決まっていて、淡々と沈黙を寄こす。

 さすがに気持ち悪く感じて、4日目に着信拒否に設定した。すると次の日からは違う番号が携帯の履歴を埋め始めた。

 しかも夜に取る電話の数が一本増えた。

 まるで拒絶した報復だと言わんばかりの無言の応酬。

 これでまた着信拒否にすれば、新しい番号で着信の数だけが増えていくのだろうか。

  

(本当に何なのよっ……)


 地味な嫌がらせだが、毎日続けばそれなにり精神的に打撃を受ける。いっそ電源を落としておこうかとも思うが、携帯にかけてくるのはこの番号だけではない。

 修司を筆頭に尚樹や美咲、実家の母がいる。家においてある固定電話は幸子名義になっているし、終日留守電になっていることもあって、理子はまず使わない。

 この家に来るまでは、携帯を持たずに出歩く方が多かったくらいだ。

 無くても困らないはずだったのが、一人暮らしをするようになってやたら周りから頻繁に連絡が入るようになったので、離すに離せなくなっていた。

 恨めし気に携帯を見ていると、着信音が鳴る。


(来た……)

 

 伝言サービスに切り替わるまで止まない音にうんざりする。

 理子はソファの上で抱えた膝の間に頭を落としてうなだれた。どうせ一回くらいとらなくても、またすぐに掛かってくるのだ。

 理子は何度目かの着信で、ようやく携帯をとった。


「……はい」


 出た途端、切られる回線。もう溜息しか出ない。

 これで1回。しばらくすれば2回目がかかってくる。間髪置かずかけてくれば、さっさと2回取って終いにできるのに、それは許されないようだ。

 ソファに携帯を転がして、一緒に自分も転がった。だらしなく伸びて眠っていたシュウのお腹に頭をつけると、薄目を開けたシュウが迷惑そうに理子を見る。

 一人でいるときは、まだいい。

 問題は修司が家に来ている時だ。最近はほぼ毎日家に顔を見せにきてくれるので、何度か彼がいる間に携帯が鳴り始めたことがあった。

 無言電話を受けている事は、誰にも言っていない。

 事情を知らない修司の前で無視するわけにもいかず、しぶしぶ出るが結果は同じ。

 すぐに切られた電話に、修司は怪訝な顔をした。


「どうかした?」

「……間違い電話、みたい」


 理子は曖昧に笑ってごまかした。

 だが敏い修司の事だ。これが二日続けばきっと何か気付く。

 それからは修司のいる間はマナーモードを設定し、バイブも止めてある。着信を知らせるランプだけは光ってしまうが、修司の目に止まらなければ良い。

 頭の上にいるシュウの柔らかい毛並みに手を這わせながら、犯人像を考えた。

 一体誰が、何の目的でやってるんだろう。

 きっかけは何だ。

 

(浅野君と付き合いだしたから…?まさか)


 そうだと仮定しても、相手は誰だと言うんだ。それこそ不特定多数の人を疑わなければいけなくなる。

 第一、無言電話が始まった時期と、付き合いだした時期が合わない。

 だったら他に原因があるのだろうが、それも皆目見当がつかない。

 誰かに強く恨まれるようなことをした覚えもない。

 それとも自分が気づかないだけで、知らないうちに誰かを深く傷つけていたんだろうか。

 

(高木さん…とか)


 浮かぶ太陽みたいな笑顔に、すぐに違うと思い直す。彼女はそんな陰湿な性格には見えない。

 修司とは別れたが、社内で時々話している様子を見かける。

 二人の間に特別なものは感じない。修司も秋祭りのときにはっきり「終わっている」と言っていた。

 現に、沙絵を前にして修司は理子を「恋人」と呼んでくれた。

 沙絵は面食らった顔をしていたが、すぐに「おめでとう」と笑ってくれた。暗い闇を抱えた人があんな弾けるような笑顔を浮かべるだろうか。

 彼女であるはずがない。

 なら、他に誰が。

 

(そういえば、あの人。清水さんって言ったかな)


 『いい気にならないで』と捨て台詞を残した彼女だが、あれ以降何も言ってこない。廊下ですれ違うこともあるが、理子の存在はもはや眼中に様子だった。

 記憶を巡らすけれど、思い当たる人はいない。やはり修司関係ではないのだろうか。


(尚ちゃんに相談してみようかな)


 こんな時、尚樹ならどうするだろう。きっとこの携帯は取り上げられそうだ。

 あの時のように、理子の知らないところで相手と話をつけるのだろう。

 10年前、当時19歳だった理子が付き合っていた人は妻帯者だった。

 知らずに付き合っていたとはいえ、世間から見れば立派に不倫だ。その事実に恐ろしくなって、理子は慌てて別れを切り出した。だが、相手の男がごねたのだ。

 どうしようもなくなって、理子は尚樹に助けを求めた。

 あの後、尚樹がどんな風に相手を説得したのかは知らない。どれだけ問いただしても決して口を割ることがなかった。

 あれほど説得しても頷かなかった人が、呆気ないほど簡単に別れることに承諾した理由は何だったのだろう。知りたい気持ちは今もくすぶっているが、それも今更だ。

 関係はとうに終わっている。その事実だけで満足するべきだ。

 この先もあの件に関して、尚紀が話すことはないだろう。

 すべてが終わった後、尚紀に思い切り頬を殴られ『二度とするな』と叱責された。

 尚樹が理子に怒りを向けたのは、それ一度きりだ。たった一度きりだけど、感情の消えた尚樹は身が竦むほど恐ろしかった。

 おちゃらけた尚紀の別の顔は、ひどく冷酷な鋭さを秘めていた。

 もう二度と尚樹にあんな顔をさせちゃいけない。

 あの時、自分の蒔いた種なのに始末もつけられなかった惨めさは、今も心の傷と共に深く刻まれている。

 今度こそ自分の手で解決するんだ。

 無言電話になんか、負けてたまるものか。

 ようやくかかってきた2回目の電話をとって告げる。


「負けないよ」


 それは、理子なりの宣戦布告だった。



☆★☆



 次の日、仕事から帰ってきた理子は郵便受けに宛名のない茶封筒を見つける。

 A4用紙を三つ折りにして封入する時に使うサイズのそれは、触ると分かる程度の厚みしかなかった。

 当然、消印もない。理子の名前さえ掛かれていないが、この家の郵便ポストに入っていたのだから、間違いなく理子宛てで誰かが入れたことは間違いない。

 持ち上げて光にかざすと、中身のある部分だけ陰影が濃い。

 なんだろう…。

 見るからに怪しい代物だが、とにかく開封してみる。


(……写真?)


 中に入っていたのは、数枚の写真。

 訝しみつつ封筒からそれらを取り出す。映っていたものを見て、理子は息をのんだ。

 

「なに、これ…っ」


 一枚は修司と一緒に写っている写真。理子の顔の部分だけ黒くマジックで塗りつぶされている。

 カメラ目線でないことから、これは盗撮されたものだ。

 もう一枚は、大学で入っていたサークルの集合写真。OBも混じった飲み会で撮った写真だ。

 塗りつぶされた自分の顔。

 そこに込められているのは、理子への憎悪。

 何度も往復した油性マジックの跡が背筋を震わせた。

 だが、驚いたのはそれだけではない。

 何の変哲もない集合写真。他人から見ればそう映るだろう。だが、理子にはもっと特別な意味があった。

 理子の隣に並んで映っている男こそ、10年前に理子が付き合っていた男だからだ。


(うそ……)


 なぜ、修司の写真と共にこれが入っていたのか。それの意味するものは何なのか。

 愕然と玄関で立ちつくす理子に、脅迫は更なる追い込みをかける。

 携帯が鳴ったのだ。

 おかしいほど肩が跳ねて、思わず手から写真が零れ落ちた。バッグの中でうるさく鳴る着信音は、あの無言電話であることを知らせていた。

 日中の電話はかかってきていた。次は夜のはずだ。

 夕方にかかってきたことなど一度もないことが、理子にある推測を生ませた。

 修司と映った写真と、昔の人との写真。タイミングを見計らったように掛かってきた無言電話。


(まさ、か……)


 鳴り止まない携帯を取って、通話ボタンを押す。


「…隆文たかふみさんなの?」


 佐々木 隆文。それが不倫相手の男の名前だった。






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