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窓恋  作者: 宇奈月 香
本編
17/46

16) 伝えたい事


☆★☆



 襟からのぞく白いうなじと、黒髪のコントラストが艶めかしい。

 時折伏せ目がちになる横顔に目を奪われる。


 やばい。浴衣を着た理子はいつもより2割増しで可愛い。


 熱気で頬をほんのりと赤くさせ、久しぶりに訪れた祭りの様子に目を輝かせている姿は微笑ましいのに、今日の理子には女の色気がある。

 黒の浴衣はすらりとした理子によく似合っていた。

 夏の間中、日焼け止めを欠かさなかったという肌は白い。花火のような柄は一見すると派手だが、理子が着ると上品な風合いをかもし出している。

 髪を飾る蝶の簪が、揺れるたびにシャラン…と涼やかな音色を奏でた。

 

 浴衣を着て行きたいと言われたのは、昨日のことだ。

 浴衣で車を運転させるわけにはいかず、実家に迎えに行く約束をした。

 初めて訪問する理子の実家。

 日曜の夕方なんて、両親が在宅している可能性が最も高い時間帯だ。緊張しないわけがない。

 娘を連れ出す男は、大抵父親に嫌われる。

 例え人受けが良い修司でも、それは例外ではないだろう。

 せめて第一印象だけは悪くならないようにと、気を引き締めて白雪家を訪ねた。

 気負い立って向かった白雪家だが、修司を出迎えたのは母親だった。

 理子と良く似た顔立ち。きっと理子も年を重ねるとこの婦人に似てくるだろう。

 さすが親子と思ったのもつかの間、母親の行動に修司が硬直した。

 

(もしかしてミーハー?)


 韓流スターを真似て『シュウ様』と連呼されながら、腕を組まれた。

 動揺こそ顔に出なかったものの、内心たじろいだ。

 なにせ相手は理子の母親だ。振り払うこともできず、ただ笑うしかなかった。

 だが、飛んできた理子がみるみる顔を不機嫌に染めると、すぐに腕が解放された。

 どうやら理子をからかうためだけにやったことらしい。


(そういえば、山下の母親でもあるんだよな…)


 思い出した事実に、なるほどなと納得する。

 山下の性格は間違いなく母親譲り。悪ふざけのやり方がそっくりだ。

 二卵性なら山下の顔立ちは父親似なのだろう。

 ただそのおかげでいいものも見れた。

 理子が不機嫌になった理由。あれは絶対に『やきもち』だ。

 母親相手に嫉妬する理子は可愛いとしか言いようがない。

 顔に『怒ってます』と書いて先を行く理子を見届けて、母親はそっと修司を呼び止めた。


「娘をお願いね」

 

 さんざん理子をからかっていたとは思えないほど、母親の顔で言った。

 今日だけの事を言っているのか、それともこの先の事を見据えて言ったのか。

 言葉の意味を履き違えないよう胸に刻み込んで、修司ははっきりと頷いて見せた。


「わかっています」

「ふふっ、あなた良い人ね。またいらっしゃいな」

 

 嬉しそうに笑う顔に見送られ、車を出発させる。

 理子の視線が、ちらちらと腕に当たる。きっと頭の中はさっきの残像でいっぱいなのだろう。

 不思議だ、胸がわくわくする。

 夢中になればいい。

 理子の頭が修司で隙間なく埋まるくらい占領できればいいのに。

 だからだろうか。理子が服の裾をつまんできたときは、柄にもなく胸が高鳴った。

 本人は全くの無意識だったのを見ると、はぐれないための手段だったようだ。

 やはり理子にとって修司は兄なのか。

 やりきれない思いがため息に変わる。

 思わず裾をつまんでいた手を解いて、自分の手のひらの中に入れた。

 理子は目を丸くしていたが、すぐに顔を赤らめた。

 嫌がっていないと分かれば、絶対に離してなんかやらない。

 さっきまであんなに目移りしていた理子が、半歩後ろを俯き加減で付いてくる。時々、顔を上げて修司を見ていた。

 小さくはないが、大きすぎることもない理子の手は、握ると気持ちよかった。

 なめらかな感触を堪能するように、親指で手の甲を撫でながら歩く。

 理子と手を繋ぐと、不思議と懐かしい感じがする。

 半歩下がって歩く理子の手を引いて、隣に並ばせる。恥ずかしそうにはにかむ理子に頷いて、ゆっくりと人の波を歩く。

 見るともなしに屋台をのぞき、目新しいものがあると立ち止まる。

 

 昔はこんなのなかったな。

 浅野君、見て!今年は風船で作ったダックスが人気みたいよ。

 あ~ぁ、もうどこの屋台もクレープにアイスが入ってない…。中学生の時はあったのに。


 記憶と照らし合わせながら、理子と他愛のない会話を交わして、また流れに乗って歩く。

 ゆっくりと流れつく先は、市で一番大きな神社。入口にそびえる鳥居は重要文化財にも指定されている。

 境内に入る前に、お目当ての屋台でタイ焼きをひとつ買い、それを二人で食べた。

 おもちゃのダーツに二人して夢中になり、景品のゲーム機欲しさに3回もやった。

 お化け屋敷からは悲鳴が聞こえる。決して傍には行かないが、しきりに中の様子を窺っている様子に、ピンと来た。

 にやりと口端を上げた修司が、そのままお化け屋敷に向かって歩き出す。

 慌てた理子が、「絶対嫌っ!」とエビのように体をくの字に曲げて騒いだ。

 妙齢の女性がする行動じゃないだろう、と呆れるほどへっぴり腰になった姿につい笑いが噴き出す。


「理由を言ったら、考え直してもいいよ」


 そう言うと、理子はまだいかがわしげにしていたが、しぶしぶ口を開いた。

 昔、父に連れられて一緒に入ったが、怖すぎて途中で出してもらったことがあるのだ、という。

 あまりに可愛い理由に、修司は腹がよじれるかと思った。

 余程、怖かったのだろう。

 昔の恐怖心が今も抜けないのは可哀そうだとは思うが、なんて可愛らしい。

 おかげで理子はすっかりふてくされた。

 修司が何度も「ごめん」と謝るが、ご機嫌を損ねた姫はなかなか笑顔になってくれない。


「笑いすぎよっ」

「ごめんって。お詫びに何か奢るから、機嫌直して」


 「ね?」と王子スマイルでむくれた顔をのぞきこめば、途端にその頬が赤くなった。

 それでも理子は唇を真一文字に結んで、じろりと修司をねめつける。 


「焼きそばと、広島焼き、焼きトウモロコシに焼きイカ、それとおでんと焼き鳥。あとコーラ」

「そんなに食べるの?」

「……うそ。広島焼きが食べたい」


 悔し紛れに目についたメニューを並べたのだろう。

 修司はそんな理子の頭を軽く撫でて、境内の中央に集まっている屋台村に連れて行った。

 が、仮設テーブルを陣取って、理子が言ったメニューそのままを一人で食べている見知った顔がいた。


「高木さん…?」


 理子が驚いた顔で言った。



☆★☆



 確かに沙絵だ。

 すっかりベリーショートが定着した沙絵は、美味そうに焼きそばを頬張っている。向かいに座っている男が時々横からつまんでいる。

 野性味溢れた雰囲気は綿菓子の沙絵と正反対に感じるが、二人並ぶ姿は不思議なほどしっくりと馴染んで見える。

 もしかして、彼が沙絵を変えたんじゃないだろうか。


「挨拶しに行く?」


 しばらく二人の様子を見ていた修司に、隣から気遣わしげな声が掛かる。

 理子は少しだけさびしい顔をしていた。それでも声をかけることを促したのは、理子なりの心配りだろう。

 別れた恋人が違う男と居る姿にショックを受けたと思ったのだろうか。

 そんなわけないのに。

 沙絵が笑っている事が嬉しかった。彼女に感じる情は、恋心とは違う。


「いいよ。邪魔しちゃ悪いしな。広島焼きは別の店で買おう」

「うん」


 手を引いて歩き出すと、理子は大人しくついてくる。だが、さっきまであった打ち解けたものは影を潜めていた。

 顔からは笑顔が消え、自分の殻に入ってしまった。

 やはり理由は何であれ沙絵を見ていたのが良くなかったのだ。

 繋いだ手が冷たくなっている。

 もしかして、まだ未練があると思われたのか。

 それこそ杞憂だ。理子が不安になる理由などどこにもないのに。

 ゆっくりと鳥居へと続く石畳を人の波に乗って歩く。

 来た時と同じ道なのに、見える景色が違う。


「沙絵…高木さんとは、もう終わってるから」


 どうしてこんな話をしたのか。彼女はまだ修司の恋人ではないのに。

 ただ理子に誤解をされるのだけは嫌だ。

 過去の恋人について話すのが良いことかは分からない。今は少しでも理子の不安を取り除いてやりたかった。特別な感情はないのだ、と教えたかった。

 沙絵を「高木さん」と言い直したのも、もう気持ちが無いことを伝えたかったからだ。


「さっき彼女を見てたのは、ほっとしたからだよ。彼女が楽しそうにしてる姿が見れて嬉しかっただけなんだ」


 修司の口から沙絵について語られると思っていなかったのだろう。理子は驚きで目を大きくさせていた。

 やがて理子を覆っていた翳りが徐々に薄れていく。

 

「不安になったんだろ?」


 意地悪な質問をしている。

 彼女の気持ちを探っているみたいだ。

 問いかけると、理子が強く首を振った。が、その表情には安堵が広がっている。

 修司にはそれが不安を肯定しているように見えた。


(もしかして……)


 理子を見ていた修司の脳裏に、一筋の希望が生まれた。

 それはあまりにも都合のよすぎる思い。

 

 もしかして理子も修司と同じ気持ちなんじゃないだろうか。

 母親に嫉妬したり、過去の恋人の存在に不安になったりするのは、修司を『特別』な目で見ているからではないのか。

 いままでの行動も『兄』ではなく『特別』な人に対するものだとしたら。

 理子が無防備なのは警戒心が無いのではなく、疑う事を知らないだけだとしたら。

 修司は今、確かにサインを見た気がした。

 理子からの想いが「不安」というものになって翳りを作っていたのなら、修司の想いは都合の良い一方的な希望ではなくなる。

 

 これはチャンスだ。


 理子の気持ちを知る、絶好の機会だ。

 自分の目で見た事を信じろ。傲慢でおこがましい希望を、現実にするんだ。


 修司は握っていた手をもう一度しっかりと握り直し、愛しい名前を呼んだ。


「理子ちゃん」


 見上げるつぶらな目に、ありったけの想いを乗せて告げる。


「俺は君が好きだよ」







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