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窓恋  作者: 宇奈月 香
本編
16/46

15) 繋いだ手


☆★☆



 今年の秋祭りの初日は、日曜日に当たった。

 昼過ぎに実家に戻ってきた理子は、クローゼットの上段にある桐の箱を取り出していた。

 修司は「シュウも一緒に」と言ってくれたが、今回ばかりは遠慮してもらう。

 せっかくの『お祭りデート』。

 邪魔はされたくない。

 箱の中には成人式に着た振り袖一式と、大人になって作りなおした浴衣が入っている。

 黒地に花火を模した斑点がちりばめられた、少し大人の雰囲気の浴衣。これに紅い帯を結ぶつもりだ。


「ママ、もう時間ないよっ」

「大丈夫よ。浴衣はすぐに着れるから。それより自分の準備は出来たの?」

「うん。髪はこれでいい?おかしくないかな?」


 ドレッサーの前で1時間もかけて結った渾身の髪。おくれ毛を残しつつ、ひとつにまとめた髪に蝶の飾りがついた簪を挿した。


「浴衣からのぞくうなじに、ハラリとかかる髪が男心を掴むのよ」


 髪型をどうしようか思案していると、いまひとつ意味のわからない母の言葉におされて、この髪型に決めた。YouTu○eを見ながら見よう見まねで仕上げた割に、なかなかの出来栄えだ。

 昨日、浴衣を着つけてほしいと連絡した時に言われた言葉が「彼氏と行くの?」。

 よほど娘の男っけのなさを心配しているらしい。

 29歳という年齢の娘を持つ母なら当然の悩みだろうが、あからさまだ。

 母には会社の同僚で、幸子のお隣さんとだけ伝えたのだが。


(完全に勘違いしてるし…)


「あらっ、下着はつけたまま?腕組んだ時に、ふわんと柔らかい感触を伝えなくていいの?」

「何にもつけてない恥じらいが色っぽいのに、わかってないわねぇ」


 そんなもの分からなくていい。


 待ち合わせの時間は、午後6時。あっという間の半日だった。



☆★☆



「あら、まぁっ!」


 時間通り実家に迎えに来た修司を出迎えたのは、母だ。

 玄関先から上がった黄色い声に驚いて、脱衣場の鏡で最後のチェックをしていた理子が飛び出す。

 視線の先では、修司の男前ぶりに母が大はしゃぎをしていた。

 韓流スターを目の当たりにしたような興奮ぶりを見せる母の後ろから、申し訳ないと無言で詫びる。

 放っておけば、デジカメを持ち出しそうな勢いだ。

 修司は笑っていたが、その王子スマイルがますます母を虜にしたことに気づいていただろうか。


「ごめんね、せわしない人で」


 車に乗り込んで、改めて母の行動を詫びる。


(まったく、油断も隙もないんだから)


 少女のように目を輝かせながら「ママが一緒に行きたいわぁ」と、修司の腕に絡みついた母を無理やり引きはがして家を出てきた。


(あたしもしたことないのにっ)


 もちろんそれはオクテの娘をからかうための小芝居だったが、組まれた腕に釘づけになっている理子にはパンチが強すぎた。

 ぎょっと目をむく理子に見せつけるように、しっかりと腕を抱きしめていた母。

 思い出すだけで、腹が立つ。

 まさか母親に嫉妬する日が来るなんて、思いもしなかった。

 修司も修司だ。何もされるがままになっていなくても良いのに。

 だが、確かにこの腕はそそられる。

 理子はハンドルを握る筋張った腕を横目で見た。隆々(りゅうりゅう)としているわけがないが、それなりに筋肉がついた腕はしなやかでたくましい。

 どうして腕なのに、色気を感じるのか。

 尚紀を見てこんな風に感じたことはない。当たり前だ、ただの腕なのだから。

 それが修司の腕だと思うと触ってみたいという欲求が生まれる。

 母がしていたように、ギュッと抱きしめてみたい。何もつけていない胸が当たったら、修司はどんな反応を見せるだろう。……良いかもしれない。


(って、あたしバカでしょ)


 ハレンチな妄想に夢中になっていた自分が情けなくなる。

 うなだれると修司が「でも楽しいお母さんだね」と慰めの言葉をかけた。

 落ち込んだのは自分が変態だからとも言えず、曖昧に笑ってごまかす。修司には悪いが、誤解はそのままにしておくことにした。

 

「浴衣、似合ってる」


 運転の合間に、修司が言った。


「ふふっ、ありがとう」


 何かで読んだことがある。たとえリップサービスでも褒められた時は、変な謙遜はせず素直に受け取れ、と。もちろん時と場合はあるが、今は教えに従って良いと思う。

 ほら、修司は満足気だ。

 間違っていなかったことにほっと安堵し、浴衣を着てきた自分に小さくガッツポーズを出した。

 街頭が灯り始めた道沿いには、理子と同じように浴衣を着た女の子がたくさん歩いている。隣を歩くのは彼氏だろう。

 一瞬で過ぎる人達の表情まで見えないが、きっと幸せな笑顔を浮かべているはず。

 自分たちもあそこに紛れたら、恋人に見えるのだろうか。

 あんなふうに手を繋いで歩いてみたい。

 今夜は大勢の人が集まってくる。理子や修司の友人、会社の人にも出くわすはずだ。

 その時、修司は理子をなんと呼ぶのだろう。

 友達、……それとも。

 自分はなんて言えば良いだろう。

 心の中で修司に『友達』の二文字を当てはめるが、うまくいかない。


(友達なんかじゃいられないくせに)


 理子がここ数年秋祭りから疎遠になっていたのは、この年でまだ一人でいる自分を知り合いに見られたくなかったからだ。

 25歳を過ぎたあたりから、友達はひとりふたりと結婚していった。

 「いつでも誘って」と言われても、独身気分ではもう誘えない。彼女たちには優先させる存在が他にあるのだ。

 家族に囲まれた友達は眩しくて、とても直視していられない。

 そこには理子が羨んで仕方のないものばかり詰まっている。

 だが今年は違う。隣には修司がいる。

 誘われた時は、本当に嬉しかった。

 彼氏ではないけれど、理子の好きな人。

 だからこそ、今日だけは誰にも会いたくない。

 修司を『友達』と言いたくないから。

 もしかして秋祭りに誘ってくれたのは、「期待して良いよ」という意思表示なんだろうか。

 清水に聞かれたらまた「いい気になっている」と言われそうだ。

 自分でも都合の良いことばかり考えていると思う。

 それでも、あの時『三千年くらい愛せるかも』と言った言葉を現実にしたい。

 修司に振り向いてほしい。

 今夜こそ、お祭りの雰囲気を借りてもう少し先に進みたかった。


 車は会場から少し離れた指定駐車場に入った。


「ちょっと歩くけど大丈夫?」

「もちろん」

 

 鼻緒擦れ対策も万全だ。

 修司は浴衣姿の理子のために、助手席のドアを開けてくれた。

 今ならお姫様にもなれそう。

 人の波に乗って歩くと、下駄の軽い音がする。

 まだ残暑が厳しく、夜になっても吹く風は生ぬるかった。それでも蛙の鳴き声に混じって、鈴虫の声も聞こえてくるようになったのは、秋が近いことを教えてくれる。

 風のにおいも変わった。もうしばらくすれば涼しくなるだろう。

 10分ほど歩くとアーケードに入り、目の前が一気ににぎやかになった。

 並ぶ屋台の間を行き交う人の多さに、改めてこの祭りの華やかさを実感する。

 お好み焼き、スーパーボウルすくい、ガラス細工、クレープ屋。

 おもちゃ箱をひっくり返したようなにぎわいは、昔と変わらない。

 屋台の熱気に混じり、美味しそうなにおいが香ってくる。

 見渡す限りの人。

 年に一回の大行事はさすがに盛大だ。

 訪れる人達は、似たような店がひしめく中でもちゃんと『美味しい店』を知っている。

 店沿いに出来た行列が、アーケードを抜けて車道側まで続いている。お祭りの期間だけは、この大通りも歩行者専用だ。

 それを見て、やっぱりあそこは人気なんだ、としみじみ思う。

 久しぶりに感じるお祭りムードは、理子の気分を上げてくれる。

 せっかく来たのなら、絶対一周は見て回りたい。お祭りの中心でもある神社に行って、境内の中も歩いてみたい。

 まだあのお化け屋敷はあるんだろうか。

 境内前のタイ焼き屋が美味しかったんだっけ。

 履きなれない下駄と、着なれない浴衣。加えてきょろきょろと周りを見物しながら歩くので、当然歩みは遅くなった。

 それでも修司と並んで歩きたい理子は、無意識に修司の服の裾を掴んでいる。

 脇腹の後ろ辺りをつまんで歩く理子を見て、修司は呆れたような顔をした。

 

「掴むならこっち」


 言って服をつまんでいた手を解いて、代わりに修司の手を握らせた。

 驚いて見上げると、優しくて甘い笑顔とぶつかる。


「好きに歩いて良いから、はぐれるなよ」


 握った手を反対の手で軽く叩きながら念を押す。

 せっかくのメイクも台無しになっているじゃないかと思うほど、顔が熱い。

 

 どうしよう。幸せすぎる…。






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